22話 鉱山都市への街道
―――翌朝。
冷え込みの残る黎明。東の空がわずかに明るみはじめるころ、オレは静かに野営地を片付け、街道へと馬を進めた。焚き火の残り火がくすぶる中、夜露に濡れた草の香りが鼻を突く。
オレの馬はよく訓練されていて、手綱を引かずとも黙々と鉱山都市へと向かってくれる。時折、馬の吐く白い息が朝靄に溶けて消えていった。
昼を少し過ぎたころ、前方に小さな村が見えてきた。藁葺き屋根と木造の民家が並ぶ、典型的な農村だ。だが、今のオレには寄り道をしている余裕はない。迷わず街道を直進し、村を通り過ぎる。
しばらく進むと、道の両脇に鬱蒼とした森が現れた。枝葉が絡み合い、昼でも薄暗く、森の奥はまるで異世界のように沈黙している。街道は森の外縁を縫うように続いているが──なにかが、おかしい。
空気が、重い。
森から微かに人の気配がしたその瞬間──
ヒュッ! ヒュウウッ!!
矢が空を裂いて飛来した!
咄嗟に身体を丸め、鉄の盾を振り上げて受け止める。金属の甲高い音が鳴り響いた。同時に、馬が苦しげに嘶いた。振り返ると、馬の肩と腿に数本の矢が突き刺さっている。
「クソッ、やられたか……!」
さらに、森の茂みから黒装束の男たちが飛び出してくる。剣や斧を手にした盗賊どもだ。数は十……いや、それ以上。
オレはすかさず防御魔法を唱える。
「ファイアシェル!」
瞬間、オレの周囲に半円状の炎の壁が燃え上がる。矢はその壁に当たって軋む音を立て、弾き返される。
炎の光に照らされた盗賊たちは、一瞬ひるんだ。オレはその隙に馬の元へ行き、矢を素早く抜き取る。馬に回復用のポーションを飲ませると、馬は痛みに震えながらも立ち直った。
「よし、まだ走れるな」
敵はゲームシステムの表示で『盗賊』と示されている。周囲を囲む十数名の武装集団。
ならば、こちらも容赦はしない。
「ファイアアロー!」
炎の矢が一直線に飛び、前列の盗賊を貫いた。
「ファイアボール! ウィンドボール! ウォーターボール!」
爆ぜる火球。唸る風弾。渦巻く水球が、次々に敵を打ち倒す。だが、それでも奴らは怯まず、次々に迫ってくる。
オレは一歩踏み出し、右手を大きく振りかざした。
「マルチファイアブレード!!」
炎の刃が空中に幾重にも生まれ、弧を描いて敵陣に飛び込む。焔の軌跡を残しながら、盗賊たちを斬り裂いた。
炎と絶叫が森にこだました。
ようやく盗賊どもは恐れをなして散り散りに逃げていく。
戦いの後、オレは息を整えつつ、倒した盗賊たちの装備を物色する。
クルワンの奴隷・チャンの言葉を思い出す。
「襲ってきた奴の持ち物は、オレのものにしていい」
そうだった、ならば遠慮はいらない。だが、武器はどれも古びていて使い物にならない。錆びた剣、刃こぼれの斧……どうやら質の悪い連中だったらしい。
森の奥に転がった盗賊の遺体を調べていると、一本の弓が落ちていた。黒光りする木材でできた、大ぶりな長弓だ。
拾い上げた瞬間、システムメニューに表示が出る。
『ロングボウ』
オレはまだ弓スキルを習得していないが、何れ使えるようになるかもしれない。予備として取っておこう。ロングボウを2本、そして矢を99本、アイテムボックスへと収納する。
そのとき、一人の盗賊の懐から、何か硬いものが覗いているのに気づいた。手を伸ばし、引き抜いてみると、それは鉄製の小さなプレートだった。
ポンッ
ゲームシステムにポップアップが現れる。
『シーフのジョブを獲得しました』
「……なんだ?」
ジョブ欄を確認すると、確かに新たに『シーフ(盗賊)』が追加されている。レベルは1。スキルはひとつ──『スティール(盗む)』。
(盗んだことが“正式に”認められた、ってことか……)
思い返せば、過去に盗賊の武器を拾ってもジョブは獲得できなかった。だが、このプレートは特別だったのか。
メニューを見ると、それが何かわかる。
【冒険者証★★】
テン等級の冒険者証──つまり、身分証だ。
(……これは使える)
オレは、鉱山で男爵の兵士たちを多数殺している。恐らく今ごろ、鉱山都市ではオレは「指名手配の犯罪者」だろう。
この冒険者証を使えば、身分を偽れる。
証の名前を確認すると──『カゾーム』。
「悪くないな、オレの名前にも近いし」
―――翌日。
オレは再び盗賊の襲撃に遭った。が、今度は手慣れたものだった。水属性のレベルが20に到達し、新たな全体魔法を獲得。
その名は──「ウォーターレイン」
しかし、使ってみると、ただの大粒の雨が降るだけだった。
「……これは使えない⋯⋯。飾りだな」
オレはこの魔法を封印することに決めた。
そして、ついに辿り着いた。
鉱山都市──。
その姿は、圧巻だった。
都市はまるで巨大な機械の歯車のように、無秩序に建物が積み重なり、煙と騒音が混ざり合っていた。都市全体は二重構造になっていて、外側には煉瓦造りの建物が林立し、入り組んだ路地が蜘蛛の巣のように広がっている。
外壁はなく、兵士も見当たらない。誰でも自由に出入りできるようだった。
とりわけ目立つのは、2〜3メートルほどの円筒形の土製の塔。街の各所に数十本も立っており、どれも煙を噴き上げていた。
(あれが……製鉄塔か)
オレはふと、足を止めて空を仰いだ。
どこまでも灰色に曇った空。厚い雲が空一面に広がり、青空の気配すらない。その上に、製鉄炉から立ち昇る黒煙が重なることで、空はさらに暗く沈んでいた。煙は天へと届くことなく、重く、低く、空の底に張り付いているかのようだ。
この空の色は、まるでオレの心を映しているようだった。
暗く、冷たく、重い。
だが、この地に来たのは理由がある。目的がある。
オレは、深く息を吸い込んだ。煙の混じった空気が肺を焼くように重く感じる。それでも、この地でやらねばならないことがある。
オレは、自分の中で静かに誓う。
――ここで終わらせる。
そしてオレは学ぶ。
〈復讐の炎は消えない〉
と言うことを。




