30話 旧鉱山最深部
オレは、フロアマスターの部屋に続く前室を抜け、重厚な扉の前に立った。
冷たい金属の感触が掌に伝わる。この扉の向こうに、強大な敵が待ち受けている。
(ここが……フロアマスターの部屋か)
「よし! 行くぞ!」
自らを鼓舞するように叫び、オレは扉を押し開けた。
眼前に広がったのは、広大な空間。天井は高く、城塞都市のフロアマスターの部屋にも匹敵する広さだ。石造りの壁と、下層へと続く重々しい扉――間違いない、ここがフロアマスターの部屋だ。
だが、何よりオレの目を奪ったのは――
「⋯⋯デカすぎるだろ、あれ⋯⋯」
部屋の中央に、空間と同じくらい巨大なスライムが、どっしりと鎮座していたのだ。
ゲームシステムのメニューを開くと、表示された名は――『メガスライム』。
その名に恥じぬ威容を放ち、オレを見下ろしている。
呆然と立ち尽くすオレの前に、突如としてスライムの身体から触手が伸び、猛スピードで突き刺さんと迫ってきた!
「くっ!」
とっさに倒れ込んで回避する。だが攻撃はそれで終わらなかった。さらに複数の触手が、まるで生きたムチのようにオレを襲う。
一本が、倒れたオレの足を貫いた。激痛が走る。骨に響くような痛みだ。
「ぐっ……!」
しかし、苦しんでいる暇はない。次の触手が間髪入れず振り下ろされる。
オレは即座に防御魔法を展開した。
「ファイアウォール!」
轟音と共に、オレとメガスライムの間に炎の壁が立ち上がる。熱気が空気を歪ませ、触手の進撃が止まったかに見えた――だが。
――ズンッ!
鈍い音と共に、メガスライムの身体が変形し、縦に伸び上がる。
(炎の壁の上から攻撃してきた!?)
炎の壁は2メートル程度。それを超えた高さから、触手が頭上に降り注ぐ。
オレは首を引いて回避したが、一本が肩に突き刺さった。
「ぐあっ!」
焼けるような痛みに呻きつつ、さらなる防御魔法を重ねる。
「ファイアシェル!」
半円状の炎の障壁がオレを包む。だが、メガスライムの触手はその炎を突き破ってきた。
オレは即座にアイテムボックスから鉄の盾を取り出し、迫る触手を受け止める。
ギィン!
金属が鳴り、火花が散る。
(さすがに、鉄の盾は貫けないだろ……!)
一息つき、メニューを見ると、HPが大きく削られていた。
「やばい……」
オレは【ハイポーション】を取り出して一気に飲み干し、息を整える。
そして反撃に転じた。
「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール!」
炎の矢が飛び、火球が爆ぜ、風弾が渦を巻く。どれも巨大なメガスライムの身体に確実に命中した。
だが、その間も触手は鉄の盾を容赦なく叩き続けてくる。盾を支えながら、魔法で削る持久戦だ。
「マルチファイアブレード! ファイアレイン! ウィンドレイン!」
広範囲を焼き尽くす魔法が炸裂する。
メガスライムの身体が、少しずつ萎んでいくのが分かる。
(オレには《オート・リカバー》がある……持久戦なら、オレが勝つ!)
だが、その希望はすぐに打ち砕かれた。
「なっ……!」
突然、メガスライムの身体が崩れていく――いや、分裂したのだ!
それはまるでスライムの津波。無数の小型スライムが、床を這い、跳ね、波のようにオレへ押し寄せてくる。
「マルチファイアブレード! ファイアレイン! ウィンドレイン!」
全体攻撃魔法を連発するも、敵の数が多すぎる。焼き尽くしても次の波が押し寄せる。
オレは、スライムの津波に飲み込まれた――
―――。
気づけばオレは、部屋の端まで流されていた。転げるようにファイアシェルごと押し込まれていたが、辛うじて防御魔法は効力を発揮し、スライムを防いでいる。
だが、無数の触手がシェルの内側まで突き刺さってくる。
「くそっ……!」
鉄の盾で急所は防げているが、手足に次々と攻撃が刺さる。HPが減る。MPも減る。今、オレは二重の防御魔法を展開している。これでは《オート・リカバー》が追いつかない。
ファイアウォールに目を向ける。スライムの津波がそこだけを避けているように見えた。
(あれは……耐えてる!)
オレは、ある戦術を思いついた。そして、直ぐ様実行に移す。
「ファイアウォール消えろ!」
いったん解除し、新たな場所に展開し直す。
「ファイアウォール!」
部屋の壁に沿って、コの字型に炎の壁を築く。
その行き止まりにオレは移動し、背後を壁で固め、敵の進行方向を一方向に制限する。
「マルチファイアブレード! ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール!」
敵が一直線にしか攻めて来れない状況で、オレは攻撃に専念できた。
MP節約のため、防御魔法も解除する。
「ファイアシェル、消えろ!」
代わりに最強のコンボ魔法を叩き込む。
「マルチファイアブレード! ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール!」
――焼き尽くす。風で飛ばし、火で蒸発させ、水で圧し潰す。
それを、何度も何度も繰り返した。
やがて――
「……終わった、か?」
視界から全てのスライムが消えていた。部屋が、静寂を取り戻していた。
スライムの残骸が蒸気と化し、空中に散っていく。
(やった……やったぞ、オレ一人で……)
気が付けば、フロアマスターの部屋の扉がゆっくりと開き、下層への扉も同時に開いた。
中央に、煌々と輝く【大魔石】がある。
オレは、それをそっと手に取り、アイテムボックスへと収納する。
そして、深く息を吐いた。
(今回の勝因は……あの構えだ)
ファイアウォールと背後の壁によって作った、攻防一体の構え――
オレは、ここで一つの戦術を学んだのだった。
それは、力で押し切るだけでなく、状況を制し、戦場を創り出す戦い方。
オレはひとつ、また強くなった気がした。
そしてオレは学ぶ。
〈攻防一体の構え〉
と言うことを。




