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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第四章

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23話 鉱山都市

 オレは、今この鉱山都市で「罪人」として追われている可能性がある。

 この世界の住人たちと比べて、オレの顔は異国風で目立つ。兵士に見つかるのも時間の問題だろう。


 まずは身なりを整え、目立たぬようにする必要がある。服屋か武具店を探すことにした。


 街の通りは複雑に入り組み、小屋のような掘っ立ての建物ばかりが並んでいる。奇妙なことに、通りには兵士の姿も見当たらず、誰にも怪しまれる様子はない。

 オレは、路地裏のような狭い通りを歩きながら、周囲の視線を気にして進む。


 ほどなくして、古びた木造の建物が目に留まる。入り口に掲げられた錆びた金属の看板に、かろうじて「武具」と読める文字が刻まれていた。店というよりも物置のようだが、人の気配がある。


 扉を開けて中に入ると、店主と思われる中年の男が、ぼろ布で胸当てのような防具を磨いていた。

 オレが声をかけると、男は視線をこちらに向けず、低く呟くように答える。


「店主、ここでは武具を売っていますか?」


「ああ。他にも、置いてるもんは何でも売ってるさ」


 古びた店内は狭く、棚には剣や盾、くたびれた革の小物が無造作に並べられている。


「ローブは置いてないですか?」


 オレがそう尋ねると、店主は一度手を止め、奥の棚から何かを取り出してきた。それは、使い込まれた革製のローブ。裾は擦り切れ、色も褪せているが、丈夫そうだ。


「これでどうだ?」


 今のオレには、光沢のある新品よりも、このローブのように使い込まれた風合いの方が都合がいいと判断する。


「悪くない。いくらですか?」


 男はローブを片手に見ながら、無表情に答える。


「大銅貨7枚でどうだ?」


 オレは銀貨1枚を差し出し、受け取ったローブと共に、お釣りとして大銅貨3枚を手に入れる。


 すぐにローブを羽織り、頭までローブを深く被ってみる。――これなら顔をしっかり隠せる。


「近くに宿屋はないですか?安いところが良いんですが⋯」


 ひと目を避けるには、高級な宿よりも安宿の方が都合がいい。


 店主は少しだけ顔を上げ、考え込むように言う。


「この先に宿屋がある。三階建てで、この辺りじゃ一番でかい建物だ。すぐわかるはずだ」


 礼を言って店を出ると、すぐにその建物が目に入った。まわりの小屋とは違い、木と石を組み合わせた三階建ての宿屋は、目立つが周囲の混沌の中で逆に溶け込んでいた。


 オレは馬を宿屋の厩舎に預けて、中に入ると、木の香りがほのかに漂う。

カウンターには無愛想な中年の店員が座っていた。


「数日泊まりたいんですが、部屋はありますか?」


 店員はオレの汚れた革のローブを一瞥して、ぶっきらぼうに答える。


「個室は1泊朝食付きで大銅貨3枚だ。大部屋の共用なら大銅貨1枚だな」


 共用部屋で見知らぬ連中と寝るのは避けたい。


「取り敢えず、個室で10日分頼みます」


 銀貨3枚を渡すと、木製の鍵を渡される。部屋は2階にあるらしい。


 2階の部屋は狭いが、清潔に保たれていた。質素な木製のベッド、机と椅子、それに小さな窓。

 疲れた身体を横たえると、途端に重力が強くなったかのように、まぶたが閉じていく──。


 気がつけば、深い眠りに落ちていた。


 翌朝―――。


 朝、差し込む陽光で目が覚めた。

 まるで霧が晴れたように、頭の中が澄みわたっている。昨日まで感じていた重苦しさ、怒り、焦燥、不安が、十分な睡眠によって緩和されたようだ。


 階下から、香ばしい匂いが漂ってくる。

 食堂に向かうと、すでに数人の宿泊客が朝食を取っていた。


 木製のテーブルに腰掛けると、パンにスープ、焼いた豚肉と香草、チーズの皿が運ばれてくる。

 スープはやや塩気が強いが、身体を内側から温めてくれる。

 豚肉は香ばしく、香草の香りが鼻腔をくすぐる。パンとチーズを一緒に頬張ると、口いっぱいに旨味が広がる。


「……美味いな」


 オレは、食事を噛みしめながら、これからの行動を静かに思案する。


(ナリアの敵──イザリオの居場所を突き止める必要がある。だが、オレは罪人。表立って調査などできない。情報収集するには、第三者を使うのがいいが……)


