34話 外郭街
オレは城壁の上に立ち、眼下に広がる光景を見て息を呑んだ。
黒い波のような魔物の群れが、地平線の彼方までうごめいている。
(あまりにも数が多すぎる……)
その圧倒的な数に、膝がわずかに震えた。
オレは頼りにしているゲームシステムのメニューを開く。ステータス画面に新たな変化があった。
――『水の魔法使い:レベル40到達』
さらに、『土の魔法使いのジョブ獲得』
「よし……!」
オレは即座にジョブを変更する。新たな力を手に入れたことで、不思議と、胸の奥の恐怖が少しだけ薄れていく。
(まずは、冒険者ギルドへ。情報を集めなければ……)
城壁の外郭街を見下ろすと、逃げ場を求める人々や、既に街に潜り込んだ魔物の影が見える。
オレは深呼吸をしてから、両手を掲げた。
「――ウォーターウォール!」
城壁に沿って、水の壁が垂直に伸びる。陽光を受けて、淡い蒼が揺らめく。
その中へ、意を決して飛び込んだ。
「とうっ!」
十メートルもの高さ。足がすくみそうになるが、背負った浮き付きバックパックを信じるしかない。
水に包まれ、勢いよく沈みかけたが、すぐに浮力に引き上げられて水面に浮かぶ。
(……助かった)
少しずつ空のペットボトルを取り出し、アイテムボックスに放り込む。浮力が減り、オレはゆっくりと沈んでいった。
やがて、水の壁が消えそうになる。焦って詠唱を重ねる。
「ウォーターウォール消えろ! ……もう一度! ウォーターウォール!」
真下に新たな水の柱が現れ、オレはそれを伝って安全に地上へと降り立った。
全身びしょ濡れだったが、心の中ではガッツポーズを決める。
「やった……! 成功だ!」
街の通りを駆け抜ける。空にはハーピー、地上ではコボルトの群れが徘徊していた。
オレは鉄の盾を構え、新しい魔法を試す。
「――サンドボール!」
土の魔力が集まり、大きな球体となって飛び出す。
それは一直線にコボルトを直撃し、爆ぜるように霧散させた。
(すごい……質量のおかげか、威力が段違いだ!)
勢いに乗り、空のハーピーにも放つ。
「サンドボール!」
しかし、ハーピーは土球を軽やかにかわした。
(威力はあるけど、スピードが足りない……!)
歯噛みしながらも先を急ぐ。
やがて冒険者ギルドに辿り着くと、扉の向こうから怒号と喧騒が飛び込んできた。
中は大混乱だ。人々が走り回り、依頼掲示板の前では争いすら起きている。
受付にいた女性が、オレに気づいて叫ぶ。
「カズーさん! スタンピードが発生しました! 緊急クエストに参加してください!等級の高い冒険者が必要です!」
オレは頷き、冒険者証を差し出す。彼女は手際よくオーブにかざし、登録を済ませた。
すぐに奥からギルドマスターが現れ、机の上に飛び乗って叫ぶ。
「全員、聞け! スタンピードが迫っている! 非戦闘員は内郭街に避難させる!
だが近くの城壁門は敵に包囲されている! 反対側まで行くため、我々が時間を稼ぐ!」
そして、ひとりの冒険者を指差す。
「指揮は彼に任せる! 全員、従え!」
ギルドの指名を受けたリーダーに導かれ、オレたちは西の街外れへ向かった。
既に住人たちが必死にバリケードを組み立てているが、どれも心もとない。
この外郭街には城壁がない――ただの石と木の塊が、命を隔てる壁になるのだ。
後方には、鉱山都市の兵士たち。彼らとリーダーが短い会話を交わしている。
その顔には、誰もが覚悟と焦燥を宿していた。
「皆、もうすぐ軍隊が到着する! それまで、この場所を死守する!」
リーダーの声に、冒険者たちは武器を構えた。
オレも鉄の盾を握りしめる。
見渡す限り、オレたちの戦力は五百ほど。
対する魔物は……数千以上だろうか。
(軍が来るまで……持つのか?)
冷たい風が吹き抜け、砂埃が舞い上がる。遠くで地鳴りのような音が響き、無数の影が蠢くのが見えた。
オレはその光景を、目を逸らさずに見つめる。
そして、心の奥で刻みつけた。
そしてオレは学ぶ。
〈準備不足が死を招く〉
と言うことを。




