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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第六章

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38話 索敵

「昨夜は、よく眠れた――」


 オレは、東の空を染め上げる朝日に目を細めながら、静かに息を吐いた。

 今日が、スタンピードマスターとの決戦になるかもしれないというのに、不思議と心は澄んでいる。

(しっかり眠れたからだろうか……それとも、覚悟が決まったからか)


 宿屋の朝食を済ませ、オレは冒険者ギルドへと足を向けた。

 朝の冷たい風が頬を撫で、街のざわめきが戦いの予感を含んでいるように感じる。


 ギルドの扉を開けると、既に多くの冒険者たちが集まっており、皆、真剣な表情で仲間と作戦を練っている。

 その視線の端々に、不安と高揚が入り混じっているのが見て取れた。


(……やはり、昨日オレがギルドマスターに報告した“スタンピードマスター”の件が広まっているな)


 オレが中に入ると、受付の女性がすぐにオレに気づき、軽く会釈して声を掛けてきた。


「カズーさん、おはようございます。こちらへどうぞ」


 オレは冒険者証を差し出し、短く挨拶する。

「おはようございます」


 彼女は冒険者証をオーブに翳し、淡い光を確認すると、赤い腕章を取り出して手渡してきた。

「カズーさん、今日はクエストリーダーになります。この腕章を付けてください」


「これが……リーダーの証、というわけですか?」


「はい。他の冒険者が一目で分かるように、目立つ位置にお願いします」


 オレが腕に腕章を巻いたその時、ギルドマスターがこちらに歩み寄ってきた。

 灰色の髭を整えたその顔には、緊張と信頼の入り混じった色が浮かんでいる。


「カズーさん、今日は頼みます。参加者は多くありませんが……あなたになら任せられる」


「最善を尽くします」


 その言葉を合図に、周囲の冒険者たちが次々とオレの元に集まってくる。

「カズーさん、今日は宜しくお願いします!」

「おう、あんたがリーダーか! いい度胸だな!」


 礼儀正しい者もいれば、荒くれ者もいる。

 ざっと見渡して、総勢二十名ほど。どの顔にも、それぞれの戦いへの覚悟が宿っていた。


 ギルドマスターが一歩前に出て言う。

「これで参加者は全員です。――後は頼みました、カズーさん」


 オレは深く頷き、声を張り上げた。


「皆、スタンピードマスター討伐クエストへの参加、感謝する!

 まずは全員でスタンピードマスターの所在を突き止める!

 奴はこの街のどこかに潜んでいるはずだ。

 怪しい魔物を見つけたら、無理に戦わず一度ギルドに報告してくれ。

 ――正午に再び、ここで合流する!」


 冒険者たちが一斉に頷き、装備の金具がカチャリと鳴る。

 やがて全員がギルドを出て、それぞれの思う方向へと散っていった。


 オレは、単独で内郭街の城壁方面へ向かうことにした。

 魔物の動きを考えるなら、そこが最も危険で、最も可能性が高い。


 ◆ ◆ ◆


 城壁に到着した瞬間、息を呑んだ。

 視界いっぱいに、黒い波のような魔物の群れ――。

 地を這うような唸り声と、肉を擦り合わせる音が混ざり合っている。


 城壁は、すでに魔物たちの圧力で悲鳴を上げていた。

 無数の手と爪が石を叩き、擦り、押し潰している。

 そのたびに、古い石材が軋み、細かい砂が崩れ落ちていく。


(……まずい。このままでは、もたない)


 そう思った矢先だった。

 轟音とともに城壁が大きく傾き、次の瞬間――崩れ落ちた。


「ガガガガァァーーン!!」


 爆音と砂塵が周囲を覆い尽くし、視界が一瞬で真っ白になる。

 風が止まり、次の瞬間、地鳴りのような咆哮が街を揺らした。


(城壁が……! これで魔物が内郭街へ――!)


 黒い奔流のように、魔物たちが瓦礫の隙間から雪崩れ込んでいく。

 だが、内郭街ではすでに兵士たちが迎え撃つ体制を整えていた。


 高台から放たれた無数の矢が空を覆い、雨のように魔物へと降り注ぐ。

 鋭い矢が突き刺さるたび、魔物の身体が煙のように消えていく。


 しかし、大型の魔物――トロールやボブゴブリンには、それも通じない。

 太い筋肉を波打たせながら、矢を受けても怯まず突進してくる。

 兵士たちが盾を構えて防戦するが、トロールの一撃で盾ごと吹き飛ばされた。

 弓兵が棍棒で叩きつけられ、悲鳴を上げて地に転がる。


 その混乱の中、後方から騎兵隊が突撃した。

 鋭い槍先がトロールの胸を貫き、巨体が霧散する。

 兵士たちの歓声が一瞬だけ上がるが、戦況はなお混沌としていた。


 オレは外郭街の瓦礫の影から、その光景を見つめた。

(内郭街での戦いが始まった……このままでは住民に被害が出る……!

 急がなければ、スタンピードマスターを倒さなければ――!)


