従騎士時代の忘れたい過去
――それは、セシル・カイル・ウォーレスが王宮で従騎士として過ごしていた頃のお話。
某日、宿舎から離れた一角に、従騎士四名が集められた。
「よく来たな、お前ら」
地を這うような低音で、男は言った。
その男、古代彫刻のごとく隆々とした筋肉と、貴族出身とは思わせぬ豪快な性格を持つ。
今日も彼は大口を開けて「はっはっはっ」と笑っていた。
「……こんな夜更けに、なんの御用ですか? 小隊長」
問うたのは、十代半ばの小麦色の髪を持つ垂れ目の青年。
「おお、よく訊いてくれた、ジョエル。皆寝静まった夜に集めたのはな……んー、まぁそうだな。簡単に答えたら面白くねぇ。集められた連中の顔見て、用件を想像してみろ」
小隊長は腕を組むと、顎で四人の従騎士たちを促した。
――集められたのは、公爵家の末子ジョエル、侯爵家嫡男のセシルとカイル、伯爵家二男のウォーレスだった。誰もが十代半ばという年齢ではあるものの、他に共通点は性別以外これといって見当たらない。
それぞれが首を傾げながら顔を見合わせていると、小隊長はわざとらしく溜息をついた。
「お前ら、マジで気づかないのか?」
四人はそれぞれ頷く。ちなみに、彼らの所属する隊は、セシルとウォーレスのみが同じであり、カイルとジョエルは違った。
小隊長はふん、と鼻息を鳴らすと、指を鳴らす。
それに、どうしてか嫌な予感がしてならない従騎士たち。
「ねぇ、セシル。僕、頭が痛くなってきた……気がするから、部屋に戻っちゃ駄目かな?」
「奇遇だな、ウォーレス。私も喉の調子が悪い……気がする。風邪かもしれないから部屋へ……」
「……おい、顔色いいぞ、おまえら。って、なにジョエルまで腹おさえてるんだ」
「カイル君、見逃してくれたまえ。ボクもお腹がこれから痛くなる予定なんだよ。ははは……」
自身の直感を信じ、仮病を使おうとするウォーレス・セシル・ジョエル。直感はするものの、生真面目なカイル。
四人がそんな会話を小声で交わしていると。
「呼んだか」
「呼んだぁ?」
現れたのは、二人の騎士だった。
「ああ。思ったより早く出番が来そうだぞ。よかったな!」
また豪快に笑う小隊長を横目に、従騎士たちは小さな会議をはじめる。
四人は、現れた二人の騎士をこっそり観察した。
――その一 白金の長い髪を持つ、ケツ顎の男。言葉尻が妙に間延びされていることが気にかかる。そして、仕草も。どうして歩き方が内またなのだろうか。
――その二 短く刈られた赤茶色の髪の、すっきりとした顔立ちの男。その一と比べれば、とくに目だったところはなく、むしろどこにでもいる真面目な騎士、といった出で立ちだ。ただ、従騎士たちを舐めるように見る視線がどうにも気にかかる。
従騎士たちは視線を戻した。
「……どうする?」
ウォーレスが顔を引き攣らせながら問う。
「……用件がはっきりしていないから、なんとも決めがたいな」
冷や汗を流しながらも苦笑してセシルが呟く。
「……従騎士を集めたあたり、深刻な用件ではないとは思う」
顎に拳をあてながら、真剣に考えるカイル。
「……あの三人の上司を見てるだけで、逃げ帰った方がいい気がするのはボクだけかい?」
もはや上司たちと視線を合わすまいと俯きっぱなしのジョエル。
すると、小隊長が四人に歩み寄ってきた。
慌てて姿勢を正す従騎士たちを前に、小隊長は懐から一通の紙を取り出した。
首を捻る部下の前で、男は読みあげる。
「えー、セシル、ウォーレス、カイル、ジョエル。十代半ばを迎えたやつらの中で、お前たちだけが夜の歓楽街に出向いてない、とここに書いてある。本当か?」
予想外の言葉に目を点にしていた従騎士たちであったが、眉根を寄せて頷いた。
騎士としては正しい答えを返したつもりだ。けれど、小隊長は半目で彼らを睨めつけた。
「理由は?」という重圧を感じる声に、生唾を呑み込みながらも従騎士たちはぽつりぽつりと答えていく。
「…………歓楽街に出向かなくても、街を歩けばお姉さま方に誘われるので」
そう答えたのはウォーレスだった。騎士道からすれば、けしからん発言だ。
「…………今は主君と国のために尽くすべきであって、自分のことは最後に考えるべきだからです」
そう答えたのはセシルだった。騎士道からすれば、模範解答だろう。
