侯爵様と派遣女中の文通
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(1)セシル→マーサ
××××年七月某日
親愛なるマーサへ
元気にしているだろうか? こちらは皆元気にしている。
仕事もようやく落ち着いたから、そろそろクラーク男爵夫妻へ婚約の挨拶に伺いたいと手紙を出したところだ。了承の返事を受け取ったらその通りにするので、よろしく頼む。
実はその時、エステルにマーサをキング侯爵家の者として紹介し、様々に活躍してくれたことを話そうと思っている。ただ、エステルと会う際に気をつけてもらいたいこともあるので、重々留意してもらいたい。以下、箇条書きにする。
・マーサがクラーク男爵邸にて女中として働き始めた時期は話さないでくれ。
・マーサがクラーク男爵邸で働くに至った理由も話さないでくれ。
・マーサに私が依頼した内容を話さないでくれ。(※ カイルの婚約破棄に関することを除く)
それでは、再び会える日を楽しみにしている。正式に訪問の日付が決まったら、また連絡する。
セシル・ラフェーエル・キングより
(2)マーサ→セシル
××××年七月某日
キング侯爵セシル閣下へ
お手紙、ありがとうございます。セシル様とエステル様、また邸の者ら皆元気そうで安堵致しました。わたくしも、エステル様のご両親も元気です。エステル様が育てていらっしゃった香草も、わたくしと庭師とで水やり等しておりますので、ご安心くださいませ。
さて、セシル様の手紙を拝読させていただき、一応確認を、と思い筆を執らせていただきました。以下、セシル様のおっしゃる「話してはいけないこと」を箇条書きに致します。
× セシル様がエステル様に恋をし、様々なこと――趣味趣向から好物、果ては胸囲腹囲臀囲から足の大きさまで――調べるようクラーク男爵邸へ派遣したこと。
× カイル様の婚約破棄に拘わらず、わたくしを派遣していたこと。
× 許可を得てエステル様の私物をいただき、それをセシル様へ横流ししていたこと。
以上、三点に注意すればよろしいでしょうか?
そういえばずっと気になっておりましたが、エステル様から頂戴した髪紐はどうしましたか? ……おかしなことに使用してはおりませんよね? 保管場所や保管方法をどうしているのかも気になっております。……硝子瓶に入れ、匂いを堪能しているということはありませんよね?
わたくしは色々心配でございます。
あらぬ疑いを招きますので、くれぐれもエステル様の目の届かぬ場所に保管してくださいませ。
では、お二方に再び会える日を心待ちにしております。ご連絡、楽しみにしています。
貴方の忠実なる使用人 マーサ・ガードナーより
(3)セシル→マーサ
××××年八月某日
親愛なるマーサへ
元気にしているだろうか? こちらは皆変わらず元気にしている。
返信を読んだ。注意点は手紙の通りで問題ない。
だが、箇条書きにされるとなんだか自分が変態にでもなったかのような気分に陥ってしまった。いや、きっと気のせいだろう。……気のせい、だよな? 少しそこが引っ掛かった。
本題だが、クラーク男爵家へ伺う日程が決まった。恐らく義父――いや、まだそう呼ぶには少し早いからクラーク男爵と記述しよう――から既に聞いていると思うが、九月一日にお邪魔するから、そのつもりでいて欲しい。顔合わせ兼婚約報告は茶会の時に……と男爵から提案があったので、茶会の後か、邸についた時にでもマーサを紹介できたらと考えている。その辺りは、クラーク男爵邸にいるマーサに任せる。
それでは、再び会える日を楽しみにしている。
セシル・ラフェーエル・キング
追伸:マーサ、君はキング侯爵邸に密偵でも雇っていたりするか? いや、冗談だ。
(4)セシル→マーサ
××××年八月某日
キング侯爵セシル閣下へ
お手紙、ありがとうございます。セシル様とエステル様、また邸の者ら皆変わりなく元気そうで安堵致しました。わたくしも、エステル様のご両親も変わらず元気です。
セシル様、どうかわたくしが前回お送りした手紙を毎日一度は読み返してみてください。さすれば、恐らくセシル様が変態か否かご理解いただけます。また、ここぞとばかりにエステル様と四六時中過ごしておらず、外の世界と交流を持つことも大切かと存じます。視野を広く持ち、常識を身につけていらっしゃれば、ご自身が変態かどうか悩むこともないでしょう。
前置きが長くなりましたが、いらっしゃる日取りのご連絡、ありがとうございます。では、こちらで計らいますので、ご到着の際に挨拶とさせてくださいませ。
ああ、今から楽しみでございます。エステル様のお元気な顔を見るのはいつぶりでしょう……。セシル様も、きっとわたくしの記憶にあるものよりも遙かに生き生きとした表情をしていることでしょう。
では、お二方に再び会える日を心待ちにしております。
貴方の忠実なる使用人 マーサ・ガードナーより
追伸:セシル様……まさか本当に……? いえ、冗談です。
エステル様の私物を新たに収集している、ということもありませんよね? 物ではなく、ご本人で満足してください。……いえ、これも冗談です。
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