23話 鉱山都市
オレは、今この鉱山都市で「罪人」として追われている可能性がある。
この世界の住人たちと比べて、オレの顔は異国風で目立つ。兵士に見つかるのも時間の問題だろう。
まずは身なりを整え、目立たぬようにする必要がある。服屋か武具店を探すことにした。
街の通りは複雑に入り組み、小屋のような掘っ立ての建物ばかりが並んでいる。奇妙なことに、通りには兵士の姿も見当たらず、誰にも怪しまれる様子はない。
オレは、路地裏のような狭い通りを歩きながら、周囲の視線を気にして進む。
ほどなくして、古びた木造の建物が目に留まる。入り口に掲げられた錆びた金属の看板に、かろうじて「武具」と読める文字が刻まれていた。店というよりも物置のようだが、人の気配がある。
扉を開けて中に入ると、店主と思われる中年の男が、ぼろ布で胸当てのような防具を磨いていた。
オレが声をかけると、男は視線をこちらに向けず、低く呟くように答える。
「店主、ここでは武具を売っていますか?」
「ああ。他にも、置いてるもんは何でも売ってるさ」
古びた店内は狭く、棚には剣や盾、くたびれた革の小物が無造作に並べられている。
「ローブは置いてないですか?」
オレがそう尋ねると、店主は一度手を止め、奥の棚から何かを取り出してきた。それは、使い込まれた革製のローブ。裾は擦り切れ、色も褪せているが、丈夫そうだ。
「これでどうだ?」
今のオレには、光沢のある新品よりも、このローブのように使い込まれた風合いの方が都合がいいと判断する。
「悪くない。いくらですか?」
男はローブを片手に見ながら、無表情に答える。
「大銅貨7枚でどうだ?」
オレは銀貨1枚を差し出し、受け取ったローブと共に、お釣りとして大銅貨3枚を手に入れる。
すぐにローブを羽織り、頭までローブを深く被ってみる。――これなら顔をしっかり隠せる。
「近くに宿屋はないですか?安いところが良いんですが⋯」
ひと目を避けるには、高級な宿よりも安宿の方が都合がいい。
店主は少しだけ顔を上げ、考え込むように言う。
「この先に宿屋がある。三階建てで、この辺りじゃ一番でかい建物だ。すぐわかるはずだ」
礼を言って店を出ると、すぐにその建物が目に入った。まわりの小屋とは違い、木と石を組み合わせた三階建ての宿屋は、目立つが周囲の混沌の中で逆に溶け込んでいた。
オレは馬を宿屋の厩舎に預けて、中に入ると、木の香りがほのかに漂う。
カウンターには無愛想な中年の店員が座っていた。
「数日泊まりたいんですが、部屋はありますか?」
店員はオレの汚れた革のローブを一瞥して、ぶっきらぼうに答える。
「個室は1泊朝食付きで大銅貨3枚だ。大部屋の共用なら大銅貨1枚だな」
共用部屋で見知らぬ連中と寝るのは避けたい。
「取り敢えず、個室で10日分頼みます」
銀貨3枚を渡すと、木製の鍵を渡される。部屋は2階にあるらしい。
2階の部屋は狭いが、清潔に保たれていた。質素な木製のベッド、机と椅子、それに小さな窓。
疲れた身体を横たえると、途端に重力が強くなったかのように、まぶたが閉じていく──。
気がつけば、深い眠りに落ちていた。
翌朝―――。
朝、差し込む陽光で目が覚めた。
まるで霧が晴れたように、頭の中が澄みわたっている。昨日まで感じていた重苦しさ、怒り、焦燥、不安が、十分な睡眠によって緩和されたようだ。
階下から、香ばしい匂いが漂ってくる。
食堂に向かうと、すでに数人の宿泊客が朝食を取っていた。
木製のテーブルに腰掛けると、パンにスープ、焼いた豚肉と香草、チーズの皿が運ばれてくる。
スープはやや塩気が強いが、身体を内側から温めてくれる。
豚肉は香ばしく、香草の香りが鼻腔をくすぐる。パンとチーズを一緒に頬張ると、口いっぱいに旨味が広がる。
「……美味いな」
オレは、食事を噛みしめながら、これからの行動を静かに思案する。
(ナリアの敵──イザリオの居場所を突き止める必要がある。だが、オレは罪人。表立って調査などできない。情報収集するには、第三者を使うのがいいが……)
