26話 地下ギルド
―――翌朝。
宿屋の簡素な朝食――焼いた黒パンと固いチーズ、それに温かい豆のスープを胃に収めたオレは、少し肌寒い朝の街を歩いていた。
向かう先は、“地下ギルド”。
昨日、宿の店員に恐る恐るその場所を尋ねた時、返ってきたのは拍子抜けするほどあっさりとした返答だった。
「地下ギルドかい?歓楽街の中心だよ。二階建ての建物で、看板はないけど赤い扉が目印さ」
ギルドとは名ばかりのその場所は、確かに歓楽街の真ん中にあった。
ぱっと見はどこにでもある普通の建物。地下ギルドなのに地上に普通に建っている。しかし、扉の奥に漂う空気は明らかに“普通”ではなかった。
重い扉を押し開けると、中には無機質な受付カウンターが一つあるだけ。室内の左右には無数の扉が並び、すべて鍵がかかっているようだ。恐らく、個室だろう。
受付には一人の男がいて、何やら話した後、そそくさと立ち去っていった。
カウンターが空いたのを見計らい、オレは歩み寄る。応対に出たのは、どこにでもいそうな中年男。皺の刻まれた顔に、無精髭。目元には疲れが滲んでいた。
「おはようございます。ここは地下ギルドでよろしいでしょうか?」
「……あぁ、そうだ」
男は面倒くさそうに、唾でも飲み込むような間を挟んで答えた。
「地下ギルドでは、どのような依頼が出来るのでしょうか?」
丁寧に聞いたつもりだったが、男は面倒そうに眉をひそめる。
「お前、ここに来るのは初めてか? 娼婦を買いに来たんだろう。朝は娼婦が少ないんだよ。今は奥の部屋も満杯だから、少し待て」
(……なるほど。ここは娼婦の斡旋所でもあるのか)
しかし、オレの目的はそこにはない。
「いや、娼婦ではなくて、情報収集をお願いしたいんですが……」
少し警戒を込めて言うと、男は胡散臭げに目を細めたが、すぐに「あぁ、ちょっと待っててくれ」と呟き、奥の扉の一つに消えていった。
五分後。
奥から男が戻ってきた。その後ろには、マフラーで顔の下半分を隠した若い男がついてきた。鋭い目だけが覗いている。見た目は二十代前半――だが、その視線には場馴れした者の気配があった。
若い男は、オレを見て短く言った。
「……こっちに来い」
無言で頷き、彼の後ろについていく。
通されたのは、狭い個室。窓ひとつなく、室内には木製の机と椅子があるだけ。壁には音を遮るような厚い布が掛けられていた。
「オレは情報屋だ。名前は聞くな。……何が知りたい?」
鋭く短い言葉。しかし、彼の声には確かなプロの響きがあった。
オレは慎重に口を開く。
「男爵の城について知りたい。構造と部屋の配置、それと……潜入方法を」
情報屋は、ふっと鼻で笑うように言った。
「あんた……死にたいのか?男爵の城に潜入? 衛兵が何人いるか知ってるのかよ……?」
だが、オレは真剣だった。
「男爵の城に、取りに行きたい“もの”があるんだ」
情報屋の目が僅かに細くなる。
「――そうか。まぁ、あそこには金塊やら宝石やら、腐るほどあるからな。分かった。仕事は受ける。四日後、またここに来い。情報料は、前金で金貨三枚。情報一件につき金貨一枚ずつ追加だ」
「了解した」
オレは金貨を三枚、アイテムボックスから取り出し、テーブルに置く。情報屋はそれを一瞥し、手早く懐にしまうと部屋を出て行った。
無駄口を叩かない男だった。
オレも静かに部屋を出る。
地下ギルドを後にし、次に向かうは――冒険者ギルドだ。
◆ ◆ ◆
ギルドの扉を開けると、昼の光が差し込んだ。中は静かで、受付カウンターの前には数人の冒険者が並んでいる。
自分の順番が来たところで、オレはカウンターに向かい、口を開いた。
「カズーと言います。クエストの報酬を受け取りに来ました」
受付の女性は冷たい美貌の持ち主で、感情の読めない表情で言った。
「オーブに冒険者証を翳して下さい」
言われた通り、アイテムボックスから冒険者証を取り出し、カウンターの水晶のような球体にかざす。
「……確認出来ました。クエスト、お疲れ様でした。報酬は銀貨5枚です。内訳は、参加報酬1枚、成功報酬2枚、そして依頼者からの特別報酬2枚です。依頼者からは“またお願いしたい”との伝言を預かっております」
(……ムートンさん、満足してくれたか。ありがたい)
報酬の銀貨5枚を受け取り、ふと、気になっていたことを尋ねる。
「クエストの中に、ダンジョンアタックなどはありませんか?」
今のオレは、シーフのジョブを得ている。しかし、今のところ使えるスキルは《スティール》のみだ。以前、鉱山で出会ったシーフは《アンロック》のスキルでオレの【奴隷の首輪】を外してくれた。
オレも、男爵の城に潜入するには、あのスキルが必要だ。
「この都市近郊にはダンジョンはありません。それに……このギルドでは魔物討伐はあまり人気が無いんです。荷馬車の護衛が、報酬が良くて危険も少ないので主流です」
そう。クエストボードを見ても、魔物討伐の文字は一つも無かった。
肩を落とすオレを見て、受付の女性が思い出したように付け加えた。
「この街の外れに、旧鉱山があります。そこに魔物が巣食っているという話があります。正式なクエストではありませんが、討伐して魔石を持ち帰っていただければ、こちらで買い取ります。【小魔石】で金貨1枚になります」
オレは、高額で取引される【小魔石】に驚いて尋ねる。
「……【中魔石】だと、いくらになりますか?」
「金貨10枚です。ただし、滅多に手に入りません。【小魔石】でも運次第ですから、旧鉱山に行く冒険者は少ないんです」
(だが……行く価値はある)
オレはすでに、【小魔石】も【中魔石】も持っている。しかし、レベルアップのためには戦闘経験が不可欠だ。
そして決めた。
(明朝、旧鉱山へ向かおう)
オレは場所の詳細を確認し、いったん宿へと戻る。
情報を手に入れ、戦う覚悟を決めたオレの心には、一つの言葉が強く刻まれていた。
そしてオレは学ぶ。
〈情報は金で買える〉
と言うことを。




