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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第ニ章

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8話 初めての冬の後

 数ヶ月後―――。


 厳しかった冬がようやく過ぎ去り、鉱山の谷にも、遅い春が訪れた。


 岩肌を撫でる風は冷たさを残しつつも、土の香りと芽吹きの気配を運んでくる。硬い地面の隙間からは小さな草花が顔を出し、雪解け水が鉱道を伝って静かに流れていた。


 オレは今もなお鉱山で鉱夫としての過酷な労働を強いられている。だが、そんな日々の中に、一筋の光が差し込んでいる。


 ナリア―――

 オレの彼女だ。

 前の世界では、恋人という存在すら遠いものだった。だからこそ、この異世界で出会えた彼女は、オレの人生において初めての「特別な人」だ。


 彼女は、オレのために料理を作り、労りの言葉を惜しまない。

 その優しさと笑顔に、鉱山での泥にまみれた疲労も、心の奥から癒やされていく。


 今日も、仕事を終えたオレは、同じ奴隷仲間であるサジとともに、ナリアが暮らす家へと向かう。


 扉を開けると、暖かい香りと灯りに迎えられる。

 中にはナリアと、その同僚の女中・ヴィスカが立っていた。


「二人とも、席について! 料理が出来てるわよ!」


 ヴィスカが、エプロンをはたきながら笑顔で声をかけてくれる。


 テーブルの上には湯気を立てた皿が並び、その中心には、黄金色に焼かれたローストチキン。


「ヴィスカ、今日は俺の好きなローストチキンじゃないか!」


 サジが目を輝かせながら歓声をあげる。

 それにヴィスカは誇らしげな笑顔で応える。


「ナリアが作ったスープもあるよ」


 ナリアが、やさしく微笑んで、オレの隣にスープ皿を置く。


「ありがとう」


 短く答えて席に着いたオレの胸の奥には、じんわりとした幸福感が広がっていく。


 ローストチキンの皮は香ばしくパリッとしており、ナイフを入れると湯気とともに肉汁があふれ出す。ジューシーな鶏肉の旨味が口いっぱいに広がり、まるで祝いの席にいるかのような贅沢さだ。


 そして、トマトのスープ――

 これがまた絶品だった。


 トマトの酸味が優しい甘さと重なり、深い旨味とともに体の芯まで温めてくれる。スプーンを運ぶ手が止まらない。


 そんなオレの様子を見て、サジが笑いながら言った。


「カズーは本当にトマトのスープが好きだな!」


 すかさずヴィスカがからかうようにサジへ言い返す。


「バカね! ナリアが作ったスープだからよ!」


「アハハハ、そうだな!」


 サジがオレの肩を叩いてくる。

 その温かいやりとりに、オレとナリアもつい笑ってしまった。


 この僅かな夕食の時間が、今のオレにとって何よりの癒やしであり、希望だ。


 ◆ ◆ ◆


 食事を終えると、ナリアとオレは彼女の家を後にして、いつものようにサジと暮らす家へと戻った。


 扉を閉めるなり、お互いの存在に惹き寄せられるように唇を重ねる。


 言葉は要らなかった。


 ただ互いの温もりと鼓動があれば、それでいい。


 愛し合う二人が、強く求め合う。


 そして、夜が深まっていく。


 ***


 互いを求めあった後、汗を拭ったオレはナリアの手を取り、静かに言った。


「ナリア……愛してる」


 ナリアは目を閉じたまま、オレの手をやさしく握り返す。


 やがて、ゆっくりと蒼い瞳を開け、まっすぐにオレを見つめた。


「私もよ、カズー」


 その一言が、何よりも心に沁みる。

 この瞬間、オレは「この世界に来てよかった」と心から思えた。


 喉が渇いて、オレはアイテムボックスからペットボトルの水を取り出して飲む。

 この異世界では珍しい人工的な容器だが、ナリアはそれに動じることなく受け取ってくれた。

 ナリアは何事にも動じないタイプのようだ。


(以前、魔法使いの弟子って言ったからかな……?)


 内心、そう思いつつ、ナリアにペットボトルの水を渡すと、彼女も静かに二口ほど飲み、礼を言って返してくれた。


「そう言えば……カズー、今日から男爵様が館に来てるわ」


 ナリアの一言に、オレは眉を上げる。


「男爵?」


「ええ。ここの領主の父親が男爵様よ。普段は鉱山都市の城にいるけれど、年に何度かこの鉱山に視察に来るの」


(なるほど……この鉱山は、男爵領にとって重要な資産だ。この鉱山によって、潤っているのだろう。男爵にとって、ここを見過ごすわけにはいかないな)


「ナリア、何とかしてその男爵に会えないかな? オレの事情を話して、力を貸してもらいたいんだ」


 オレの声には、希望が滲んでいた。


(今なら……このチャンスを活かせるかもしれない。オレは子爵だ。男爵の立場なら、話を聞いてくれるに違いない!)


 ナリアは一瞬だけ考え、そしてうなずく。


「私も、そう思ってた。男爵様はたぶん1週間くらいは滞在するはず。何とか、機会を作ってみるわ」


「……ああ、頼む!」


(ついに……! ついにこの地を離れ、奴隷の鎖から解放されるときが来る!)


 嬉しさが込み上げて、思わずナリアを抱きしめた。


「ナリア、一緒にここを出よう」


 ナリアも強くオレを抱き返し、口づけを重ねた。

 言葉以上に深く、心が通い合う。


 そしてオレは学ぶ。


〈チャンスは誰にでもやってくる〉


 と言うことを。

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