表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/39

33話 イザリオ

 イザリオがハーピーに攫われた空に、薄い金色の光が滲みはじめていた。

 夜の帳を押しのけるように、東の地平から朝日が顔を出し、黒ずんだ雲の切れ間を淡く照らす。


 その静寂を破ったのは、内郭街の監視塔から鳴り響く警鐘だった。

「カーン! カーン! カーン!」

 鋼の鐘の音が冷たい空気を裂き、人々の眠気を焼き払うように街中へ響き渡る。


 見上げれば、朝焼けの中を滑るようにハーピーの群れが迫っていた。

 すでに数十の影が街の上空を舞い、監視塔や城門に降り立っては鋭い爪と翼で衛兵を襲っている。

 甲冑が軋む音、怒号、悲鳴、羽ばたき——それらが交じり合い、空も地も混沌と化していた。


 そして、遥か上空を旋回していたハーピーが、掴んでいたイザリオの体を無情にも放した。

 細い影が空を裂くように落下していく。

 衛兵の一人が叫んだが、手を伸ばす間もなく——地面に叩きつけられた。


 ……助からない。あの高さからでは。


 オレは思い出していた。

 旧鉱山でハーピーどもと戦った時のことを。あの時、奴らは石を掴み、空から落として攻撃してきた。

 だが今は——石の代わりに人間を落としているのだ。


 オレの周囲にも数匹のハーピーが急降下してくる。

 爪が閃くよりも早く、オレは攻撃魔法を放つ。


「——マルチファイアブレード!」


 同時に、複数の攻撃魔法を重ねて放つ。

「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール!」


 炎の刃が空を切り裂き、炎の矢が翼を貫く。爆ぜた火球が羽を焦がし、風弾と水球が体勢を崩したハーピーを地面へ叩き落とした。

 墜ちた魔物に兵士たちが駆け寄り、とどめを刺していく。


 オレは振り返り、ベランダの扉を閉めた。

 背後の部屋では、薄布を巻いた妾の女が怯えたようにこちらを見ている。

 昨夜までの甘い空気など、もうどこにもなかった。


「魔物の大群が迫ってきている。——あなたも、すぐに逃げた方がいい」


 女は震える声で問う。

「イザリオ様は……どうなったの?」


 短く息を吐いて、オレは答えた。

「イザリオは……魔物にやられて死んだ」


 それ以上、言葉は要らなかった。

 オレは部屋を出て、城の階段を駆け下りる。


 一階の広間では、すでに兵士たちが集結していた。

 指揮官の怒号、甲冑のぶつかる音、召使いたちの泣き声。

 誰もが混乱の中で持ち場を探している。

 その喧騒の中、オレは誰にも止められることなく、地下への階段へと身を滑り込ませた。


 薄暗い水路を抜け、行きに通った道を戻る。湿った石壁に足音が反響するたび、心臓の鼓動が同じリズムで高鳴る。

 やっと地上へ出た時、街はすでに血の色を帯びていた。


 空を埋め尽くすようにハーピーの群れが押し寄せ、各地で戦闘が始まっている。

 兵士たちが槍を構え、ハーピーの影が次々と地に落ちていく。

 だが、数が多すぎた。


 再び、数匹がオレに突っ込んでくる。

「マルチファイアブレード!」

「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール!」


 炎の刃が閃き、火矢が咆哮と共に空を裂く。火球が爆ぜ、風と水の衝撃が残党を弾き飛ばす。

 焦げた羽が空に舞い、焦臭い煙が立ち上る。

 周囲の敵を掃討したオレは、城壁門へと走った。


 門は閉ざされたままだった。

 すでに開門の刻を過ぎているはずなのに。

 息を切らしながら、衛兵に問いかける。


「門は開かないのですか!?」


 衛兵は焦燥の色を浮かべ、槍を握りしめたまま叫んだ。

「外から魔物が迫っている! 門は開けられない!」


 その声をかき消すように、再び警鐘が鳴り響いた——。


 オレは、どうにかしてこの城壁を越える方法を考えていた。

 目の前の城壁は、見上げるほど高い。ざっと十メートル――普通の梯子では到底届かない。


