29話 坑道
オレは、旧鉱山の暗い坑道を進んでいた。
だが、ただの坑道ではない。分岐が多く、まるで迷路のように入り組んでいる。人工の手が入った形跡はあるが、それがいつの時代のものかもわからない。崩れた天井、苔むした岩壁、そしてどこからともなく響く風の音が、静寂の中に不気味なリズムを刻む。
「……スキャン」
オレはスキルを発動する。視界の中に、地形と共に魔物の存在を示す赤い光点が浮かび上がった。
《オート・リカバー》があるオレは、MPが自動で回復する。つまり、《スキャン》を好きなだけ使えるというわけだ。魔物の位置を確認しながら、最短ルートで最深部に辿り着くルートを頭の中で組み立てていく。
その時だった。暗がりの先で、ぬるりと音を立てて現れたのは、五体のスライムだ。
「数は多いが、問題ないな」
オレは手を掲げ、詠唱する。
「ファイアアロー!」
赤い光が尾を引きながらスライムの一体を貫いた。すぐさま次の魔法へと繋げる。
「ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール!」
炎、風、水。それぞれの魔力をまとった球体が次々と放たれ、スライムたちに炸裂する。だが――まだ残っている。
ならば、決め手を放つしかない。
「――マルチファイアブレード!」
炎が刃となって空中に浮かび、数本の炎の剣となってスライムを斬り刻んだ。断末魔すら残さず、すべてのスライムが消え去る。
(やはり、スライムには炎が有効だ。動きが鈍い分、刃を避けることもできない)
オレは無言で頷き、さらに奥へと足を進めた。再び《スキャン》を発動しながら、慎重に進んでいく。
次に現れたのは、天井に張り付くジャイアントバットの群れだった。
「今度は、上か……!」
数は多く、距離も近い。油断すれば一瞬で囲まれる。
だが、先手を取る!
「ファイアレイン! ウィンドレイン!」
炎と風の魔法陣が頭上に展開され、広範囲に降り注ぐ火の粉と風の粒がジャイアントバットの動きを鈍らせた。
そこに追撃を加える。
「ファイアアロー!」 「ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール!」
畳みかけるように魔法を連射し、群れを次々と撃ち落としていく。最後に――再び決め手の魔法を放つ。
「――マルチファイアブレード!」
炎の刃が閃き、ジャイアントバットを一閃。全ての魔物が地に落ち、消え去った。
残されたのは、地面に転がる【小魔石】三つ。
オレはそれを拾い上げ、アイテムボックスに収めながら考える。
(魔物の数が多すぎる……このままでは、奥に進むのが遅くなるだけだ)
再び《スキャン》。分岐した坑道のどれにも、赤い光点――魔物の反応がある。
(この坑道……すべてに魔物が潜んでいる。ならば、迷っている暇はない)
オレは前方に向き直り、覚悟を決めて詠唱した。
「――ファイアシェル!」
自分の周囲を半円状の炎の障壁が包む。動きに合わせて移動する防御魔法だ。これで突き進む!
一気に駆け出したオレに、スライムが立ち塞がる。しかし、その動きは遅い。横をすり抜け、躱して走る。
次にジャイアントバットの群れが襲い掛かるが、ファイアシェルがその攻撃を受け止め、オレの身体を護ってくれる。
進むにつれて、魔物の数はさらに増えた。まるで最深部に引き寄せられているかのように。
前方に、スライムの集団が道を塞いでいた。
「突破する!」
オレは魔法を連続で放つ。
「ファイアアロー!」 「ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール!」
炸裂する魔力、跳ね飛ぶスライム。完全に倒しきれなかったが、前方の道が開けた。
「問題ない!」
オレは振り返らず、前だけを見て走る。
走りながら、再びスキルを発動する。
「スキャン!」
視界に魔物の赤い光点が展開されるはず――だが、赤い光点は消えていた。魔物の気配は、もう先にはない。
しかし、坑道はまだ続いている。
その先に――以前、城塞都市近くのダンジョンで見た、前室の構造が見えた。
(まさか……)
オレは理解した。
(この旧鉱山は、ダンジョンへと変貌していたんだ……!)
どんな理由かはわからないが、放置された旧鉱山に魔物が住み着いて、今では旧鉱山はダンジョンになったと言うことだろう。
オレは、背後から魔物に襲われるのを恐れて前室に入る。
そして、奥にはダンジョンマスターかフロアマスターの部屋への扉がある。
(開いていない⋯⋯)
あの扉の奥には、どちらかのマスターがいると言うことだ。
オレは、今一人だ。ソロでマスターを討伐など出来るだろうか。確か、フロアマスターの場所は、階層が進むに連れて強さが上がっていく。ここは、1階層だからフロアマスターとはいえ、扱いやすいかもしれない。だが、もしダンジョンマスターだったら。
オレが、ダンジョンマスターを討伐したときは、ルイアナと騎士団の仲間が4人いた。もし、仲間が誰もいなかったら勝てただろうか。勝利は容易ではなかった。
それでも、オレは決断した。
(やろう⋯⋯!)
旧鉱山がダンジョン化したことと大量に魔物が発生していることを冒険者ギルドに早く信じてもらう必要がある。
この数の魔物は、もしかしたら“スタンピード”(魔物が大量発生し都市を襲撃する)の前触れかもしれない。もし、何も準備無く魔物の襲撃を受ければ、城壁の無い鉱山都市の外郭街は甚大な被害が出るだろう。
ダンジョンが肥大化しているなら、1階層にダンジョンマスターはいない。そして、オレはフロアマスターを討伐して証拠を冒険者ギルドに持っていく必要がある。――この階層のフロアマスターの討伐が、その証明となる。
(ここが1階層なら、ダンジョンマスターはいない。だとすれば、1階層のフロアマスターなら……今のオレなら、やれる!)
オレは深く息を吸い、扉を見据えた。
オレは一歩を踏み出す。
希望と決意を胸に、王国の子爵として。
そしてオレは学ぶ。
〈人を救うのに躊躇いはない〉
と言うことを。




