31話 スキル制限
フロアマスターを討伐した直後、ゲームシステムのメニューにポップアップが現れた。
『シーフ レベル30到達 シーフのスキル獲得』
だが、今回はいつもと違う。
続けざまに――
『スキルスロットの設定をして下さい』
というウィンドウも現れたのだ。
オレはすぐにスキル欄を開く。確認すると、すでに10個のスキルが登録済み。
どうやら、スキルは10個までしかセットできない仕様らしい。
「……制限付きか」
少し考えた末、一番不要と思われる《戦士》のスキルを外し、代わりに新たに手に入れた《シーフ》のスキルをセットする。
(スキルは10個までか……)
また一つ、ゲームシステムに縛られる枷が増えた。
だが、オレは怯まない。
シーフの限界が見えた今、次に目指すのは――《水の魔法使い》。
さらなる高みへと、オレは進む。
(だが、今日は疲れた⋯⋯⋯)
オレは、討伐したばかりのフロアマスターの部屋で野営の支度を整え休む。
―――翌朝。
フロアマスターを討伐したことで、ダンジョンの下層への扉が開かれているのを確認した。
旧鉱山の内部は、すでに完全なダンジョンと化している。
外にも魔物の気配が濃い。
オレは気を引き締めつつ、周囲の魔物を掃討しながら鉱山都市の冒険者ギルドへと帰還した。
ギルドに入ると、いつもの受付カウンターに向かう。
懐から【小魔石】10個を取り出し、目の前の女性に差し出した。
「これを買い取ってもらえますか?」
受付の女性は、魔石を受け取り、手元のオーブにかざす。
やがて驚いたように目を見開いてオレを見た。
「旧鉱山へ行かれたカズーさんですね。すごい……! 小魔石を10個も取ってくるなんて。運が良いですね」
彼女は金貨10枚を手渡してくれる。
「ありがとうございます。ところで旧鉱山ですが、ダンジョンになっているようですがご存知ですか?」
「え? ダンジョンに……?」
女性は小さく首を傾げ、訝しげな表情を浮かべた。
オレは続ける。
「旧鉱山が、かなり大きなダンジョンに変化してます。これがその証拠です」
そう言って、【大魔石】をアイテムボックスから取り出し、彼女に見せる。
「ダンジョンのフロアマスターを倒してきました」
「ひとりで……フロアマスターを……!?」
女性の顔色が変わり、慌てて奥へと駆けて行った。
ほどなくして、筋骨隆々とした中年の男が現れる。ギルドマスターだ。
「旧鉱山がダンジョンになっているというのは本当か?」
「はい。これが【大魔石】です。そして外にも魔物が溢れていました」
オレが再び魔石を見せると、受付の女性が顔を強張らせて言った。
「ギルドマスター、不味いです! 旧鉱山はずっと放置されていました。いつスタンピードが起きてもおかしくありません!」
(……状況は思った以上に深刻かもしれない)
ギルドマスターは険しい顔で頷き、女性に指示を出す。
「確かに不味いな。この都市は長らく魔物の脅威と無縁だった。そのせいで【聖印石】も無ければ、それを作れるプリーストもいない……。すぐに調査隊を旧鉱山に派遣しろ。俺は領主様に報告に行く!」
(マズい……!)
ここの領主――バルグラ男爵には、一度会ったことがある。オレの顔は知られている。
(オレの名が報告されれば、呼び出されるかもしれない……いや、最悪、今、同行を命じられるかもしれない!)
