24話 クエスト
―――翌朝。
澄み渡る空に朝陽が昇り、オレはクエストを遂行するため、鉱山都市の城壁門へと足を向けた。
この鉱山都市は、外郭街と内郭街の二重構造になっている。今オレがいるのは、外郭街。城壁の外に広がる新たに来たか、貧しい住民たちが生活する街だ。内郭街は城壁の内側にあり、行政機関や貴族の屋敷、商人ギルドなど、都市の中心機能が集まっている。城壁門は、内郭街を守る為に内郭街の外周に作られた城壁の門になる。つまり、城壁門を越えなければ、都市の心臓部へは入れない。
その城壁門の前でしばらく待っていると、内郭街から一人の男が現れた。小柄で痩せており、清潔な装いをしている。細く整えられた髭が特徴的だ。
彼は、丁寧に頭を下げて口を開いた。
「あなたがカズーさんですね? 私はこの都市で執政官をしております、ムートンと申します」
「はい、カズーです。ジャイアントラット討伐のクエストで来ました」
そう言うと、ムートンの顔がパッと明るくなり、安心したようにオレに歩み寄った。
「ありがとうございます。本当に助かります。いくら待っても、誰もこのクエストを受けてくれなくて……」
そのまま門番の元へ向かい、何やら耳打ちしてから、こちらに戻ってくる。
「カズーさん、冒険者証をお借りできますか?」
言われた通りに証を渡すと、ムートンはオーブのような装置にそれをかざし、何らかの処理を施した。
「これで、あなたは自由に城壁門を行き来できます」
(……やった! これは思わぬ拾い物だ。これで自由に内郭街へ入れる)
「ありがとうございます」
礼を言うと、ムートンは微笑みながら、「では、行きましょう」と言い、オレの前を歩き始めた。
街の石畳を歩きながら、オレは気になっていたことを尋ねる。
「ジャイアントラットって、どんな魔物なんですか?」
ムートンは少し苦笑して答えた。
「いや、魔物というほどの存在ではないんです。どちらかと言えば……ただの害獣ですね。外郭街では捕まえて食べる人もいるくらいですし。ただ、内郭街では数が増えすぎて、食料庫を荒らすなどの被害が深刻でして……」
「なるほど、場所によって扱いが違うんですね」
「ええ。そして……問題なのは、その生息地です。あまりにも厄介な場所にいて、だから冒険者たちも敬遠していたんです」
(つまり、場所が問題か……)
歩くことおよそ三十分。街並みを抜けて、ムートンが止まった先は、細い石造りの水路だった。
「カズーさん、この場所から用水路の中に入ります」
用水路は地面より一段低い位置に掘られており、幅は1メートルほど。その横には人が通れる狭い側道がある。全体で2~3メートルほどの幅だろうか。
水路は、外郭街から城壁の下を潜り、内郭街の中心部へと通じているという。
オレとムートンは、その用水路の側道を慎重に進んでいく。地下といえど、差し込む光で、思ったよりも明るい。
しばらくすると、別の支流が横から合流してきた。流れる水の音が増し、それと同時に――鼻を刺すような悪臭も強くなってきた。
「カズーさん、このマスクを着けてください」
ムートンは布製の簡易マスクを差し出す。受け取って装着すると、多少は臭いが緩和された。
「ここ……下水道ですか?」
「はい、そうなります。もうすぐ、ジャイアントラットの生息地に入ります。ご注意を」
進むにつれ、壁には黒ずんだ水垢がこびりつき、不気味な静寂が支配していた。
そして、突如として現れたのは――
中型犬ほどのサイズの巨大なネズミたち。身を寄せ合うようにして、側道を占拠している。その数、ざっと10匹以上。
「カズーさん! あれがジャイアントラットです。討伐をお願いします!」
「了解です」
オレは躊躇なく全体攻撃魔法を放つ。
「――マルチファイアブレード!」
空中に複数の炎の刃が出現し、すさまじい勢いでジャイアントラットへと飛んでいく。避ける間もなく切り裂かれ、黒焦げになって倒れていくラットたち。
残った数匹が水路へと逃げ込むが――逃がす気はない。
「ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール!」
爆発する火球、吹き飛ばす風弾、勢いよく飛ぶ水球。逃げ惑うラットたちは、次々とその衝撃に飲まれた。
さらに、水中に隠れた個体を狙って――
「ファイアアロー!」
鋭い火の矢が一直線に飛び、ネズミの身体を貫く。
全てのジャイアントラットが沈黙した時、ムートンが驚愕の声を上げる。
「カズーさん、す、凄い魔法ですね……! まだ行けますか?」
「はい、問題ありません」
ムートンは頷き、さらに先を目指す。
その後も10匹程度の群れをいくつも発見し、オレは魔法で次々に掃討していった。ジャイアントラットは脅威ではない――が、問題はやはり臭気だった。
奥へ進むほどに、下水の臭いは強くなり、息をするだけで気分が悪くなる。だが、それを乗り越えた時――
『水の魔法使いのレベルが30に到達しました。水の魔法のスキルを獲得しました』
(……来た! 水の魔法、強化完了か)
そうしてたどり着いたのは、大きな支流。そして、その先には鉄格子が設けられていた。重厚な鍵がかけられ、先へは進めないようになっている。
オレがその格子を見ていると、ムートンが小声で囁いた。
「この先は男爵様の城です。ここから先へは、許可がなければ入れません」
オレは鉄格子を見つめながら思う。
(つまり、ここから――男爵の城に潜入できる、ということか……)
いずれ必要になる“道”かもしれない。今は、その存在を胸に刻み込んでおく。
そしてオレは学ぶ。
〈苦難の先に光明あり〉
と言うことを。




