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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第一章

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6話 ヴィスカとナリア

 家の中は、外の冷気とは対照的に、ほんのりとした暖かさに包まれていた。


 それに何よりも──テーブルの上に広がる料理の香りが、空腹だったオレの心と腹を直撃する。湯気に混じるスパイスと野菜の香り、焦がしバターのような香ばしさ。自然と歩みが速くなる。


 大柄で、どこか頼もしさを感じさせる女性が、にこやかにオレへと声をかける。


「あんた、サジを助けてくれたんだってね。ありがとう」


 その声には、感謝と、少しの驚きが混じっていた。


 サジがその女性を紹介してくれる。


「カズー、こっちはヴィスカだ。俺の彼女だよ。で、あちらはナリア。同じく女中仲間だ。ヴィスカの料理は最高だからな!遠慮せず、座って食べてくれ」


 オレは椅子に腰を下ろし、深く頭を下げる。


「カズーです。美味しそうな料理をありがとうございます」


 すると、大柄な女性のヴィスカが豪快に笑って言った。


「美味しそうじゃなくて、美味しい料理だよ!早く食べな!」


 その気さくな口調にオレも自然と笑顔になり、シチューのスプーンを手に取る。


「……いただきます」


 口に含んだ瞬間、濃厚なミルクのまろやかさと、根菜から染み出た自然な甘みが舌の上に広がる。鶏の出汁も効いている。

 これまで食べてきたどんなシチューよりも、深く、優しい味だ。持ったスプーンが止まらない。


 傍に添えられたパンもまた、格別だった。ふんわりと柔らかく、口に入れると小麦の香りがふわりと広がる。


 どの皿も本当に美味しかった。

 オレは夢中で平らげた。


「ヴィスカさん、本当に美味しかったです。ごちそうさまでした。ありがとうございます」


 丁寧にお礼を述べると、ヴィスカは笑顔で答える。


「カズー、パンはナリアが作ったんだよ!」


 しまった──と、オレは頭を掻きながら振り向く。


「ナリアさん、失礼しました。パン、すごく美味しかったです。ありがとうございます」


 ナリアはあくまで飄々と、そして優しく微笑む。


「美味しそうに食べてくれるわね。またどうぞ」


 その一言に、心がじんわりと温まった。


 その後、サジとヴィスカは小声で何かを話し、サジがオレに目配せする。


「カズー、そろそろ戻るか」


「……あぁ」


 寝床へ戻る途中、オレはサジに感謝を伝える。


「サジ、ありがとう。あんな美味しい食事は、久しぶりだったよ」


 するとサジは、少し照れくさそうに笑って言う。


「いや、あんたは俺の命の恩人だ。……ただ、このことは内緒にしてくれよ」


「もちろんだ」


 そして、オレは静かに眠りについた。


 翌朝―――。


 オレとサジは、別の鉱山へと向かっていた。昨日行った新しい坑道は、当面閉鎖されたようだ。


 辿り着いたその鉱山には、巨大な穴がぽっかりと口を開けていた。

 まるで地面に空いた奈落のように、中央へ行くほど深く、階段状になっている。

 坑夫の姿だけでなく、監視員の数も多い。どうやら、ここは金鉱のようだ。


 班長が鋭い目つきで告げる。


「帰りには全員、監視員による所持品検査がある!絶対にここの鉱石を持ち出すな!」


(金鉱だからな。今までの鉱山とは価値が桁違いってわけだ……)


 気を引き締めて、オレはツルハシを手に岩を砕き始めた。


 だが──


(昨日の食事……あれは本当に、心に残る味だった。そして、ナリアの“またどうぞ”という言葉……)


 ふと、ナリアの姿が脳裏に浮かぶ。

 黒髪で蒼い目の、凛とした印象の若い女性。前の世界では珍しくなかった髪色だが、この世界ではむしろ特別に見える。

 彼女には芯があって、そして、どこか控えめながらも温かな優しさがある。


 そこへ、サジが声をかけてきた。


「カズー、どうした?今日は手が止まってるぞ?」


「ああ、サジか……。昨夜のことが、まだ忘れられなくてな……」


 それを聞いたサジは、ニヤニヤと笑いながら言う。


「そっか! じゃあ、今日も行くか?」


「……あぁ、頼むよ。あの美味しい料理が、忘れられないんだ」


 サジは笑顔で「任せろ」と言い、オレの肩を軽く叩いた。


 日が暮れ始めた頃、オレとサジは街に戻った。


 まずは身体の汗と埃を落とそうと、簡易な水場で顔を洗い、首筋に水をかける。


 その時、サジがタオルで腕を拭きながら振り返り、やや呆れた顔で言った。


「カズー、これから女性の家に行くんだぞ? 汗ぐらい拭いていけよ!」


「ああ、悪い」


 そう返して、オレは丹念に身体を拭きはじめた。念のため、アイテムボックスから【エバキュエーションキット】を取り出し、中の使い捨て体拭きを一枚使う。これには、ほんのりとした香りとメントールの清涼感がある。全身をさっぱり拭き終えた瞬間、サジがオレに顔を近づけて、鼻をひくつかせた。


