35話 スタンピード
魔物の群れが、ゆっくりとこちらへ迫ってくる。
まだ遠い──けれど、その足取りには確かな「意志」があった。
荒野の平地。遮るものは何もなく、奴らは一直線にこの防衛線へと近づいてくる。
空はどんよりと曇り、風が唸るたびに、どこか血の匂いを含んだ戦慄を運んできた。
リーダーが声を張り上げ、冒険者と住人たちへ指示を飛ばす。
即席の防衛組織。複雑な陣形を取る余裕などない。
遠距離攻撃ができる弓兵と魔法使いを等間隔に並べる──ただ、それだけだ。
「カズーさんはハンドレッド等級の魔法使いと聞きました。中央後方をお願いします。期待しています!」
リーダーの声が響く。
確かに、魔法使いはこの中でも数が少ない。だからこそ貴重な戦力なのだろう。
だが──。
「リーダー、オレの魔法は射程が短い。前衛に出てもいいですか?」
怪訝そうに眉をひそめたリーダーだったが、すぐに頷く。
「もちろんです。カズーさんのやり方にお任せします。旧鉱山のフロアマスターを一人で討伐したと伺いました。頼みます!」
(……なるほど、あの件で噂が広まっているのか。期待が高いのも無理はない)
オレは中央の前衛へと歩み出る。妖精剣と鉄の盾を構え、深く息を吸い込んだ。
周囲では、冒険者も住人も武器を手に震える声を殺している。
遠く、魔物たちの黒い影が蠢いて見えた。
一人の住人が焦り、矢を放つ。だが、矢は虚しく地面に突き刺さる。
「弓兵!まだ撃つな!矢の無駄になる!」
リーダーの叱責が飛ぶ。
弓の射程でさえ届かない──オレの魔法は、その半分程度しかない。まだ出番ではない。
不安と恐怖が、陣全体に蔓延していた。
家族を守るため、仲間を救うために立ち上がった人々。だが、現実の“死”を前にすれば、その勇気は揺らぐ。
震える手、荒い息。矢をつがえる指先から、汗がぽたぽたと落ちていた。
(……このままじゃ、押し潰される。誰かが、流れを変えなきゃならない)
やがて、魔物の群れが射程内へと踏み込んでくる。
「弓兵!撃てぇっ!」
リーダーの号令。
一斉に矢が放たれ、空を切る音が荒野を裂いた。
「シュー! シュー! シュー!」
矢が先頭のゴブリンを貫き、数体が霧散する。
だが、ボブゴブリンたちは矢を受けても構わず進む。
絶望的な質量。止まらない奔流。
オレは、鉱山で発動した『ユニークスキル』の条件を思い返していた。
(あの時は、短時間で大量の敵を倒した……なら、今回も)
オレはバリケードを越え、荒野へと踏み出す。
リーダーが驚愕の声を上げた。
「カズーさん!? どうしたんですか!」
「リーダー、試したいことがある。オレのことは気にしないでくれ」
風が頬を打つ。
前方の魔物がついに、オレの射程へ入った。
「──マルチファイアブレード!」
炎の刃が咆哮のように走り、複数のゴブリンを切り裂いた。
続けざまに詠唱する。
「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」
炎の矢は確実に魔物に刺さる。火球が爆ぜ、風弾が裂き、水球と土球が混じり合って前衛を粉砕する。
魔物の群れの動きが一瞬、鈍った。
「ファイアレイン! ウィンドレイン!」
空から火の粉と風の粒が降り注ぎ、悲鳴のような咆哮が荒野に響く。
だが、奴らは止まらない。
ゴブリンたちがこちらへ矢を放つ。
「ファイアシェル!」
炎の障壁が半円形に展開され、飛来する矢を焼き落とす。
しかし、魔物たちは怯むことなく炎の外縁に迫ってくる。
その目には感情がない。ただ「滅ぼす」ためだけの存在。
「マルチファイアブレード!」
「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」
オレは再び詠唱を繰り返す。火、風、水、土──四属性が絡み合い、轟音が響く。
だが、左右から回り込む魔物の列までは対処しきれない。
「ファイアウォール! ウォーターウォール!」
左に炎の壁、右に水の壁。どちらも五メートルにわたり展開される。
左側の魔物は後方から押され、次々と炎へ突っ込んで消えていく。
だが、水の壁を抜けた右側の魔物は、勢いを緩めながらも突破してくる。
(……水には、攻撃力がないか)
右手に魔力を集中させる。
「マルチファイアブレード!」
「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール! サンドボール!」
炎と風が唸りを上げ、魔物を飲み込む。
その瞬間、視界にゲームシステムのポップアップが現れた。
『土の魔法レベル10』『防御魔法:サンドウォール』を獲得。
「──来た!」
(ユニークスキルではないが、新たな魔法だ!)
オレは右手を突き出す。
「サンドウォール!」
大地が隆起し、五メートルの厚い土の壁が右側に形成される。
突進してきた魔物たちは壁にぶつかり、動きを止めた。
ようやく、進撃が止まる。
「よし……土の魔法。いけるぞ!」
オレの前に、静寂が訪れた。
風が再び吹き、燃え残った火の粉が空に舞い上がる。
そして、まだ戦いは続く。
だが今、オレは確かに“力の理”を掴みつつあった。
オレは確信する。
属性の力は、それぞれに意味がある。
──ただ撃てばいいだけではない。
魔法とは、組み合わせ、繋げ、流れを作るもの。
そしてオレは学ぶ。
〈特性に合わせて使う〉
と言うことを。




