狂歌聖女は不運を殺し、魔王の抜け殻と結ばれる
――――――――――ホルブルック伯爵家邸にて。嫡男クレイグ視点。
僕は割とダメダメ男だ。
不注意なことがあるのかもしれないけど、とにかくツイてない。
鳥の糞に注意して上を見ていると馬の糞を踏むし、地面の馬の糞に注意していると鳥の糞に当たる。
どうしろと。
本当は貴族学校の成績だってもっといいはずなんだよ。
印刷ミスで解答欄のずれたテスト用紙が配られたり、そもそも僕に配られるはずのテスト用紙が一枚少なかったり、テストを行う教室の変更の連絡が僕にだけ届いていなかったりエトセトラということがなければ。
文句? 言ったってダメダメ。
注意力が足りない、情報収集力が足りないやつに点数はやれないと言われるとぐうの音もでない。
ホルブルック伯爵家の嫡男ってのはプラスポイントだよね。
何とかマイナスポイントを挽回してるかなって感じがする。
僕の努力とか全く関係ないけど。
けれど僕の代で家を潰しそうな気もするから良し悪しだなあ。
そんな僕も将来は結婚するわけで。
今日はジェイミー・サーマン子爵令嬢と顔合わせなんだよ。
うまくいけば婚約になるってやつ。
ジェイミー嬢は美人で明るくて、貴族学校でも人気者なんだ。
僕がホルブルック伯爵家の嫡男じゃなかったら、絶対こんな話来なかったよ。
ありがたやありがたや。
あ、どうやら来たみたいだな。
◇
――――――――――その日の朝、サーマン子爵家邸にて。ジェイミー視点。
「お嬢様。今日こそバカなマネはやめてくださいよ」
「いいえ、やめません」
侍女のエミが変顔です。
「エミったらおかしな顔をして。お嫁の貰い手がなくなりますよ」
「嫁ぎ先がなくなるのはお嬢様のほうです。歌うのはやめてくださいったら」
「いいえ、やめません」
だって歌うのはわたくしの趣味なのですもの。
決してバカなマネではないのですもの。
歌うのを許してくださる殿方でないといけませんもの。
「はあ、お嬢様は頑固なんですから」
「でもエミはわたくしが歌を禁じられるとどうなるか知っているでしょう?」
「もちろんです」
禁断症状が出るのです。
手が震えてきて幻覚が見えるようになり、終いにはひきつけを起こして死にそうになってしまいます。
「ならばわたくしの歌に耐えられる令息を探さないといけないでしょう?」
「一理ありますけれども」
「だからわたくしは今日の顔合わせでも歌うのです!」
「今までの顔合わせで、お嬢様の歌に耐えきった令息は一人もいませんよね?」
「うっ……」
そう、わたくしは音痴なのです。
自分では気持ちよく歌っているつもりですけれども、聞いていると精神錯乱を起こすレベルらしくて。
聞いている方は泡を吹いて倒れたり、頭を抱えてママ怖いよとしか言わなくなったりします。
「私は慣れてるから大丈夫ですけれども、他所の殿方は違いますからね?」
「慣れれば平気なのではないですか。だから最初さえ許されればいいのです」
「ごもっともなのですが、もう一度言います。お嬢様の歌に耐えきった令息は一人もいませんよね?」
「うっ……」
顔合わせも一回でお断りされてしまうのです。
根性なしどもめ。
そんな殿方はこちらからお断りです。
「今日は格上ホルブルック伯爵家の嫡男ですよ? すごくいいお話なのですから、心得てくださいよ」
「嫌です!」
「将来は防音室を作ってもらい、そこで歌えばいいじゃないですか」
「だってわたくしは他の人に聞いてもらいたいのですもの」
ただ歌いたいのではなくて、聞いてもらいたいのです。
そうすると気分が高揚して、調子よく歌えるのです。
「それでしたら私が聞きますから」
「エミだって嫌がるではないですか」
「当たり前でしょう!」
「わたくしの歌を喜んで聞いてくれる方がいいのです」
「そんな人間はこの世にいません!」
実はわたくしもエミの言う通りかなあと思っています。
でも我慢できる人はいるかもしれませんよね?
