5話 冬の鉱山
数ヶ月後―――。
すっかり外は冷え込み、空気は張りつめた氷のように肌を刺す。
白い息が立ち昇る日が続き、雪がちらつく日も増えてきた。
オレは、鉱夫として鉱山で働かされている。
働いている間は身体を動かすせいか、寒さを感じることはあまりない。だが、夜は別だ。
毛布もろくにない薄暗い寝床で、冷えた床に身体を横たえると、何度も寒さに震えて目を覚ます。
そんな夜―――サジがいないことがよくあった。
問いただすことはしなかったが、あの男は夜な夜な何か目的を持って外に出ているようだった。
冬に入り、奴隷たちの体調が目に見えて悪くなってきた。
倒れる者が増え、咳き込み、痩せ細り、やがて血を吐く者も出てきた。
「坑道に長く居すぎると、肺をやられる」
サジがそう言っていた。
その病は進行が早く、最後には死に至るという。
咳が止まらず、吐いた血で口元を赤く染めた者たちは、次々と監視員に連れて行かれ、二度と戻ってくることはなかった。
今日も、オレとサジはいつものように坑道に向かった。
班長の指示で、新しい坑道の掘削作業が始まる。
その坑道はまだ補強がされておらず、危険な場所だった。
オレは、補強用の木材を運ぶために坑道の外に出ていた。
サジは、奥に入り、ツルハシを振るって穴を掘っている。
「ガンッ…ガンッ…」
金属が岩を叩く、乾いた音が坑道に響く。
だが数秒後、その音は、不気味な“軋み”にかき消された。
――きぃ…ぎぃ……
天井から、ぽろり、ぽろりと石が落ち始めたかと思うと、次の瞬間――
「ゴゴゴゴゴ……ッ!!」
地鳴りのような音とともに、天井が崩れ、土砂が雪崩のように落ちてくる。
「落盤だ!!離れろッ!!」
班長の怒声が響いた。
土煙が視界を覆い、あたりは一面、土と石の壁に飲み込まれていった。
オレは、坑道の外にいたことで無傷だった。
だが、サジは中にいた――!
入り口は完全に岩と土砂で塞がれている。
班長が怒鳴る。
「急げ!塞がった入口を掘り起こせ!」
皆が必死で土砂を取り除く。
オレも、呼吸を荒げながらスコップを握りしめ、前へ前へと進んでいく。
だが、掘っても掘っても、巨大な岩が前に立ちはだかる。
それでも誰一人諦めようとはせず、時間だけが過ぎていく。
やがて、2時間が経過した。
――それでも、掘り抜けられない。
次第に、奴隷たちの顔に諦めの色が浮かび始めた。
誰もが、その先にいる者たちの“死”を覚悟し始めていた。
班長が、重たい声で言う。
「……もう無理だ。諦めよう……。ここでは、こういう事故はよくあることだ。今さらどうにもならん……」
「なに言ってる!」
オレは顔を上げ、班長に向かって叫んだ。
「まだ、生きてるかもしれない!諦めるな!」
だが班長は、俯いたまま、静かに告げた。
「日も暮れてきた。これ以上は、作業もできん……。カズー、もういいんだ。奴らは……もう死んでるだろう……」
奴隷たちも、誰も反論しなかった。
これは、この鉱山の“常識”なのだ。
生き埋めになった者は、二度と帰ってこない――。
だが、オレには、どうしても諦められない理由があった。
(サジはマーブル島の出身だ。オレが守るべき、オレの民だ……)
(そうだ。オレは……マーブル島の領主なんだ!)
今は、MPが0なので《エマージェンシー・リカバー》は使えない。そして、魔法も使えない。だが、奴隷たちが作業を放棄した坑道の入口へ、オレは一人歩き出す。
アイテムボックスから【爆裂玉】を取り出し、入口の岩に向かって投げる。
「ドッカーン!!」
轟音と共に、土砂が吹き飛ぶ。
続けざまに、もう一発――
「ドッカーン!!」
そして何度か繰り返すと重たい土砂と岩が少しずつ崩れ、奥の闇の中に、小さな“穴”が見えた。
オレはその小さな穴に駆け寄り、素手で、必死に土砂をかき出した。
その穴が、命の道に繋がっていると信じて―――。
穴を広げ、オレはその中へと身を潜らせる。
埃と血の匂いが漂う坑道の中――光の届かぬその奥に、横たわる影が見えた。
「……サジ!」
サジを含めた数人の奴隷たちが、ぐったりと倒れている。
オレは急いで【ポーション】を取り出し、サジの口元へ運んだ。
ごくり、と喉が動き――
その瞳が、ゆっくりとオレを見据えた。
「……カズー……助けてくれて……ありがとう……」
オレは頷き、次々と他の奴隷たちにもポーションを与えた。
彼らは一人、また一人と息を吹き返していった。
しばらくして、坑道の外から奴隷たちと班長が入ってきた。
オレが空けた穴を通じて、生き埋めになっていた奴隷たちが次々に引き出されていく。
最後にオレが坑道から出ると、班長が駆け寄ってきた。
「カズー……よくやってくれた!だが、一体なんだったんだあの爆発は!?」
オレは苦し紛れに、咄嗟に言葉を捻り出した。
「……昔、魔法使いの弟子だったんだ。特別な魔法を、ちょっとな……」
それを聞いた奴隷たちは、驚きと尊敬のまなざしでオレを見た。
「すげえ……魔法使いのカズーだ!」
「命の恩人だぞ、カズー!」
「ありがてえ……ありがてえ!」
歓声の中、オレたちは全員を無事に救出し、街へと戻った。
サジは【ポーション】の効果で、すっかり元気を取り戻していた。その顔には安堵と、ほんのわずかな決意の色が滲んでいた。
そんなサジが、オレの肩に手を置いて言った。
「カズー、ちょっと案内したい場所があるんだ。一緒に来てくれないか?」
少し意外だった。疲れも残っているし、こんな遅くにどこへ行くのかと疑問にも思ったが、サジの真剣な眼差しを見て、オレはうなずいた。
「……わかった。行こう」
日が暮れた街は静かだった。風の音だけが路地をすり抜けていく。
サジはそんな街を、まるで地図でも頭に入っているかのように迷わず進んでいった。オレは黙って、その背中についていく。サジの足取りにはどこか切実なものがあった。
やがて辿り着いたのは、街の中心部——貴族や役人が住む大きな館のすぐそばに、ひっそりと建つ、小さな家だった。
サジが軽く扉をノックすると、しばらくして中から大柄な女性が顔を覗かせた。優しげな瞳の奥に、芯の強さを感じさせる女性だった。
サジは彼女に近づき、何やら小声で言葉を交わす。女性は最初、少し驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかにうなずいた。
やがてサジが、こちらを振り返って言う。
「カズー、中に入ってくれ。命を救ってくれた礼をしたいんだ。最高の食事を、ご馳走するよ」
扉の向こうから、暖かな光と、香ばしい匂いが漂ってくる。断る理由はない。オレはサジに促されるまま、家の中へと足を踏み入れた。
中には、さっきの大柄な女性の他に、黒髪の若い女性が一人いた。彼女はオレを見ると、ほんのりと微笑み、ぺこりと頭を下げた。
テーブルには湯気を立てたシチュー、焼き立てのパン、そして色とりどりの野菜料理が並んでいた。心のこもった料理だ。
その温かさに触れたとき、オレの中で、何かが静かにほどけた。
……だが、同時に痛感する。
そしてオレは学ぶ。
〈鉱山は危険である〉
と言うことを。