 探偵のような職業がこの世界に存在するかは怪しい。

 ならば、冒険者ギルドだ。何か情報が得られるかもしれない。


 宿屋の店員にギルドの場所を尋ねると、丁寧に道順を教えてくれた。


 革のローブのフードを深く被り、街の中を早足で進む。


◆ ◆ ◆


 冒険者ギルドは、二階建てで重厚な造りをした堂々たる建物だった。入口には大きな鉄で補強された扉が備え付けられている。その姿はまるで砦のようだ。


(……この造り、城塞都市の冒険者ギルドとそっくりだな)


 初めて訪れた冒険者ギルドのはずなのに、どこか懐かしさを覚える。


 軋む音を立てながら扉を押し開けると、中もまた見覚えのある光景が広がっていた。広々としたホールには、粗野な木製のテーブルと椅子がいくつも並べられ、その一角には食事処が設けられている。香ばしい肉の匂いと、酒場特有の喧噪が混ざり合って耳をくすぐった。


 奥には受付カウンターがあり、その背後には何人もの職員が忙しなく動いている。ギルド内には鎧を着た冒険者たちの姿が溢れ、剣を磨く者、酒を煽る者、仲間と談笑する者――それぞれの時間を過ごしていた。その人数は、城塞都市のギルドを凌ぐほどだ。


 まずは、クエストボードだ。情報収集が第一。


(……ふむ、かなりの数があるな)


 ぎっしりと貼られたクエスト用紙の数々。中でも目を引くのは「荷馬車の護衛」の依頼が多いことだった。この都市は製鉄で成り立っているのだろう。鉄を他都市へと運搬する代わりに、穀物などの生活物資を大量に輸入していると思う。そのため、護衛任務が頻繁に発生するのだろう。


 その中で、一枚のクエストが目に留まった。


『★★ 城近くのジャイアントラット討伐』


(これは……良いぞ)


 討伐対象の出没場所が「城近く」とある。あの男爵の息子・イザリオがこの都市に滞在しているとすれば、恐らく男爵の城の中だ。このクエストにかこつけて、周囲の様子を調べられる。


 オレはクエストの紙を丁寧に剥がすと、アイテムボックスから『カゾームの冒険者証』を取り出してカウンターに向かう。


「このクエストを受けたいのですが」


 受付カウンターにいた若い女性職員は、一瞥をくれたあと、軽く頷いてクエスト用紙を確認する。そして、手を伸ばすことなく、ややきつめの口調で言ってきた。


「冒険者証をオーブに翳してください」


 オレは頷き、テーブルに置いたままだった『カゾームの冒険者証』を手に取り、受付の横に設置された魔法のオーブに翳す。


 淡い赤色の光が、ぼんやりとオーブの中心から広がった。


 その瞬間、受付の女性が眉をひそめ、鋭い声を上げた。


「……ご自身の冒険者証を翳してください」


 しまった。


(このオーブ、本人確認が出来る魔法の道具だったのか!)


 冷や汗が一筋、背中を伝う。


 彼女がオレに「冒険者証を翳せ」と言ったのは、まさにこの確認のため。先ほどの証では反応が違うと判断され、不審に思われてしまったようだ。ここで下手に動けば、詮索を呼ぶだけだ。


 オレは、できるだけ自然にふるまいながら、再びアイテムボックスに手を伸ばす。そして、今度は本物――自分の冒険者証を取り出して、静かにオーブに翳した。


 ふたたびオーブが反応する。今度は、しっかりと本人認証の光が広がった。


「すまない。仲間の冒険者から預かっていた冒険者証と……間違えてしまってね」


 軽く笑いながら誤魔化すように言うが、彼女は表情を変えることなく、淡々と応じた。


「確認できました。カズーさん、ハンドレッド等級の魔法使いですね。問題なくクエストに参加できます。明日の朝、城壁門で担当者と待ち合わせになります」


 ……どうやら、特に問題にはならなかったようだ。


(助かった……)


 ギルドの受付を後にしながら、オレは胸をなでおろした。

 幸いにも、自分の冒険者証は問題なく使える。調査のための足がかりは、これで手に入った。


 疲れが溜まれば判断を誤る。些細なミスが命取りになる世界だ。

 しっかりと休むことが、明日の生存率を高めるという当たり前のことを、オレは今さらながら痛感するのだった。


 そしてオレは学ぶ。


〈睡眠は心を癒やす〉


 と言うことを。

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