39話 決戦
オレの目の前で――さっきまで無機質な製鉄塔だった建物が、鈍い音を立てながらゆっくりと形を変えていく。
製鉄塔が軋み、石と岩のような質感に変わり、巨大な腕と脚が生える。
そして――そこに現れたのは、全身が灰色の岩でできた巨人。まるで神話の化け物そのものだった。
(ゴーレム……!)
その体高は軽く四メートルを超える。見上げるだけで首が痛くなるほどの威圧感。
まるで変形ロボのようなその姿に、一瞬、戦場であることも忘れて胸が高鳴った。
(……くっ、あれに乗れたら最高だが、今はそんな場合じゃない!)
オレは魔力を集中させ、連続で攻撃魔法を放つ。
「――ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」
五種の魔法が次々と空に浮かび、矢と球体が轟音と共にゴーレムへ殺到した。
だが巨体のゴーレムは、回避などせず、そのまま真正面から受け止める。
直撃の衝撃で炎と砂煙が巻き上がる。だが、煙の中から現れたその巨体は――無傷だった。
当たった箇所が黒く焦げているだけ。まるで痛痒を感じていない。
(……石の身体にはオレの魔法が通じないのか!)
その瞬間、ゴーレムが低く唸るような音を発した。
次の瞬間、巨大な拳が風を裂いて迫る。
「ブゥーーン!!」
反射的に身を翻し、地面を転がって回避。直後、オレのいた場所にゴーレムの拳が叩きつけられた。
「バッーーン!!」
地面が爆ぜ、衝撃波で土と砂が宙に舞い上がる。
耳鳴りがする。息が詰まる。
(……当たれば即死だ。冗談抜きで!)
オレはすぐにアイテムボックスへ手を突っ込み、妖精剣を抜き放つ。
刀身に宿る力がオレの体を包み、全身に軽やかさが渡る。
俊敏性の上昇を肌で感じた。
背後から仲間の弓兵が矢を放つが、石の装甲に弾かれて虚しく地面に落ちた。
別の冒険者たちは背後に回り込み、槍と剣で背中を狙う。
だが、ゴーレムはまるで気にも留めず、腕を横薙ぎに振り払う。
轟音。
仲間たちが木の葉のように吹き飛ばされた。
「みんな、ゴーレムに近づくな!」
オレは叫ぶ。
「後方支援に回ってくれ! 接近戦は無理だ!」
倒れた仲間に駆け寄ろうとした弓兵に、オレはアイテムボックスから【ポーション】を二本投げ渡す。
「これを! 治療を頼む!」
オレは注意を引くために、あえてゴーレムの正面に立った。
恐怖よりも、守りたいという思いが勝っていた。
「――サンドウォール! ファイアウォール! ウォーターウォール!」
三重の防御魔法を展開し、ゴーレムの周囲に壁が立ち上がる。
炎が唸り、砂が渦巻き、水が音を立てて流れる。
だが、オレの作る壁は高さ二メートルほど。
四メートルを超える巨体の前では、あまりにも頼りない。
ゴーレムは無造作に足を上げ、砂の壁を蹴り砕いた。
「バッーーン! バッーーン! バッーーン!」
まるで砂遊びをするかのように、オレの防御魔法は跡形もなく崩れ去る。
(くそっ……なんて強さだ!)
けれど、逃げるわけにはいかない。
この場を守り切れなければ、街の人々がスタンピードに呑まれる。
それだけは、絶対に許せなかった。
再び拳が振り下ろされる。
オレは妖精剣の加護を頼りに、最小限の動きでそれを避ける。
巨体ゆえに、攻撃の軌道は読みやすい。
(見切れさえすれば、避けられる……! まだ戦える!)
オレは、戦いの流れにほんのわずかな余裕を見出したその瞬間、
新たな手を試すことにした。
アイテムボックスから【爆裂玉】を取り出し、勢いよくゴーレムへと投げ放つ。
「ドッカーン!」
轟音が響き、爆風がゴーレムの足元を包んだ。
灰色の岩肌が弾け飛び、巨体がわずかに後退する。
(効いてる……! 今までより反応がある……!)
手応えを感じたオレは、畳みかけるように【爆裂玉】を連投した。
「ドッカーン! ドッカーン! ドッカーン! ドッカーン!」
連続する爆風が地面を震わせ、砂煙が立ち上る。
ついに、ゴーレムが鈍い音を立てて後ろへ倒れ込んだ。
「ドーーン!」
(やったか……!?)