「…………結婚を約束した女の子がいるからです。婚儀を済ませるまでは、そういった行いは慎むべきだと思います」
そう答えたのはカイルだった。彼の答えも騎士道からすれば理想的だろう。
「…………宮廷愛に花咲かせているからです。まぁ、時々禁断の愛もありますが、そこは目を瞑ってください」
そう答えたのはジョエルだった。騎士道からすれば、彼の答えもウォーレス同様けしからん発言だ。
そうして、四人それぞれの答えを得た小隊長は重く頷いた。「――そうか」と神妙に言うと、ウォーレスとジョエルに向かって追い払うように手を振る。
「お前らはもう戻ってもいい。健全な男だ」
謎の発言に、ウォーレスとジョエルは片眉をあげながらも頷いた。
「そ、それでは失礼します」
礼をとり、取り残されるセシルとカイルにもの思わしげな視線を向けながらも踵を返した。
――残されたのは、セシルとカイル。
騎士道からすれば、模範的な答えを返したのに、なぜ。
疑問に思いながら、訝るように二人が小隊長へと視線を向けると、彼はおもむろに言った。
「騎士道は確かに大切だ。集団でいるには、規範がなければまとまらない。――だがな?」
小隊長はくるりと衣を翻し、背後に控えていた二人の騎士へと歩む。そして騎士その一と騎士その二の間に立つと、二人それぞれの肩をポン、と叩いた。まるでその様が「あとは頼む」と言っているようで、セシルとカイルは嫌な予感しかしない。
ごくり……と従騎士が唾を呑み込んだ時。小隊長は止めをさす。
「いいか、お前ら。国を守るには、強固たる軍が必要だ。だが、その軍には人員が必要だ。つまり、子を多くなさねばならない」
「…………は?」
「――ゆえに、今日から男になれ!!」
「――――は!?」
口をあんぐり開けたセシルとカイルの前で、小隊長は半身を捻って顔の横で手をかざした。
「じゃあな! 生きて帰れよ!」
そのまま、小隊長は「はっはっはっ」と笑いながら去って行った。
――取り残されたのは、セシルとカイル、そして二人の騎士。
騎士その一は妖艶に笑う。
「あたしがいい? それともこっち?」
騎士その二に腕を絡めた。
「おい、オレはオカマは嫌いだ。純粋な男が好きなんだ。離れろ」
どこにでもいる真面目な騎士……に見えていた男が眉尻をあげる。
瞬時にして冷や汗――いや、脂汗を流し始めたのは、従騎士二人。
「……か、かかかカイル? えーと、これって、夢かなにかか?」
現実逃避したくなったセシルが小声で問えば。
「……現実を見ないと、ヤられるぞっ」
カイルが顔面を蒼白にさせながら答える。この”ヤられる”が”殺られる”の意味ではない気がするのは、気のせいだろうか。
「今回は特別にぃ、選ばせてあげるぅ」
パチッと片目を瞑る騎士その一に、従騎士二人の背中に悪寒が走る。
「お、おい、どっちを選ぶつもりだ」
動揺して危険な選択をしようとしているカイルに、セシルは小さく激昂した。
「どっちも選ぶわけないだろう!」
もはや頭の中は恐慌状態。
相手は上司の騎士。直轄ではないのが救いだが、それでも同じ王宮にいるのだ。どこかで会ってもおかしくはない。
しどろもどろの二人に、さらに騎士その一は言い募った。
「あたしは女のコ側だからぁ、安心してね。で、こっちの男はどっちもできるっぽいから……今日はどうなのかしら? ね、どっちがいい? ね、ね、どっちぃ?」
言葉尻にいちいち首を傾げるな!! とセシルとカイルは心の中で叫ぶ。
そうして、二人はゆっくりと顔をあげた。
ぎこちないながらも、精一杯優しげな笑みを浮かべる。
「まぁ、かわいい」
「今年のやつらは見目麗しいな」
と呟く騎士たちを見つめながら、瞬時にして表情を一変させた。
それは――氷河期を思わせる無表情。
二人は同時に叫んだ。
「どっちも無理です!!!!」
刹那、踵を返し、力の限り爆走した。
「ま、待ちなさぁい!」
「待て! 男になれ!」
そんな声が背後の遠いところから聞こえる。が、従騎士二人は無視した。
追いかけてくる足音が聞こえる。
さすが上司。体力は従騎士よりも上回る。ならば、自分たちは頭脳を使うまで――!
そんな若き従騎士たちと個性的な騎士たちの攻防戦がどうなったのかは――当事者たちしか知らない。