「おい、カズー。なんか、いい匂いがするな?」


「ああ、これ。体拭きだよ。香料が少し入ってるみたいだな」


 オレはもう一枚、サジに手渡した。サジは物珍しげにそれを眺め、そして自分の身体を同じように拭いてみる。


「おおっ! これは凄いな。スッキリするし、匂いもいい……まるで貴族みたいだ」


 彼が満足そうに笑ったので、オレも「よし」と小さく頷いた。


 その後、サジの案内で女中たちの家に向かう。

 サジが扉を軽くノックすると、中からヴィスカが顔を覗かせ、オレたちを見て穏やかに頷いた。


「やっぱり、今日も来たね」


 そう言いながらヴィスカは扉を開け、オレたちを中に招き入れる。

 部屋の中ではナリアが食卓に皿を並べていた。テーブルの上には湯気の立つ鍋と、まだ温かそうなパンが置かれている。


 サジが気まずそうに頭をかきながら言った。


「悪いな、また来ちまって」


 オレも軽く頭を下げる。


「すみません」


 ヴィスカは手を振りながら、にこやかに答えた。


「何言ってんだ、気にすんじゃないよ。あんたたちが美味しそうに食べてくれるのが嬉しいんだから」


 食卓を囲み、今日もあたたかいシチューをいただく。今夜のシチューは鶏肉がふんだんに使われていて、ボリュームたっぷりだった。焼き立てのパンは、おそらくナリアの手作りだろう。


 オレはパンを一口食べて、彼女に向かって微笑んだ。


「ナリアさん、このパン……すごく美味しいです」


 ナリアは一瞬だけ照れたように頷き、すぐに視線をテーブルに戻した。


 食事を終えてまったりしていると、ナリアがふいに立ち上がり、真剣な目でオレを見た。


「カズー、ちょっと外に出ましょ」


「えっ?」


 そう言う間もなく、彼女はオレの手を取って外へ連れ出した。夜の風が肌を撫でる。


「カズー、あなたと一緒だと……他の女中の家には行けないわね」


 ナリアはぽつりと言い、真っ直ぐオレを見上げる。


「いいわ、あなたの家に案内して」


「え……どういう意味だ?」


 オレが戸惑いながら聞き返すと、ナリアは呆れたように目を丸くして言った。


「は!? 恋人同士がすること、分からないの? 二人きりにしてあげるってことよ」


(……な、なるほど)


 意味はよく分からないままだが、なんとなく納得して、オレはナリアを連れて自分たちの家に戻ることにした。


 部屋に入ったナリアは遠慮する様子もなく中を見回し、ぽつりとつぶやく。


「寒いわね、この部屋」


 確かに、火も焚かず、簡素な内装の部屋は冷え込んでいる。


 オレはそっとアイテムボックスを開き、【エバキュエーションキット(使いかけ)】から寝袋を取り出す。ファスナーを開けば掛け布団として使える優れものだ。


 ナリアの肩にそれをそっとかけながら言った。


「ナリアさん、これをどうぞ」


 彼女は驚いたようにオレを見たあと、素直に布団にくるまった。


「……あったかいわね、これ」


 そして、オレの手を取り、自分の隣に座らせる。


「カズーも寒いでしょ? 一緒に使いましょ」


 彼女はそう言って、オレの肩にも布団をかけてくれた。肩が触れ合い、ナリアの体温が伝わってくる。鼓動が少し早くなるのを感じながら、オレは内心で思った。


(……体拭き、使っておいてよかった)


 ナリアは前を見つめながら、やわらかく口を開いた。


「カズー、少しお話しましょ。あと、私のことは“ナリア”って呼んで。あなたの方が年上でしょ?」


「……あぁ、わかった。ナリア」


 その後、オレたちはたわいもない話を二時間ほど交わし、心が少しずつ近づいていくのを感じていた。


 女中の家に戻ると、ヴィスカがナリアにそっと礼を言った。


「ありがとう」


 きっと、気を遣って出ていったお礼だろう。


 その夜、オレとサジは再び自分たちの家へと戻った。


 部屋に入るなり、サジが寝袋を見て目を丸くする。


「カズー……なんだこの貴族が使ってそうな布団は!? お前、まさか……」


 オレは少しだけ焦りながらも、なんとか平然を装って答える。


「ああ、ナリアが寒いって言うからな……出してみたんだ」


 サジはオレをじっと見つめたあと、ふっと息を吐いて呟いた。


「そういえば、お前……魔法使いだったな……」


 彼はそれで納得したようだ。


 そしてオレは学ぶ。


〈女性の暖かさ〉


 と言うことを。

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