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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第四章

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25話 クエスト後

 オレは、昼過ぎにはジャイアントラット討伐のクエストを終えた。


 ムートンは、オレを見て驚愕の表情を浮かべる。


「カズーさん、こんなに早く……しかもお一人で、こんなにたくさんのジャイアントラットを討伐するとは思いませんでした!あなたの魔法、本当にすごいですね!」


 彼の目は真剣で、驚きと尊敬の色が滲んでいた。


「良かったです。では、これでクエスト完了ですね?」


 オレが静かに言うと、ムートンはふっと笑顔になり、元の落ち着いた雰囲気に戻る。


「はい、もちろんです。どうでしょうか?せっかく早く終わったので、これから一緒にお食事でもいかがですか?今日は私の奢りです」


 オレは少し考えるが、特に断る理由もない。身体の疲れを癒し、情報も得られるかもしれない。


「はい、ぜひ」


 ムートンの案内で、まずは近くの浴場へと向かうことになった。


 ――浴場


 蒸気が立ちこめる浴場の中に足を踏み入れると、木と石で組まれた空間に心が和らいでいく。冒険で汚れた身体をまず丁寧に洗い、その後、湯船へと身を沈めた。


(気持ちいい……)


 熱すぎずぬるすぎず、絶妙な湯加減が筋肉のこわばりを溶かしていく。血の巡りが良くなり、頭の奥からじんわりと疲労が消えていくようだった。汚れと共に、心の中の澱まで洗い流されていく。


 湯に揺られながらオレは思う――

(入浴は最高だ⋯⋯)

 前の世界では、温泉があった。一度だけ、一人で温泉に行ったが本当に良かった。特に露天風呂が最高だ。新緑の中で湯船に浸かると、森と一体になっているかと錯覚する。


 心が落ち着いてくる。


「⋯⋯⋯⋯」


 ――食堂


 身体を清めた後、ムートンの行きつけという食堂に連れていかれた。


 外観は質素ながらも清潔感があり、木造の小さな建物で、客席は10人も入ればいっぱいになるほどのこじんまりとした造りだった。時刻が中途半端だったのか、他の客の姿はなく、静かな時間が流れている。


 店に入ると、木の床がやや軋む音を立て、懐かしい雰囲気に心が落ち着いた。


 テーブルに腰を下ろすと、ムートンが店主に声をかけ、エールを二杯頼んでくれた。


「カズーさん、討伐お疲れさまでした!今日は本当にありがとうございました。乾杯!」


「ムートンさん、こちらこそ。ありがとうございました」


 オレは礼を言い、エールを口に含む。


 喉を滑り落ちていく黄金色の液体は、昼の陽射しのように爽やかで、仄かな香ばしさが鼻をくすぐった。用水路の臭いがすっかり落ちた身体に、達成感と共に心地良い余韻が広がっていく。


 やがて、店員が料理を運んできた。

 木の皿に盛られていたのは、香草が添えられた豚のローストと、たっぷりの野菜炒め。


 肉はこんがりと焼かれ、ナイフがすっと通るほど柔らかい。脂の香りと香草の清涼感が相まって、思わず顔がほころぶ。


「カズーさん、この肉は豚ですからね……ジャイアントラットではありませんよ」


 ムートンが冗談めかして言うと、オレは微かに笑いながらも、心の中でひっそりと疑念を抱く。


(宿屋の朝食……まさか使ってないだろうな……)


 食事をしながら、オレは話題を変える。


「ムートンさん、この都市は随分と賑わっていますね?」


「ええ、この都市は冶金、特に製鉄が盛んです。だから職人や労働者が集まってくるのです。そして彼らを養うために、他の都市から大量の食料を輸送してきます。その護衛を冒険者が担っているんですよ。カズーさんが今日行ったような仕事は、この街の冒険者たちはあまりやりたがらないので、今日は助かりました」


 ムートンは言いながら、グラスを少し傾けてエールを飲む。


「なるほど……外郭街には城壁がありませんが、大丈夫なんですか?」


 オレの問いに、ムートンは少し苦笑して答えた。


「ええ、内郭街はもう人が住みきれず、外郭街が自然にできたのです。この周辺は魔物も少なく、安全な地域だとされているので……まあ、表向きはね」


「表向き……ですか?」


「実は、盗賊の方が問題なんです。魔物よりも人の方が厄介になるとは……皮肉ですね」


「盗賊ですか。確かに、ここに来る途中の街道で遭遇しました。この街の中にはいないんですか?」


 ムートンは目を見開いた。


「えっ、カズーさんお一人で盗賊を……?さすがですね。でも、この街の中は比較的安全です。内郭街には厳しい出入り管理がありますし、外郭街でも“地下ギルド”が目を光らせています」


「地下ギルド……?」


 初めて聞く言葉に、オレは眉をひそめる。


「うーん、そうですね……冒険者ギルドでは扱えないような仕事を請け負う組織、と言えば分かりやすいでしょうか。歓楽街の管理、人身売買、そして……汚れ仕事ですね」


「汚れ仕事って……?」


 ムートンは少し言い渋るように言葉を選ぶ。


「暗殺、破壊工作、情報収集など……裏の世界のことです。怖いですが、治安維持のためには必要な存在なんですよ」


(犯罪組織……いや、都市の“影”か)


「なんだか、怖いですね……」


 オレが言うと、ムートンは肩をすくめて苦笑した。


(情報収集か……利用できるかもしれない)


 その後、オレたちは他愛もない話を交わしながら、食事を終えた。


 夜の帳が降り始めた頃、食堂を後にして城門まで歩く。


「カズーさん、明日冒険者ギルドへ行って下さい。報酬が受け取れますよ。今日は本当にありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 ムートンと別れ、オレはひとり城門を抜けて歩き出す。


 夜風が肌を撫で、満ちていく月が空に顔を出す。


 そしてオレは学んだ。


〈入浴は心を溶かす〉


 と言うことを。

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