4話 鉱山
翌朝―――。
目覚めると、空気はまだ冷たく、石造りの壁からは夜の冷気がじわじわと染み込んでくるようだった。
同室のサジはすでに起きており、身支度を済ませている。
「カズー、行くぞ。朝飯だ」
オレは眠気を引きずりながらサジの後を追い、奴隷たちが集まる広場へ向かった。
広場に着くと、すでに奴隷たちが集まり、ざっと見ても1000人は優に超えている。朝のざわめきが、空腹と諦めの混ざった空気を運んでくる。
配られた朝食は昨日と同じ、ごった煮。そして今朝はパンがついていた。だが、そのパンは焼き立てではなく、冷たくて硬く、歯を立てるにも力がいる。きっと昨日の物だろう。
サジがオレの耳元で言う。
「カズー、パンはいくつか取っておけ。昼は無いからな」
オレは黙ってうなずき、ポケットにいくつかのパンを突っ込んだ。
ちなみに、今朝から服装も変わった。これまでオレが着ていた薄汚れた服ではなく、鉱夫用の厚手で丈夫な布地の作業着に着替えている。サジが朝、手渡してくれたものだ。
食事を終えると、サジはオレを連れて班長のもとへ行き、軽く紹介する。
「こいつは新入りのカズーです」
班長は、目を細めてオレをじろりと見ると、鼻で笑った。
「カズー、サボるなよ。……サジ、面倒見てやれ」
班長の声に、周囲の奴隷たちが一斉に動き出す。
各班は大体50名ほどで編成されており、朝の点呼が終わると、それぞれの持ち場へと向かう。
監視員たちは、周囲に立ち、鋭い目で俺たちを見張っている。
オレたちの班は、山の斜面を少し登り、やがて暗い坑道の入り口へたどり着いた。
中はひんやりとして湿っぽく、足元には大小の岩が転がっている。薄暗い道を黙々と進み、30分ほど歩いた頃、ようやく止まった。
「ここだ。配置につけ」
班長の号令とともに、各奴隷に役割が振り分けられる。
オレとサジはツルハシを渡され、掘削係として坑道をさらに掘り進む役割を受けた。
最初は不慣れだったが、サジの動きを見て真似をするうちに、徐々にコツを掴んでいく。
ツルハシを振るうたび、硬い岩盤が砕けていく音が坑道内に響き渡る。砕いた岩は、別の奴隷たちが運び出していく。
肉体的な疲労は、オレのスキル《オート・リカバー》が自動的に癒してくれる。だが、ひたすら穴を掘り続けるという単調な作業は、精神を徐々に摩耗させる。
それでも、今までのレベルアップのおかげで、オレは硬い鉱石すら砕いて進んでいく。
そんなオレの様子を見て、サジが慌てて声をかけてきた。
「カズー、あんまり無理するな! 後で辛くなるぞ。……休憩しよう」
「……あぁ」
オレはツルハシを下ろし、坑道の壁にもたれた。
サジは腰にぶら下げた革の水袋を取り出し、ごくりと水を飲むと、それをオレに差し出してきた。
「お前、結構体力も力もあるな!」
オレはありがたく水袋を受け取り、一口、喉を潤す。
《オート・リカバー》があっても、喉の渇きまでは癒せない。冷たい水が体に染み渡る。
「……あぁ、冒険者をやってたからな」
「へぇ……」
サジは少し意外そうに水袋を受け取り、もう一口水を飲んだ後、立ち上がる。
「よし、そろそろ仕事に戻ろう。あまり休んでると監視員がうるさいからな」
二人で再びツルハシを手に取り、作業を再開する。
昼休みという概念はここにはない。昼頃になると、朝ポケットに突っ込んでおいたパンを取り出し、無言でかじる。
固く、冷たく、味気ないパン。それでも空腹には代えられなかった。
夕方が近づくと、班長が声を張り上げる。
「作業終了! 戻るぞ!」
オレたちは、へとへとになりながら山を下り、街へと戻る。
こうして、奴隷としての1日目が終わった。
夕食はまた、広場で行われる。皿に盛られたのは、相変わらず不味いごった煮。
準備をしているのは老人や子供たちの奴隷たちだ。彼らもまた、自由を奪われた存在。
ふと、小さな子供の奴隷がごった煮をよそう姿を見ていると、サジが低く言った。
「カズー、間違っても逃げようとは思うなよ。以前、子供の奴隷が逃げようとしてな……【奴隷の首輪】が爆発して死んだ⋯⋯」
その言葉に、オレは思わず喉が詰まる。
サジは続けた。
「外そうとして爆発した奴もいる……。この首輪がある限り、俺たちはどこにも行けない」
オレは無意識に首元に手を当てた。冷たい金属の輪が、ぴたりと肌に貼りついている。
「【奴隷の首輪】を外す方法は無いのか?」
サジはゆっくりと首を振った。
「ここには無い。外せるのは、シーフか……奴隷商人だけだ。でも、ここにいるのは領主お抱えの奴隷商人だけだ」
オレはしばし黙り、考える。
(この都市の領主は、男爵だったな……。もし、直接会って話せれば、オレが公爵の部下だと証明できるはずだ。解放される可能性もある……)
それまでは、我慢だ。無謀な行動は、今は命取りになる。
夜、寝床に戻ったオレたちは、着替えも風呂もないまま、ただ横になり、泥のように眠った。
全身にこびりついた埃と汗、そして重労働の疲れが、思考すら奪っていく。
考える力すら削がれるのだ――。
そしてオレは学ぶ。
〈疲れは思考を停止させる〉
と言うことを。




