第1話 異世界に転生したら、声優がいなかった
俺の名前は、桜井悠馬、24才。
前世は、ブラックな声優事務所のマネージャーだった。
朝は4時出勤、帰りは終電。新人声優のスケジュール管理、オーディションの同行、クレーム処理。
「夢のある仕事ですね」
なんて言われるたび、俺は心の中で苦笑していた。
夢はある。
だが、夢だけで飯は食えない。
それでも、演技に必死な子たちの背中を見ているのは嫌いじゃなかった。
だからこそ、無理をした。
結果――過労で倒れて──
そこからの記憶がない。
※
目を開けると、そこは草原だった。
「……え?」
青すぎる空。見たことのない月が二つ浮かんでいる。遠くには城壁のある街。
俺は、スーツ姿のまま寝転がっていた。
「ここ……どこだ?」
体は元気だ。頭もはっきりしている。
だが、記憶にある場所ではない。
歩いて街に入ると、人の服装が完全にファンタジーだった。
剣を腰に下げた兵士、ローブの魔法使い、耳の長い女性。
「……異世界?」
テンプレすぎて、逆に信じられない。
市場の中央で、人だかりができていた。
俺は吸い寄せられるように近づく。
巨大な水晶の板が浮かび、光の人影が映し出されていた。
剣士と魔物が戦っている。完全に映像だ。
「魔法……映像?」
観客たちは感動している。
だが、何かがおかしい。
――音がない。
正確には、効果音しかない。
剣がぶつかる音、爆発音はあるのに、登場人物が一切しゃべらない。
「……しゃべらないの?」
隣にいた少年に聞く。
「しゃべる必要あるの? 戦ってるの、見えるでしょ」
いや、見えるけど。
俺は、昔の無声映画を思い出した。
映像はある。だが、声がない。
「……まさか」
別の屋台では、恋愛劇らしき映像が流れていた。
男女が抱き合っている。だが、やはり無音だ。
観客は泣いている。
……泣いてるのに、声がない。
ぞっとした。
「この世界……“演技”はあるけど、“声の芝居”がない?」
俺の脳裏に、稲妻が落ちた。
声優が、いない世界。
いや、正確には――
「声を使った演技」という文化が存在しない世界。
俺は、震えた。
恐怖じゃない。
興奮だ。
「……仕事、作れるじゃん」
※
街の外れに、小さな劇場があった。
中に入ると、魔法使い風の男が水晶板を調整している。
「すみません」
「なんだ?」
「この映像……しゃべらせられませんか?」
男は怪訝そうな顔をした。
「声を入れる? そんな魔法はない。音は出せるが、意味のある言葉は無理だ」
「じゃあ、ここに人間が入ってしゃべるのは?」
「……なぜ?」
「面白くなるからです」
俺は、映像を指差した。
「この剣士、勝ったときに何も言わない。
でも、もし『守れた……!』って叫んだら、どうなります?」
男は黙った。
「この恋人たち、別れの場面で無言です。
でも『君を忘れない』って言ったら、もっと泣けます」
沈黙。
「……試すか?」
水晶板に、さっきの剣士が映る。
俺は、深呼吸した。
プロじゃない。
でも、何百人もの演技を聞いてきた耳はある。
剣士が魔物を倒す。
「――はあ……はあ……終わった……」
俺が声を当てた瞬間、観客がざわついた。
「……しゃべった?」
「今の、誰の声?」
剣士が仲間に振り向く。
「守れた……俺たちの村を」
その言葉に、観客の空気が変わった。
誰かが、涙を流した。
「……すごい」
魔法使いがつぶやく。
「映像が……生きている」
俺は確信した。
この世界には
映像魔法がある
物語がある
だが、“声”がない
つまり――
「……声優、需要ありすぎだろ」
※
その夜、安宿で天井を見つめながら考える。
「この世界に、日本式の声の演技を持ち込めば……」
職業が生まれる。
産業になる。
俺の知識が、武器になる。
戦えなくてもいい。
魔法が使えなくてもいい。
俺は、マネージャーだ。
「よし」
俺は、ベッドから起き上がった。
「異世界初の――声優事務所を作ろう」
まずやることは、ひとつ。
声の才能を持つ人間を探すこと。
こうして俺の、剣も魔法も使わない異世界開拓が始まった。