 オレは踵を返し、冒険者ギルドへと駆け戻った。

 砂塵と血の匂いを背に受けながら。


 ギルドに戻ると、既に一組の冒険者チームが待っていた。

 息を荒げながらも、その目には確かな報告の意志が宿っている。


「カズーさん! スタンピードマスターかもしれない魔物を見つけました!」

「どこに?」

「城壁の北側です! 他の魔物とは違い、明らかに知性がありました。戦況を……見ていました」


 オレは短く頷き、腰の剣に手をかけた。

「案内してくれ。――今すぐ、そこへ向かう」


 風が再び吹き抜ける。

 戦いの火蓋は、もう落ちようとしていた。


 ◆ ◆ ◆


 冒険者チームは、オレを近くの城壁へと案内した。

 そこは戦いの最前線から少し離れた静かな地帯で、崩れた石壁の向こうには風に揺れる草原が広がっている。

 しかし、その静寂の中に――確かに、ひときわ大きな魔物が立ち尽くしている。他の魔物を見ているようにも思える。


 近づくにつれ、地面が微かに震える。

 魔物は、ゆっくりと城壁に向かって歩を進めようとしていたが、城壁に阻まれて、一歩も前に進めず、そこに留まっている。

 よく見ると、その姿はただのトロールにしか見えない。


 オレは攻撃魔法を使うため、息を整える。

「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」


 立て続けに放たれた魔法が空気を裂き、火と風と水と土が閃光のようにトロールを包み込む。

 轟音と共に爆炎が上がり、トロールの姿は煙の中へと消えた。

 しばらく待つ――だが、何も起こらない。


 オレは仲間を振り返り、呟く。

「スタンピードマスターではなかったようだ……」


 誰もが肩を落としたまま、城壁を後にした。


 ◆ ◆ ◆


 冒険者ギルドへ戻ると、他のチームも次々に帰還していた。

 そのうちの一組が、息を荒げてオレに報告する。


「魔物の大群の近くで、家の中に隠れているハーピーを見つけました! あれが魔物に指示を出していました……スタンピードマスターに違いありません!」


「ハーピー……?」

 オレは眉をひそめる。オレの魔物に関する知識の中では、ハーピーが他の魔物を操る例など聞いたことがない。

 だが、他に手掛かりもない。オレは彼らに頷いた。


「案内してくれ。」


 ◆ ◆ ◆


 現場に近づくと、かすかに甲高い鳴き声が風に乗って聞こえてきた。

「ビービー! ビービー!」


 廃屋の窓の隙間から覗くと、そこには羽をばたつかせるハーピーが一羽。

 その声は叫びというよりも、必死の助けを求める鳴き声に聞こえる。

(……他の魔物に指示を出しているわけではない。むしろ、閉じ込められて助けを呼んでいるのか……?)


 だが、確認のためにオレは魔法を放った。

「ファイアアロー!」


 炎の矢がハーピーを貫くと、ハーピーの身体は煙のように散り消えた。

 外で蠢いていた魔物たちに変化はない。


(……スタンピードマスターではなかったか)


 オレは小さく息を吐き、俯いた。

(スタンピードマスターなど、最初から存在しないのでは……)


 その時、近くにいた斥候の男が声をかけてきた。

「カズーさん、この近くに、妙な“製鉄塔”が建っているんです。」


「製鉄塔?」オレは顔を上げる。


「はい。以前は何もなかった場所に、突然、製鉄塔が出現しました。魔物はいませんでしたが……念のため見ておいた方がいいかと」


 彼の真剣な眼差しに押され、オレは頷いた。

「わかった。案内してくれ。」


 ◆ ◆ ◆


 荒れ果てた空き地の中央に、それは不自然に立っていた。

 周囲には草一本すら生えておらず、まるでその塔が土地そのものを焼き払ったかのようだ。

 高さ四メートルほどの製鉄塔――切石で出来ており粘土で継ぎはぎのように組まれ、煙突らしきものが天に突き出ている。


 斥候が言う。

「ここには何もなかったんです。今までは、ただの野原だったのに……」


 オレは慎重に塔へと近づいた。

 風が石の表面を撫で、低い音を響かせる。

(見たところ、ただの製鉄塔にしか見えない……だが――)


「⋯⋯⋯⋯!」


 オレは気づいた。塔の側面に、出入り口がない。

 どこにも、扉も窓も、溶鉱口さえ存在しない。


 オレは索敵スキルを展開した。

「スキャン!」


 瞬間、製鉄塔の表面に赤い光点が浮かび上がる。

 オレの胸に冷たいものが走った。


「みんな、下がっていてくれ!」


 攻撃魔法を連続展開するため、叫ぶ。

「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」


 魔法の奔流が塔に直撃した。

 轟音が響き、地面が揺れる。

 そして――石の塔が、呻き声のような軋みを上げて動き出した。


 左右の壁が裂け、そこから巨大な腕のような石の塊が突き出る。

 塔の下部が変形し、鈍い音を立てながら脚が形成されていく。

 全体が生き物のように蠢き、石と煙と魔力のうねりが大地を満たした。


 オレの視界に、ゲームシステムのポップアップが浮かぶ。


『スタンピードマスター:ゴーレム』


 オレは息を呑み、ゆっくりと呟いた。

「……そういうことか」


 そしてオレは学ぶ。


〈見た目に騙されるな〉


 と言うことを。

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