オレは咄嗟に言った。
「すみません、少し急ぎの用事があるので」
そう言い残し、ギルドをあとにした。
―――翌朝。
地下ギルドの情報屋と約束した日がやって来た。
まだ夜の名残が残る薄暗い路地を抜け、オレは地下ギルドの赤い扉へとたどり着いた。扉は鉄でできており、赤錆が浮いている。重々しい音を立ててそれを押し開け、中へと足を踏み入れる。
ひんやりとした空気。仄かに漂う酒と煙草の匂い。
受付カウンターには前回と同じ、あの無愛想な中年男が座っていた。今日は他の客の姿は見えない。ギルド全体が静まり返っている。
「おはようございます。情報屋と会う約束なんですが」
そう声をかけると、男は顔を上げもせずに答える。
「あぁ、聞いている。こっちだ」
淡々とした口調でそう言うと、彼は奥の通路へとオレを導いた。薄暗い廊下の先、前回と同じ個室へと通される。
中に入ると、古びた木の机と椅子が置かれただけの、質素な部屋。壁には無数の小さな傷が残っていた。
(やはり、前回と同じ部屋だな⋯⋯)
椅子に腰掛け、オレは静かに情報屋を待つ。
―――そして数分後、個室の扉が静かに開かれた。
入ってきたのは、やはりあの男。顔の半分をマフラーで隠し、冷ややかな目をした若い情報屋だ。足取りは静かで、気配を殺すような動き。
「男爵の城だったな。で、何が聞きたい?」
本題に入るその声も、感情を押し殺している。
オレは静かに切り出した。
「城の構造を教えてくれませんか?」
「金貨1枚だ」
短くそう告げると、男は無言で手を差し出してくる。オレは懐から金貨を取り出し、迷いなくその手に渡した。
金貨が男の手の中で鈍く光る。
すると男は、懐から一枚の紙を取り出し、それを机に広げてオレの前に差し出した。そこには手書きの城の全体図が描かれている。歪だが、構造は読み取れる。
「各部屋の配置を教えてくれませんか?」
「金貨1枚だ」
再び、値段を口にする男。オレは躊躇なく、もう一枚の金貨を置く。
男は紙の上に指を走らせ、ペンで印をつけながら説明を始めた。
「お前の目的の金塊は一階、この部屋だ。鉄の扉で守られている。もちろん鍵付きだ。衛兵が常に二人、前に張りついている。鍵は恐らく、隣の衛兵詰所に保管されているだろう」
印の一つひとつに意味がある。オレは見逃さぬように、じっくりと目を通す。
「2階と3階はどうなっていますか?」
「2階は大広間と厨房。3階は男爵の居住区だ」
それだけ言うと、男は口を閉ざした。質問がない限り、情報を出すつもりはないらしい。
「城への潜入方法はないですか?」
「金貨1枚だ」
もう慣れてきた。オレは静かに三枚目の金貨を差し出す。
男は地図の端を指差しながら答える。
「城は川の中洲に建っている。入るには川を泳ぐか、橋を渡るしかない。だが橋には常に衛兵がいる。城門にもな」
「地下からは潜入できないですか?」
その言葉に、情報屋は少しだけ眉を動かした。思案するように顎に手を当ててから、低く答える。
「わからない。ただ、排水路のことを言っているのなら、それは地下にあるだろう」
(やはり、排水路だ。そこからなら、侵入できる可能性がある)
確信が少しずつ、輪郭を帯びてきた。オレは話題を変える。
「ありがとうございます。助かりました。ところで最近、領主様の息子が鉱山から逃げ帰ったと聞きましたが、本当ですか?」
話題に変化があったのか、情報屋の目が一瞬だけ鋭くなる。
「あぁ、長男のイザリオ様か。賊に襲撃された鉱山から逃げ帰ったらしい。男爵様は激怒して、今はイザリオ様を謹慎処分にしてるそうだ。城からは出ていないらしいな。これで後継者争いからは外されるだろう」
「男爵の後継者争いとは?」
「男爵には公に認められた息子が5人いる。イザリオは長男だったが、以前、公爵の娘に婚約を破棄されてから失墜した。それで鉱山に送られたんだよ。そして今回の事件がとどめだった。もう、後継者にはなれんな」
オレは、イザリオの居場所を知るためにカマをかける。
「謹慎中ってことは、どこかに幽閉でもされてるのですか?」
さり気なく聞いたつもりだったが、情報屋は勘がいい。
「幽閉はされていない。イザリオ様は男爵様の息子だ。だが、もう後継者としての扱いはされていないようでな。今は2階の一室に移されたらしい」
それだけ言うと、情報屋は立ち上がり、短く言い放つ。
「よし、これ以上の情報はない。帰れ」
それは、拒絶ではなく、契約終了の合図だった。
オレは礼を言って立ち上がり、個室を後にする。そして静かなギルドを抜け、街の雑踏へと戻っていった。
やがて宿屋に戻り、ベッドに腰を下ろして今日の情報をまとめながら、ふと思う。
男爵の城。排水路からの潜入。そして、2階に落ちぶれた長男、イザリオ――。
(これで行けるか⋯⋯)
そしてオレは学ぶ。
〈愚者は後継者になれない〉
と言うことを。




