46話 満月の戦い
日が暮れていく。
夕陽が山の稜線に沈み、空の色が茜色へと変わると、代わりに月が鋭い光を放ちながら昇ってきた。夜の帳は、一瞬で世界を呑み込むように落ちる。
暗闇が訪れれば、敵の眼を欺けるのでは……そう考えたのも束の間だった。
今夜は満月。月明かりが白銀の霧のように大地を照らし、敵の影さえくっきりと浮かび上がる。
オレが魔法を一度解除した瞬間、風を裂く音とともに矢が飛来した。
(くそ……どうする……? 降伏か……?)
だが、降伏の先にあるのは【奴隷の首輪】。
あれだけは、あれだけは絶対に嫌だ。首に触れた瞬間、MPがすべて吸い取られ、スキルは一切使えなくなる。生きていながら、自分ではいられなくなる。
ゲームシステムを見ると、オレのMPは底をつきかけていた。
逃げるか、突撃するか――その二択が頭の中でぐるぐると渦を巻く。
その時、後方の闇の奥に、ふっと一筋の光が灯った。
ゆらめきはなく、一定の細い光。近づくほどに、月光よりも白く強い。
(……炎の光じゃない。これは……懐中電灯?)
この異世界に懐中電灯など存在しない。オレが持っている物以外は。
だが、その光は確かに懐中電灯特有の鋭さを放っている。
アマンダ姫の顔が脳裏をよぎる。
以前、献上品として彼女に懐中電灯を渡したはずだ。
(それが、ここに? なんでだ……?)
考える間もなく、懐中電灯の光を掲げた騎士がオレの目の前まで駆けてきた。
アマンダ姫ではない。
体格が完全に男。顔は覆面で隠されている。
その騎士は馬上から鋭く叫んだ。
「カズー! ここでは戦いづらい。オレについて来い!」
声を聞いた瞬間、オレは彼の正体を悟り、迷わず頷いた。
「わかった、頼む!」
覆面の騎士は踵を返し、闇の奥へ駆け、オレもその背に続く。
その直後――
MPがゼロに到達し、オレの周囲に張り巡らせていた防御魔法が霧散する感覚がした。
「――ファイアシェルが……解除された!」
後ろを振り返ると、百騎ほどの敵が怒涛の勢いで追ってくる。
防御魔法が切れたことに気づいたのか、一斉に矢の雨が解き放たれた。
しかし次の瞬間、覆面の騎士が馬を寄せ、オレの側面へ滑り込んだ。
飛来する矢を、彼はまるで舞うような動きで、剣の平打ちで叩き落としていく。
(……なんて剣技だ!)
オレが息を呑んだ瞬間、彼は叫んだ。
「カズー、オレの左側につけ! 左はお前の盾で防げ!」
覆面の騎士はオレの背後と右側を守り、オレは反対側だけを鉄の盾で受け止める。
二人で一つの防壁を作るように、矢の嵐を越えて並走した。
やがて彼に導かれるように、渓谷が口を開けた。
両側は黒い崖、月光さえ届かない狭い一本道。ここなら敵も大軍では押し込めない。
渓谷の終端に到達すると、覆面の騎士が言う。
「カズー、少しの間ここを死守してくれ!」
言い終えると、彼は馬をさらに奥へ走らせた。
残されたオレは馬を降り、アイテムボックスから大盾を取り出した。
ここは一本道、矢は一方向からしか飛んでこない。大盾を地面に突き立てれば、完全に遮れる。
案の定、追いついた敵が矢を放つ。
大盾の向こうで矢が無数に突き立ち、金属音が夜の渓谷に響く。
(よし……これなら耐えられる)
移動を開始してからは魔法を使っていないため、じわじわとMPが回復してきた。
だが、敵は距離を保ち、オレの攻撃魔法の射程外に留まっている。
(魔法の射程が短いことを……知っている!)
矢の雨をただ耐えていると、敵の陣形の奥で突然怒号が上がった。
覆面の騎士が、敵の後方から斬り込んでいた。
どうやら渓谷を大きく迂回し、完全に後ろを取ったらしい。
(よし、挟み撃ちだ!)
オレは大盾を構えたまま、敵の前線へじりじりと前進した。
矢が何度も叩きつけられるが、大盾がすべて弾き返す。
ついに攻撃魔法の射程へと踏み込んだオレは、詠唱を叩きつける。
「――マルチファイアブレード!」
「ファイアアロー!」
「ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」
炎の刃が奔流のように飛び、火球が爆ぜ、風・水・土の弾丸が次々と前衛を崩していく。
オレは容赦なく魔法を放ち続けた。
再び同じ魔法の連打。
炎の閃光が夜の渓谷を照らし、敵の数がみるみる削られていく。
だが、それ以上に――覆面の騎士は凄まじかった。
月光を帯びて駆ける彼は、一騎当千のごとき剣閃で敵を薙ぎ払い、戦場を縦横無尽に駆け回る。
(これが……無双ってやつだ!)
まるで英雄の伝説を目撃しているかのようだった。
最後の一騎が倒れると、覆面の騎士は剣先を下げ、オレの方へ歩み寄ってきた。
仄かな懐中電灯の光が、覆面の下の瞳を照らす。
そして彼はオレに言う。
「カズー……真の友として、助けになったか?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に熱いものが灯った。
そしてオレは学ぶ。
〈真の友という存在〉
と言うことを。