「はあ、お嬢様は歌さえなければ明るくて賢くて可愛らしい、自慢のお嬢様でありますのに」
「歌でストレスを発散しているから明るく賢く可愛らしくいられるのです」
「言いますねえ。仕方ありません、相手のご令息に耐性があることを祈りましょう」
諦めたようなエミの表情が何とも。
不安になってしまいます。
「ところで今日お会いするクレイグ・ホルブルック伯爵令息とはどのような方なのです? 貴族学校で同じ学年とは聞いておりますが」
「よくわからないのです。もの静かな令息ではありますね」
去年同じクラスだったのですけれども、挨拶くらいしか関わりがありませんでした。
「伯爵家の嫡男ですよね? 大人気でもよさそうなものですけれども」
「まあいいではありませんか」
偉そうな殿方よりはよっぽど。
家格の差を言い立てて高圧的な方もいるそうですからね。
……しかしわたくしの音痴を学校で言いふらされると面白くないですか?
「お嬢様には無敵のデスソングがありますから、脅しに使えばいいですよ。家格の差があっても虐められることはないでしょう」
「デスソングとは失礼ではないですか。最大出力で歌いますよ?」
「それだけは御勘弁を!」
もう、エミったら。
そろそろ時間ですね。
ホルブルック伯爵家邸へ出発です。
◇
――――――――――ホルブルック伯爵家邸にて。クレイグ視点。
ジェイミー・サーマン子爵令嬢と顔合わせだ。
ジェイミー嬢は話題が豊富でハキハキ喋るタイプなので、とても小気味いいなあ。
可愛らしいし、好みのタイプのど真ん中だ。
本当にジェイミー嬢が僕の婚約者になってくれると嬉しいんだけど。
あれ、急にジェイミー嬢が真面目顔になったぞ?
僕何かやらかした?
「クレイグ様に言っていかなければいけないことがあるのです」
「何だろう?」
「わたくしは歌を歌うことが大好きなのです」
……普通のことだと思うけど、子爵御夫妻や子爵家の使用人が明らかに動揺してるぞ?
どういうこと?
歌うことに何の問題が?
「大変結構だね」
「でしょう? 大声で歌うと気持ちが晴れやかになるのです。特に他人に聞いてもらうことが好きです」
「うん、わかる」
「逆に歌えないと禁断症状が出てしまうのです」
「えっ?」
禁断症状?
スルーしにくい言葉が出てきたぞ?
「ですからクレイグ様にもわたくしの歌を聞いていただきたいのです。今よろしいでしょうか?」
「もちろん構わないよ」
何だ何だ?
サーマン子爵家の侍女一人を除いて、全員が慌てて部屋から退出したぞ?
どういうこと?
「まいります!」
ジェイミー嬢が歌い出す。
わあ、奇麗な声だなあ。
決してうまくはないけど、心が洗われるようだよ。
いつまでも聞いていられるなあ……。
「以上です。御清聴ありがとうございました」
「パチパチパチパチ!」
「く、クレイグ様。大丈夫なのですか?」
「えっ、何が?」
ジェイミー嬢は満足そうだし、侍女は驚いてるんだけど?
侍女に切羽詰まった顔で大丈夫なのかって聞かれるのはわからない。
「ジェイミーお嬢様の歌は大変に個性的ですので、初めて聞いた方は精神を病んでしまうことが多くて」
「精神を病むって。大げさだなあ」
「クレイグ様は何ともない?」
「何ともないよ。ジェイミー嬢がよければもっと聞きたいくらい」
「歌います!」
「ええっ! お嬢様、おやめください!」
「パチパチパチパチ!」
再びジェイミー嬢が歌い始めた。
さっきより元気な声だな。
本当に気持ち良さそう。
僕もウキウキしてくる。
あれ? 侍女は体調悪そうだけど……。
「あっ?」
コップが割れた。
二つも同時に?
不思議な現象だな。
「お嬢様、やめてくださいませ! これ以上は器物損壊が進みます! 伯爵邸が潰れてしまいます!」
「そ、そうね」
「クレイグ様、これがお嬢様の忌まわしき力なのです」
「忌まわしくないわよ!」
「へえ、すごいパワーだね」
歌声に勢いがあるからかなあ?
家が潰れるというのは冗談だろうけど。
「クレイグ様は本当に何ともないのですか?」
「頭がスッキリして気分が良くなったよ。ジェイミー嬢ありがとう」
本当に体が軽いぞ。
ジェイミー嬢のソングパワーは僕に合ってるのかもしれないな。
「お嬢様、クレイグ様は稀有の素質をお持ちです。逃してはいけませんよ」
「そ、そうね」
「お嬢様のデスソングを食らって平気な顔をしている令息なんて、絶対に他にいません。出力を上げても全然堪えていないじゃないですか。コップまで割れたのにですよ?」
「クレイグ様、わたくしとの婚約を真剣に考えてくださいませんか?」
「もちろん僕は真剣だよ。ジェイミー嬢が婚約者になってくれたら嬉しい」
婚約決定は親同士の話し合いによるけど、これは決まりだと思うよ。
楽しみだなあ。
◇
――――――――――勇者ヶ原にて。封じられし魔王視点。
ここはかつて勇者と我が戦った地だ。
人間どもの歴史では勇者と我は相撃ちになったとされているようだがな。
我は魂の一部を移していたから、辛くも命を保っているのだ。
あれから一〇〇〇年。
気取られないよう少しずつ力を集め、復活の用意は整いつつある。
あとは依り代となる身体が欲しいものだが。
人間がいい。
怪しまれず動きやすいから。
しかし我との親和性がある人間などなかなかいないのも現実。
気長に待つかと思っていたところに来たのだ。
「やあ、ちょっと疲れたな」
我の宿る岩に腰掛けた人間がいる。
何とも都合のいいことに、魔に対する親和性が非常に高い!
