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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第六章

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37話 偵察報告

 ◆ ◆ ◆


 オレは一度、冒険者ギルドへ戻って状況を報告することにした。


 昼下がりのギルドは、いつもとは違う喧騒に包まれている。

 木の床を踏み鳴らす重いブーツの音、冒険者たちの怒号、そして酒の匂いと鉄の匂いが入り混じった、いつもの空気だが、笑い声が無い。

 スタンピードが迫って来る恐怖が、皆の気持ちを沈ませているのだろう。


 オレは受付のカウンターに近づき、整った身なりの受付嬢に声をかけた。


「偵察クエストの報告をしたいのですが……」


 冒険者証を差し出すと、彼女は慣れた手つきでそれをオーブに翳した。

 淡い光が証を包み、彼女は確認を終えると柔らかく微笑んだ。


「カズーさん、お疲れ様でした。こちらへどうぞ」


 促されるまま、オレは二階の応接室へ案内される。

 扉の向こうは、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 革張りの椅子に腰を下ろし、わずかに軋む音を聞きながら待っていると――


 重い扉が開き、ギルドマスターが現れた。


「旧鉱山のダンジョンを発見したカズーさん。あなたでしたか!」


 豪快に笑いながら、ギルドマスターはオレの肩を叩いた。

 その手の重みとともに、少し誇らしさのようなものが胸の奥に湧いた。


「あなたのおかげで、住人たちをいち早く避難させることができました。本当に助かりました」


「良かったです」

 オレは小さく微笑んで返す。


 ギルドマスターの表情が次第に引き締まる。

「それで……偵察の結果は?」


「はい。魔物の群れは、西の内郭街の城壁へと進軍していました。

 すでに一部は城壁に到達し、兵士たちと交戦中です」


「ふむ……。魔物たちは、城壁を突破できそうですか?」


 オレは言葉を選びながら答えた。

「わかりません。ただ、トロールが棍棒で壁を叩き壊そうとしていましたが、城壁が頑丈で簡単には崩れないようでした。しかし、ハーピーがゴブリンやコボルトを掴んで空から運び、内郭街に侵入させていました。……あれは厄介です」


 ギルドマスターの眉が深く寄る。

「そうですか……。他に、気づいたことは?」


「これは推測ですが――」

 オレは一度、息を整えた。

「スタンピードには、“マスター”がいるのではないでしょうか」


 ギルドマスターが怪訝そうに目を細める。

「マスター、とは?」


 オレはうなずき、言葉を続けた。

「普通の魔物に知恵はありません。

 ですが、フロアマスターやダンジョンマスターには戦略的な行動が見られました。

 スタンピードを統率する“スタンピードマスター”が、どこかに存在しているのではないかと」


「スタンピードマスター……!?」

 ギルドマスターが低く呟く。


「もしそいつを倒せば、魔物たちは混乱し、ダンジョンへ引き返すかもしれません」


「……なるほど。だが、その“マスター”がどこにいるのか、見当は?」


「正確にはわかりません。ただ、魔物の群れの近くにいるはずです。フロアマスターもダンジョンマスターも、必ず自らの配下の近くにいました。

 ――おそらく、支配の距離に制約があるのでしょう」


 ギルドマスターはしばらく考え込み、それからゆっくりとうなずいた。

「わかりました。クエストを準備しましょう。

 カズーさん、今日は休んで、明朝ギルドに来てください。

 “スタンピードマスター討伐クエスト”――そのリーダーを、あなたに任せます」


 胸の奥で、時間が一瞬止まった気がした。


(リーダー……オレが……?)


 動揺が喉を塞ぐ。それでも、オレは頷いた。

 自分で言い出したことだ。引き下がるわけにはいかない。


「わかりました。……微力ながら、やってみます」


 ギルドマスターは穏やかに笑い、オレの肩に手を置いた。

「カズーさん、頼みます」


 その温もりに、重責の実感がのしかかる。


 一階に戻ると、受付嬢がオレの冒険者証と報酬袋を差し出した。

「カズーさん、緊急クエストと偵察クエストの報酬です。

 合計で銀貨九枚になります」


「ありがとうございます」

 銀貨の重みを確かめ、オレはギルドを後にした。

 夕陽が街の石畳を赤く染めている。

 明日の戦いが、ただのクエストでは終わらないことを直感していた。


 宿へと戻り、部屋の扉を閉める。

 外のざわめきが遠ざかり、静寂が降りる。


 オレはベッドに身を投げ出した。

 そして――天井を見つめながら、思い出す。


(オレがこの鉱山都市に来た理由……ナリアの敵、イザリオを殺すためだった)


 だが、イザリオはもう死んだ。

 オレが手を下したわけではない。


 この異世界で、オレは何人も殺してきた。

 それは生きるためであり、誰かを守るためだった。

 ――イザリオは、自らの手では殺さなかった。


 結果として死んだ彼を見たとき、オレの中に罪悪感は生まれなかった。

 不思議なほどに、心が静かだった。


(オレは、オレの正義を……守れたのかもしれない)


 そう思うと、胸の奥が温かくなる。


「ナリア……ありがとう……」


 頬を伝う涙が、枕を濡らす。

 まぶたを閉じれば、彼女の笑顔が浮かぶ。

 共に過ごした日々が、静かな幻のように蘇る。


 オレは、ゆっくりと眠りへ落ちていった。


 そしてオレは学ぶ。


〈復讐は何も生まない〉


 と言うことを。

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