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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第五章

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27話 旧鉱山の町

 ―――翌朝。


 朝靄の残る中、オレは厩舎から馬を引き出し、旧鉱山へ向けて出発した。


 久々の外乗に、馬も嬉しそうに鼻を鳴らす。蹄の音がまだ眠っている街にこだまする。


 鉱山都市の外郭街には、城門がない。だから、街の端を抜けるとそのまま外へ出ることができた。朝日が東の空を染め、微かな風が草の匂いを運んでくる。肌に心地良い。


 オレは、今回の目的となる「シーフ」のジョブに変更し、馬を西へと走らせた。旧鉱山までは、馬でおよそ半日と聞いている。


 だが、途中で困った。旧鉱山へ続く道がほとんど失われていたのだ。今では、誰もそこへ行こうとはしないのだろう。街道は獣道と化し、背の高い草と倒木が行く手を遮る。


 昼頃、陽が真上に差しかかる頃に一度休憩を取り、乾いたパンと水で腹を満たす。馬も草を食みながら静かに休んでいる。


 それから再び、旧鉱山を目指して進む。


 やがて、山の影が視界に入り始める。かつて人の手で削られた岩肌、露出した鉱脈の跡、崩れかけた坑道の入口。それらが、遠くに不気味なシルエットを描く。


(旧鉱山か……)


 麓には、廃れた小さな町が広がっていた。屋根は崩れ、壁は蔦に覆われている。人気はなく、ただ風だけが古びた木の窓を鳴らしていた。


 オレは、魔物の存在を警戒し、町から少し離れた丘の上に野営地を構えた。視界が開けており、何かあっても対応しやすい。


 夜は静かだった。


 ―――翌朝。


 革のローブと革の鎧を身に纏い、アイテムボックスから鉄の剣と盾を取り出す。馬は、危険なのでここに置いていく。オレは、慎重に旧鉱山の町へと足を踏み入れた。


 空気が澱んでいる。陽が射しているというのに、どこか薄暗く、冷たい気配が肌を撫でる。


 廃屋の並ぶ通りを進むと、唐突に聞こえた。


「ウーウー……ウワァン!」


 唸り声。明らかに獣のものだ。


 すかさずゲームシステムのメニューを確認すると、敵の名前が浮かび上がった。


『コボルト』


 犬の顔をした人型の魔物。


 唸り声の主が、崩れた家の扉を突き破って飛び出してくる。牙を剥き、鋭い爪を振りかざして一直線にオレへと飛びかかってきた。


 オレは盾を構えて受け止め、すぐさま魔法を詠唱する。


「ファイアボール!」


 だが、コボルトは驚くべき反応速度で横に跳ねた。火球は空を切り、木の壁に炸裂する。


(クソッ、速い……!)


 オレはさらに追撃の魔法を放つ。


「ファイアアロー!」


 今度は矢の形をした炎が、追尾するようにコボルトの動きをトレースし、横に跳んだその先を撃ち抜いた。


 コボルトは叫び声をあげ、炎に包まれて霧散した。


 だが、その一匹の断末魔が合図だったかのように――次々と周囲の家々から唸り声が響き出す。


「ウガー!ウガー!」


 十数匹のコボルトが、包囲するようにオレの前に姿を現した。


(数が……多い……!)


 即座に防御魔法を展開する。


「ファイアシェル!」


 オレの周囲に半球状の炎の壁が燃え上がる。コボルトたちはその炎を前にして、怯んだように動きを止める。


 オレは隙を突いて攻撃に転じる。


「ファイアアロー!」


 矢は狙い通りに1匹を撃ち抜き、火の粉とともにその身体を消滅させた。


 次の瞬間、さらなる魔法を放つ。


「マルチファイアブレード!」


 オレの前にいくつもの炎の刃が現れ、前方のコボルトたちへ一斉に放たれる。炎の刃がコボルトの肉体を切り裂き、断末魔と共に霧へと還す。


 畳みかけるように連続魔法を発動する。


「ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール!」


 炎、風、水。次々と魔法が炸裂し、周囲のコボルトをなぎ倒していく。


 だがその時――


 背後から鋭い衝撃が走った。


(!?)


「ぐっ……!」


 振り返ると、錆びた剣を握ったコボルトが、ファイアシェルを突き破ってオレの背中を切り裂いたのだ。


 痛みで視界が歪むが、倒れるわけにはいかない。


 オレは反射的に振り返り、魔法を連射する。


「マルチファイアブレード! ファイアアロー! ファイアボール!」


 背中のコボルトが吹き飛び、残りも一掃される。


(……クソ、どこからでも来る……!)


 背中の傷は《オート・リカバー》で徐々に癒えていく。だが、魔力の消費も無視できない。


 さらに、コボルトの遠吠えが響いた。


「ウオオオーーン!ウオオオーーン!」


 それは、仲間を呼ぶ合図だ。


 一掃しても、次の集団が押し寄せてくる。


 オレは舌打ちしながら振り返る。すると、後方から新たな敵が――ツルハシを持ったコボルトが、オレの肩にそれを突き立ててきた。


「ぐああっ!」


 激痛が肩に走る。しかし、今は痛みに構っている暇などない。


「マルチファイアブレード! ファイアアロー! ファイアボール! ウィンドボール!」


 連続詠唱で押し返すが――


(駄目だ……ここでは囲まれる……!)


 このままでは持たないと判断し、オレは進路を旧鉱山方面へと切り替える。


 逃げ道を切り拓くように、前方へ魔法を放つ。


「マルチファイアブレード! ファイアアロー! ファイアボール!」


 後方には、追っ手を防ぐための防御魔法を展開する。


「ファイアウォール!」


 炎の壁が燃え上がり、コボルトの進路を遮る。


 その時、ゲームシステムの画面にポップアップが表示された。


 ──レベルアップ:シーフ Lv.10 ──

『スキル《スキャン》を獲得しました』


「……スキャン?」


 見覚えのあるスキル名だ。仲間のシャムが、敵の位置を探るためによく使っていたものだ。

 求めていた《アンロック》ではない。だが、今は贅沢を言っていられない。


 オレは迷わず、《スキャン》を唱える。


「スキャン!」


 声に出した瞬間、意識の奥に何かが流れ込んでくるような感覚があった。

 視界の端に淡い光が瞬き、地形をなぞるように情報が浮かび上がってくる。まるで頭の中に地図が描かれるようだった。


 ──いた。

 建物の陰、瓦礫の隙間、通路の奥。点在する赤い光点が、じわじわとこちらへ向かっている。

 数は、五、六……いや、それ以上。数え切れない。四方八方から、オレを包囲するように移動している。


(これは……不味いぞ)


 背筋に冷たいものが走る。

 敵は、こちらの位置を完全に把握しているような動きだ。

 まるで網にかかった獲物を、ゆっくりと囲い込むように……。


 オレは無意識に息を潜め、身を低くした。心臓の鼓動がやけにうるさい。

 時間がない。このまま立ち尽くしていれば、袋のネズミだ。


 オレはすぐに、旧鉱山へと駆け出した。


 息が荒い。魔力も尽きかけている。けれど、走るしかない。


 そしてオレは学ぶ。


〈多勢に無勢〉


 と言うことを。

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