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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第三章

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17/40

17話 事件後

 ―――翌日。


 サジが、久しぶりに女中の家に行こうと誘ってくれた。

 その一言を聞いただけで、胸の奥がふわりと温かくなる。


 仕事が終わると、オレとサジは、いつもの奴隷の集まりには向かわず、石畳の細い路地を抜けて女中の家へと足を運んだ。

(久しぶりにナリアに会える!)


 この異世界には電話など無い。会いたい人がいれば、自分の足でそこまで行くしかない。

 だが、その不便さが、再会の喜びを何倍にも膨らませてくれる。

(早くここを抜け出して、城塞都市に戻ろう。そしてナリアと一緒になるんだ――)


 女中の家の扉を開けると、いつもの香ばしいパンの匂いに混じって、少し甘酸っぱいトマトスープの香りが鼻をくすぐった。

 だが、いつも一緒にいるはずのヴィスカの姿が無い。

 代わりにナリアが一人、エプロン姿で鍋をかき混ぜていた。

 こちらに気づくと、驚いたように目を丸くし、すぐに少し怒ったような顔になる。


「どうしたの? あなた達、随分ご無沙汰ね……あなた達の食事は作ってないわよ!」


 ナリアの声には、寂しさと苛立ちが入り混じっていた。

 確かに、ここ最近オレたちは奴隷の集まりに顔を出すばかりで、女中の家には一週間以上来ていなかった。


「ナリア、すまない。ちょっと、他の奴隷たちから頼まれて、集まりに参加していたんだ」


 言い訳を口にしながらも、胸の奥にチクリと罪悪感が走る。

 ナリアは腕を組んでこちらを見つめ、眉をひそめる。


「その奴隷の集まりはいつ終わるの? 終わってから来ても良いんじゃなくて?」


 言葉に詰まる。

 彼女の言う通りだった。自分だけが正しいような顔をして、彼女の寂しさから目を逸らしていた。


「ナリア、ごめん。オレが悪かった……」


 深く頭を下げると、ナリアは小さくため息をつき、いつもの柔らかな声に戻った。


「もういいわ。二人とも座ってちょうだい。ヴィスカはちょっと出ているから、あるものしか出せないけど我慢してね」


 そう言ってナリアが出してくれたのは、湯気の立つトマトスープと焼きたてのパンだった。

 温かい湯気が胸に染みる。


 その時、扉がギイ、と開く音。

 ヴィスカが戻ってきた。

 彼女は息を整えると、こちらを見て笑った。


「あんた達、良い所に来たね。良いニュースだよ!」


 一呼吸置いて、彼女は言う。


「解放軍の斥候から連絡が来て、二日後に解放軍がここに到着する」


 息が止まるほどの衝撃。胸の奥が熱くなる。

(やっと、自由になれる……そして、ナリアと一緒になれる!)


 隣でサジが身を乗り出す。 「やっとか! 数はどのくらいなんだ!?」


 ヴィスカは唇の端を上げてニヤリと笑った。


「500はいるよ! ここの兵士は200程度だから問題ないだろう。それに、ここの奴隷たちも味方してくれる。カズー、あんたのお陰だよ」


 彼女の言葉に、オレは胸が熱くなった。

 オレが毎日、奴隷たちに語りかけ、希望を紡いできたことが今、形になろうとしている。


「ヴィスカ、そんなことないよ。ヴィスカとサジの努力と、奴隷たちの勇気のお陰だ!」


 ヴィスカは頷きながらも、少し表情を曇らせてサジに問う。


「そう言えば昨日、鉱山で【奴隷の首輪】を爆破された奴隷がいたみたいだね……」


 サジが苦しげに下を向く。 「あぁ……監視員の命令に従わなかったとか言っていたが、あんな酷いことをするとは……」


 ヴィスカは低くつぶやいた。

「最近は、兵士も監視員もイライラしている。鉱山の産出量がかなり減っているらしいしね。領主なんか毎日朝から酒を飲んで、周りの兵士や女中に当たり散らしているみたいよ。……まぁ、こんな話は止めて食べましょう。何か作るわ」


 ―――食事の後。


 オレはナリアといつものように自分の家へ向かった。

 扉を閉めると同時に、二人の身体は自然に引き寄せられる。


「カズー、寂しかったわ!」


「オレもだ! ナリア!」


 互いの温もりを確かめ合い、重ねた時間の分だけ、心の距離が縮まっていく。


 ***


 愛を確かめ合った後、オレは一つの決意を胸に秘めて、ナリアに向き合った。


「ナリア、オレは一つ言わなければならないことがあるんだ……」


 ナリアはオレの腕枕に頭を乗せ、幸せそうに微笑んでいる。


「なぁに……カズー」


「オレは、他国の人間ではなくて、他の世界の人間なんだ。この異世界の人間ではないんだ」


 その告白に、ナリアは一瞬目を丸くしたが、すぐに優しい笑みを浮かべる。


「だから、どうしたの? カズーはカズーでしょう?」


「……あぁ、もちろん、そうだが」


「なら、良いじゃない。私は気にしないわ」


 蒼い瞳がきらめく。

 オレは、その瞳に吸い込まれるように見つめ、胸が締めつけられるほど愛おしいと感じた。


「ナリア、ありがとう。あと、これは言わないでもいいかもしれないが、ここに来るときに神様から“魔王を倒せ”という使命を受けて来たんだ。だけど、もう辞めるよ」


 ナリアは少しだけ眉を寄せ、オレを見つめる。


「そうね。あなたがいくら強くても、魔王を倒すなんて危険過ぎるわ……」


 オレはナリアの黒髪に指を絡め、静かに微笑む。


「あぁ。辞めるよ。その代わり、城塞都市でオレと一緒になってくれ!」


 ナリアはオレの手を胸に抱き寄せ、頷いた。


「ええ! もちろんよ!」


「ありがとうナリア!」


 オレはナリアを強く抱き寄せる。

(オレはこの異世界で一番の幸せ者だ!)


 そしてオレは学ぶ。


〈愛は何にも勝る〉


 と言うことを。

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