オレは息を殺し、様子をうかがう。
しかし、爆煙が晴れた先にあったのは、傷一つついていない巨体だった。
崩れたように見えたのは、ただの一時的な体勢の乱れに過ぎなかった。
(……【爆裂玉】でも駄目か)
そう思った瞬間、
ゴーレムの体内から不気味な音が鳴り響いた。
「ヴォーー! ヴォーーー! ヴォーーーーー!」
まるで大地そのものが唸っているかのような低音。
冒険者たちがざわつき始める。
「な、何だこの音は!?」
「ゴーレムが鳴いてるのか!?」
「リーダーの攻撃が効いたんじゃないのか!?」
しかし、オレは理解した。
――これは、号令だ。
「魔物を呼んでいる……!」
ゴーレムの後方から、無数の影が地を覆うように迫ってくる。
空ではハーピーの群れが不気味に輪を描き、地上ではコボルトが砂煙を巻き上げて突進してくる。
(なんて数だ……! まるで津波みたいだ!)
オレは一歩前に出て、迫る魔物たちを迎え撃つ。
「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」
次々と放たれる五属性の魔法が空を裂き、
炎の矢がハーピーを貫き、火球が爆ぜ、風弾がその翼を切り裂く。
水球が墜落を誘い、土球が翼を叩き落とした。
すかさず、地上のコボルトへ。
「マルチファイアブレード! ファイアレイン! ウィンドレイン!」
無数の炎の刃が飛び交い、雨のような火と風が戦場を覆う。
しかし、それでも群れは止まらない。
波のように押し寄せる魔物の数に、仲間たちの陣形が崩れていく。
ハーピーが上空から冒険者を襲う。
盾を構えた戦士が悲鳴を上げながら必死に受け止める。
弓を持った後衛が矢を放ち、シーフらしき男が負傷者を抱えて後退する。
オレは素早く駆け寄り、アイテムボックスから【ポーション】を取り出した。
「負傷者にはこれを使え!」
そう叫びながら数本をシーフに渡す。
彼が頷いたのを確認し、オレは再び前線へ。
魔法で魔物を薙ぎ払い続けると、視界の端にポップアップが浮かんだ。
『土の魔法使い:レベル20』
新しい全体攻撃魔法――【サンドレイン】を習得。
オレは即座に発動する。
「サンドレイン!」
天から降り注ぐ無数の砂の粒が、戦場の一帯を包み込んだ。
攻撃力こそ控えめだが、
視界を奪う砂嵐が、敵味方の間に壁を作る。
(これだ……煙幕の代わりに使える!)
「サンドレイン!」
オレは再度、味方の位置を中心に魔法を展開する。
一瞬で仲間たちの姿が砂の帳に消える。
「撤退だ! 後方へ走れ!」
冒険者たちが、砂煙の中を駆け抜けていく。
オレはその背を見送りながら、殿として立ちはだかる。
「オレはここだ! 来い、化け物ども!」
魔物たちが牙を剥き、咆哮を上げる。
オレは全ての攻撃魔法を解き放った。
「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」
「マルチファイアブレード! ファイアレイン! ウィンドレイン! サンドレイン!」
爆炎、風圧、水飛沫、砂嵐――あらゆる魔法が交錯し、戦場を灼熱の嵐が覆う。
だが、それでも魔物の勢いは止まらない。
しかも、中央から、ゴーレムがゆっくりと、しかし確実にこちらへと歩み寄ってくる。
(……駄目か。このままじゃ飲み込まれる――!)
その時、視界に新たなポップアップが現れた。
『ユニークスキルが使用可能になりました』
(来た……! 鉱山で使った、あの特別な魔法!)
オレはゴーレムに狙いを定めて躊躇なく叫ぶ。
「――メテオクラッシュ!」
次の瞬間、空が裂けた。
燃え盛る隕石が雨のように降り注ぐ。
「ズドォォォーン! ズドォォォーン! ズドォォォーン!」
連続する衝撃が大地を砕き、空気を焦がす。
ゴーレムは隕石の直撃を何度も受け、ついに巨体が崩れ落ちた。
巻き込まれた魔物たちが次々と消し飛び、轟音だけが戦場に残る。
『スタンピードマスター、討伐完了』
砂塵の中、オレは静かに息を吐いた。
焦げた大地の匂いと、遠くで聞こえる仲間たちの歓声。
その全てが、夢のようにぼやけて見えた。
――オレは、胸の奥で静かに呟く。
そしてオレは学ぶ。
〈最後に幸運が待っている〉
と言うことを。