これこそ待っていた人間だ。
我の依り代にしてやる!
こやつの思考をこっそり探る。
何々? クレイグ・ホルブルック、貴族の子か。
いいぞいいぞ、ある程度の権力がある方が動きやすいからな。
しかしこれほど魔に対する親和性が高いと、魔を制御できぬ人間の身では不都合が多いのではないか?
例えば不運に見込まれているように感じるとか。
まあいい。
今日クレイグなる少年は婚約者とピクニックに来たか。
古戦場勇者ヶ原は知る人ぞ知る観光地のような扱いだから。
ふふふ、バカめ。
我の復活の贄としてくれるわ!
「クレイグ様、歌ってもよろしいですか?」
「ああ、せっかく人気のないところまで来たからね。フルパワーでどうぞ」
歌だと?
のん気なやつらめ。
幸い使用人達は近くにいないな。
今ならこのクレイグという少年の身体を強引に乗っ取れるだろう。
婚約者の少女が歌に気を取られた時がチャンスだ。
「行きます!」
な、何だ? この不快な歌は。
そ、存在が!
我の存在が脅かされる!
歌に聖属性が乗っている?
まさか聖女なのか?
いや、歌い手にそれほどの魔道的な素質は感じない。
なのにゴリ押してくるような声量は何だ?
しかも音痴!
や、やめろ!
我が、魔王が崩壊してしまう!
くっ、この伯爵家の少年は気持ちよさそうではないか。
寄ってきた魔や負のものが聖属性の歌で祓われるからだな?
何という悪趣味な!
ああ、もう維持できない……。
――――――――――
ジェイミーとの婚約後、思い切り歌わせてやろうとクレイグが企画した勇者ヶ原へのピクニックで。
ジェイミーが上機嫌で歌い上げていたその時。
「うわっ?」
「あっ、岩が!」
突然クレイグの腰掛けていた岩が粉々に割れた。
魔王のコアが消滅したからだ。
「あいたたたた……」
「も、申し訳ありません」
「いや、ジェイミーの歌唱力を甘く見ていた僕が悪い。岩くらいだと壊れちゃうんだね。というかバラッバラなんだけど、どうなってるのこれ?」
歌唱力(笑)。
しかし図らずも魔王を倒したことは、クレイグとジェイミーに変化をもたらした。
「あれっ? 何かメチャクチャ身体が軽いぞ? 頭も冴えてる。どうなってるんだろ?」
「あ~あ~あ~あ~あ~。わたくしも音程を取るコツがわかった気がしますね?」
魔王を倒した経験値が全てクレイグとジェイミーに入ったのだ。
そのためクレイグとジェイミーは人間としての位階であるレベルが上がった。
身体能力の向上が見られるのはもちろん、クレイグは魔を寄せつけても普通に耐えられるようになったから不運に見舞われることはなくなった。
またジェイミーは劇的に上手く歌えるようになった。
侍女エミがやって来た。
「どうされたのです?」
「いや、何でもないんだ。座っていた岩が砕けてね」
「……まさかお嬢様の歌で?」
「多分」
「何という破壊音波」
「まあ、エミったら失礼な」
ジェイミーぷんすか。
「わたくし、歌が上手くなった気がするのです」
「気がするだけなら岩は壊れませんからね?」
「ら~ら~ら~♪」
「……あれっ? 本当にどうしちゃったんですか? 聞けますよ?」
「聖女の歌声だよね。僕の聖女は素敵だなあ」
「クレイグ様はお嬢様を甘やかし過ぎです。愛情補正が入り過ぎです」
「ハハッ、まあまあ」
こんなやつらに滅ぼされた魔王、哀れ。
しかし人知れず危機を防いだ二人に称賛を贈ろう。
愛は無敵、と。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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よろしくお願いいたします。