 風に混じって砂塵が頬を打つ。

 鉱山都市を囲うこの城壁は、まるで巨大な灰色の獣が身を丸めて街を守っているようだった。


「……さて、どうするか」


 腕を組み、しばし思案する。

 魔法の応用、浮力、構造物――頭の中でいくつもの可能性を試算していく。

 そして、一つの方法に思い至った。


「よし……試してみるか」


 城壁の根元まで歩み寄り、右手を前に出す。

 冷たい空気が張り詰める中、オレは防御魔法の詠唱を始めた。


「ウォーターウォール!」


 いつもなら自分の前に横たわる防御壁。だが、今回は違う。

 イメージを縦に、城壁に沿うように――。


 シュウゥゥ……と音を立てて、水の壁が現れる。

 高さ五メートル、幅五十センチ、奥行き二メートルの、垂直に立つ透明な柱のような水の壁だ。

 夕陽の光が水面に反射して、城壁の灰色を青く染めていく。


「……上手くいった!」


 オレは小さく拳を握る。

 防御魔法は、向きや重力には縛られない。城壁を“地面”と認識させれば、こうして縦にも生成できる――理屈上は、問題ないはずだ。


 次に、アイテムボックスから二つの【エバキュエーションキット】を取り出す。

 片方のバックパックには、空のペットボトルをぎっしり詰め込む。

 もう一方のバックパックは、残りの道具を収納してアイテムボックスに戻すためのものだ。


「よし……行くぞ」


 オレは息を整え、水の壁へと身体を滑り込ませた。


 冷たい。

 一瞬、肺がきゅっと縮むような冷気に襲われるが、すぐに慣れる。

 抱えたバックパックの中の空のペットボトルが浮力を生み出し、オレの身体がふわりと浮き上がった。


「……おお、上がる!」


 水の壁の中をゆっくりと上昇していく。

 頭上の光が近づき、ついに水面を突き破るように顔を出す。


「はーっ、はーっ、はー……!」


 息を荒げながら、城壁の上を見上げる。

 まだあと五メートル以上――届かない。


「もう一回だ……!」


 オレは再び詠唱する。


「ウォーターウォール、消えろ!」


 水の壁が一瞬で消失し、オレの身体が宙に放り出される。

 落下――しかし間髪入れずに再び詠唱。


「ウォーターウォール!」


 空中で再生成された水の壁が、オレを優しく受け止める。

 再び浮力が働き、身体が上昇していく。


「……よし、まだ行ける!」


 オレは同じ動作を何度も繰り返した。

 魔法を消し、再び発動。

 そのたびに身体が水とともに持ち上がっていく。

 足元の地面が遠ざかり、ついに――


「着いた……!」


 三度目の上昇の末、オレは城壁の頂上に手をかけ、身を乗り出す。

 重心を移して登り切ると、冷たい風が全身を包んだ。


 城壁の上から見下ろす鉱山都市。

 内郭街にはハーピーの群れが旋回し、兵士たちが必死に迎撃している。

 翼の羽ばたき、金属の衝突音、怒号――混沌が街を覆っていた。


 振り返れば、外郭街でも戦いが広がっていた。

 ハーピーに加えて、コボルトたちが住人を襲っている。

 冒険者や住人が武器を手に取り、必死に抵抗していた。


「……っ」


 そして――西の街外れに視線を向けた瞬間、オレの呼吸が止まった。


 黒い波のような影が、地平線からうねりながら迫ってくる。

 その正体は、数え切れないほどの魔物たち。


 ゴブリン、ホブゴブリン、トロール、スライム、⋯⋯⋯。

 それらが群れとなって、まるで大地を飲み込む津波のように進軍してくる。


 オレは確信した。


「――これが、“スタンピード”か……!」


 城壁の上に立ち、握りしめた拳に力がこもる。

 恐怖よりも先に湧き上がるのは、確かな実感だった。


 風が吹き抜け、水滴が頬を伝う。

 それは汗か、あるいは水の壁の名残か。

 けれど確かに、心の奥で何かが熱く燃え始めていた。


 どんな壁も、どんな困難も――

 工夫次第で、乗り越えられる。


 そしてオレは学ぶ。


〈工夫で乗り越える〉


 と言うことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