探偵のような職業がこの世界に存在するかは怪しい。
ならば、冒険者ギルドだ。何か情報が得られるかもしれない。
宿屋の店員にギルドの場所を尋ねると、丁寧に道順を教えてくれた。
革のローブのフードを深く被り、街の中を早足で進む。
◆ ◆ ◆
冒険者ギルドは、二階建てで重厚な造りをした堂々たる建物だった。入口には大きな鉄で補強された扉が備え付けられている。その姿はまるで砦のようだ。
(……この造り、城塞都市の冒険者ギルドとそっくりだな)
初めて訪れた冒険者ギルドのはずなのに、どこか懐かしさを覚える。
軋む音を立てながら扉を押し開けると、中もまた見覚えのある光景が広がっていた。広々としたホールには、粗野な木製のテーブルと椅子がいくつも並べられ、その一角には食事処が設けられている。香ばしい肉の匂いと、酒場特有の喧噪が混ざり合って耳をくすぐった。
奥には受付カウンターがあり、その背後には何人もの職員が忙しなく動いている。ギルド内には鎧を着た冒険者たちの姿が溢れ、剣を磨く者、酒を煽る者、仲間と談笑する者――それぞれの時間を過ごしていた。その人数は、城塞都市のギルドを凌ぐほどだ。
まずは、クエストボードだ。情報収集が第一。
(……ふむ、かなりの数があるな)
ぎっしりと貼られたクエスト用紙の数々。中でも目を引くのは「荷馬車の護衛」の依頼が多いことだった。この都市は製鉄で成り立っているのだろう。鉄を他都市へと運搬する代わりに、穀物などの生活物資を大量に輸入していると思う。そのため、護衛任務が頻繁に発生するのだろう。
その中で、一枚のクエストが目に留まった。
『★★ 城近くのジャイアントラット討伐』
(これは……良いぞ)
討伐対象の出没場所が「城近く」とある。あの男爵の息子・イザリオがこの都市に滞在しているとすれば、恐らく男爵の城の中だ。このクエストにかこつけて、周囲の様子を調べられる。
オレはクエストの紙を丁寧に剥がすと、アイテムボックスから『カゾームの冒険者証』を取り出してカウンターに向かう。
「このクエストを受けたいのですが」
受付カウンターにいた若い女性職員は、一瞥をくれたあと、軽く頷いてクエスト用紙を確認する。そして、手を伸ばすことなく、ややきつめの口調で言ってきた。
「冒険者証をオーブに翳してください」
オレは頷き、テーブルに置いたままだった『カゾームの冒険者証』を手に取り、受付の横に設置された魔法のオーブに翳す。
淡い赤色の光が、ぼんやりとオーブの中心から広がった。
その瞬間、受付の女性が眉をひそめ、鋭い声を上げた。
「……ご自身の冒険者証を翳してください」
しまった。
(このオーブ、本人確認が出来る魔法の道具だったのか!)
冷や汗が一筋、背中を伝う。
彼女がオレに「冒険者証を翳せ」と言ったのは、まさにこの確認のため。先ほどの証では反応が違うと判断され、不審に思われてしまったようだ。ここで下手に動けば、詮索を呼ぶだけだ。
オレは、できるだけ自然にふるまいながら、再びアイテムボックスに手を伸ばす。そして、今度は本物――自分の冒険者証を取り出して、静かにオーブに翳した。
ふたたびオーブが反応する。今度は、しっかりと本人認証の光が広がった。
「すまない。仲間の冒険者から預かっていた冒険者証と……間違えてしまってね」
軽く笑いながら誤魔化すように言うが、彼女は表情を変えることなく、淡々と応じた。
「確認できました。カズーさん、ハンドレッド等級の魔法使いですね。問題なくクエストに参加できます。明日の朝、城壁門で担当者と待ち合わせになります」
……どうやら、特に問題にはならなかったようだ。
(助かった……)
ギルドの受付を後にしながら、オレは胸をなでおろした。
幸いにも、自分の冒険者証は問題なく使える。調査のための足がかりは、これで手に入った。
疲れが溜まれば判断を誤る。些細なミスが命取りになる世界だ。
しっかりと休むことが、明日の生存率を高めるという当たり前のことを、オレは今さらながら痛感するのだった。
そしてオレは学ぶ。
〈睡眠は心を癒やす〉
と言うことを。




