18話 到着の前日
―――翌日。
朝からサジは大忙しだった。
昨夜、サジとヴィスカは遅くまで打ち合わせをしていた。ヴィスカは今夜、鉱山から女中や兵士以外の者たちを逃がす段取りを整える。そしてサジは、奴隷仲間に明日解放軍が来ること、そして戦いになることを伝え、準備を進める。
そのため、サジは「体調不良」という名目で今日の仕事を休んだ。
一方、オレは、いつも通り鉱山で働いていた。
昼になるころには、ほとんどの奴隷たちが事態を把握しており、鋭い目でオレを見ては、うなずいたり、目配せをしてくる。
「カズーさん、明日はよろしくお願いします!」
そんな声をかけられるたびに、胸の奥が熱くなる。
夕方、街に戻ると、サジが疲れた表情ながらも、目には強い光を宿してオレを待っていた。
「カズー、これから奴隷たちの集まりをやる!来てくれ!」
「わかった!」
オレは頷き、いつもの“奴隷の家”――奴隷たちの中で一番大きな家に向かう。
そこには、家の中だけでは収まりきらないほどの奴隷たちが詰めかけていた。
「明日は決戦だ! やるぞー!」
怒号のような気合いの声が飛び交う。
オレが家の前に立つと、皆が道を開けてくれた。
「カズーさん、やろー!」 「明日は、オレたちの自由のための戦いっすよ!」
その言葉に、自然と笑みがこぼれる。
「ああ……やろう!」
家の中の中心には、解放軍の主要メンバーが集まっていた。誰もが目を真っ赤にしながらも、揺るがない決意を宿している。
サジが班長と力強く握手を交わす。
「明日だ!頼むぞ!」
「ああ、任せてくれ!」
そこへ、武器が運び込まれる。
棒、ツルハシ、シャベル、錆びた剣、壊れかけた弓――戦いにはあまりに頼りない道具たち。
だが、誰一人顔色を曇らせる者はいない。
「武器なんて無くても戦える!」
その声に、サジが応える。
「そうだ!外からは解放軍も来る! オレたちは絶対に負けない!」
―――その時。
人混みをかき分けて、ヴィスカが走り込んできた。息を切らし、顔面蒼白だ。
「カズー! 大変だ! 早く来てくれ! ナリアが死んだ! 領主に殺された!」
――頭の中が、真っ白になった。
耳の奥で「キーン」という音が鳴っている。
「……なに……?」
声にならない声でオレが呟くと、ヴィスカはオレの腕を強く握り、もう一度叫んだ。
「ナリアが死んだんだ! 領主に……殺されたんだ!」
嘘だ、そんなはずがない。
ナリアはオレと……これから、一緒になるはずだったのに――。
ヴィスカは強引にオレの腕を引き、奴隷の家から連れ出した。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
――その後の記憶がない。
いつの間にか、オレは女中の家にたどり着いていた。
静かな部屋。血の匂いが、かすかに漂っている。
ベッドの上に、ナリアが横たわっていた。
胸のあたりに、乾きかけた血の跡。
ナリアの白い顔は、まるで眠っているようだった。
オレはふらふらと歩み寄り、ナリアの腕を取った。冷たい。温もりが……ない。
「ナリア……目を開けてくれ……」
震える手でアイテムボックスから、ハイポーションを取り出す。
彼女の唇に注ごうとするが、口は開かない。こぼれるだけだ。
今度はオレが口に含み、口移しで与えようとする。
……だが、ナリアは何も反応しない。
動かない。
オレは崩れ落ちるように、ナリアの胸に顔を埋めた。
「ナ……リア……行かないでくれ……」
声が震え、涙が溢れる。息が詰まりそうだ。
「ナリア……オレを一人にしないでくれ……」
涙が、ナリアの頬に落ちる。
彼女の目は、閉じたまま⋯⋯。静かすぎる。
オレは、天を仰ぎ、泣きながら叫んだ。
「神様……ナリアを助けてくれ!」
「神様、ナリアを助けてくれ!」
「神様、ナリアを助けてくれ!」
「神様、ナリアを助けてくれ!!」
「神様ああああああああああああああああああああああ!!!!」
声が枯れても、喉が裂けても、叫び続けた。
「神様……ナリアを……助けてくれ……!!」
「……お願いだ……頼むから……!」
「神様……神様……!!」
「助けてくれえええええええええええ!!」
……だが、神様は答えない。
静寂だけが、返ってきた。
オレはナリアの胸に耳を当てる。
……鼓動は、ない。
「オレからナリアを……取らないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
全身が震える。ナリアの胸に顔を押し付けて、嗚咽する。
「あ……あああああ……ナリア……ナリア……」
どれだけ叫んでも、涙を流しても、彼女は帰ってこない。
そしてオレは学ぶ。
〈オレは無力だ〉
と言うことを。




