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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第三章

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16話 事件

 ―――数日後。


 オレはここ数日、仕事が終わると決まって“奴隷の集まり”に参加している。

 あの集団は、今や熱と声で満ちていた。


 今日も、いつものようにサジが声をかけてくる。


「カズー、今日も“破滅”の話をしてくれよ!」


 あいつはまるで子どものように目を輝かせている。


 オレとサジが連れ立って、集会場として使われている一番大きな奴隷の家に向かうと、すでに多くの奴隷たちが集まっていた。

 外まであふれ出し、窓から中を覗き込む者までいる。見渡す限り、人、人、人……。ざっと100人以上いるだろうか。


(凄い……こんなに……)


 かつてオレが助けた班長が、群衆をかき分けてこちらにやってきた。


「カズーさん、こちらへ。どうぞ中へお入りください」


 促されるまま、オレとサジは家の中へと入っていく。

 中に入ると、どこからともなく歓声が沸き起こった。


「うオー!“破滅”の人が来たぞー!」


「破滅!」

「破滅だ!」


 ……“破滅”ってのは、どうやらオレのあだ名らしい。

 どこか皮肉めいてるが、なぜか皆、嬉しそうに叫んでいる。

 オレの言葉が、奴らの中で何かを「壊した」のかもしれない。思い込みとか、諦めとか、そんな何かを。


 家の中央には、一段高くなった席が設けられていた。

 そこにオレが案内されると、場のざわめきがすっと引いて、静寂が訪れた。


 オレは、集まった奴隷たちにゆっくりと問いかける。


「何か、聞きたいことはありますか?」


 待ってましたと言わんばかりに、一人の奴隷が手を上げた。

 あらかじめ相談されていたのだろう。背中を押されるように前に出る。


「オレたち奴隷は、どうやったら解放されるんですか?」


 オレはその奴隷の目をじっと見つめながら、静かに答える。


「あなたが、自分はもう奴隷ではないと信じた瞬間に、解放は始まります。

“奴隷”なんて存在は、誰かが勝手に作り上げた幻想です。

 あなたは、自分にこう言うんです――“自分は奴隷ではない”って。

 その時から、あなたはもう奴隷ではなくなる」


 一瞬の沈黙のあと、歓声が弾けた。


「なるほど!」

「そうだ、オレは奴隷じゃない!」


 すると、別の男が真剣な顔で口を開いた。


「でも、監視員や兵士は……俺たちを奴隷扱いしてくる。

 オレらが“奴隷じゃない”って思ったところで、あいつらの態度は変わらねぇよ。

 どうすれば、あいつらに“オレたちは奴隷じゃない”って思わせられるんだ?」


 オレはその問いを、あえて返す。


「あなたは、どうすればいいと思いますか?」


 男は首をひねって考え込むが、やがて肩をすくめて言う。


「わからね……」


 オレは静かに頷いた。


「そうです。“わからない”のが普通です。

 でも、オレたちが自分自身を奴隷と思わなくなったその時から……少しずつ、世界が変わり始める。

 たとえ今日変わらなくても、明日、少しだけ変わるかもしれない」


 周りから声が上がる。


「でも、奴らは変わらねぇ!」

「怖いんだよ、あいつらは……!」


 次に、若い奴隷が不安そうに尋ねる。


「もし……解放されたとして、どうやって食べていけばいいんですか?

 オレたちは……何も持ってない……」


 その声には、切実な震えがあった。


 オレは少し黙ってから答えた。


「本来、誰かが働けば、領主や雇い主は賃金を払わなければならない。

 そして、その賃金で人は食べ、着飾り、人生を楽しむ。

 それが本来の形なんです」


 だが、オレは心の中では思っていた。

(オレのいた前の世界だって、ろくな賃金じゃなかった。遊ぶ暇なんて、なかった……)


 ―――1時間後。


 質問は途切れることなく続いた。

 奴隷たちは、今まで抱えてきた疑問や想いを、次々とオレにぶつけてくる。

 オレは必死で、それに答えた。過去の記憶、常識、考え方、感情――

 すべてを総動員して、言葉に変えた。


 気づけば、皆の表情が変わっている。

 うつむいていた目が、未来を見上げ始めている。

 押し殺していた声が、問いを叫び始めている。


 オレは最後に、皆に呼びかけた。


「皆で考えよう。どうすれば、オレたちが本当に解放されるのか。

 正しい答えは、どこかにあるはずだ。

 なぜなら、すべての人は平等であり、自分自身であり、それこそが正義だからだ!」


「うオーッ!」

「そうだ、カズー!」


「考えよう、皆で!」


 奴隷たちの目に火が灯るのを、オレは確かに見た。


 ◆ ◆ ◆


 ―――数日後、事件は突然起きた。


 昼下がり。

 いつも通り、鉱山の奥深くでツルハシを振るい、石と土にまみれながら、無言で作業をしていたその時だった。


 突如、腹の底に響くような爆音が鉱道内に鳴り響いた。


「ドッカーーーン!!」


 地面が震え、砂埃が舞い上がる。ツルハシを持つ手が止まり、全員が息を呑む。鉱山の闇の向こうから、焼け焦げた煙と焦げ臭い風が流れてきた。


 恐る恐る爆発音のした方へ向かうと、そこには変わり果てた一人の奴隷の姿があった。

 彼の体は爆風に吹き飛ばされ、壁にもたれかかるように倒れている。肉の焦げる匂いがあたりに充満し、誰もが言葉を失った。


 震える声で監視員の一人が叫ぶ。


「お、俺たちに逆らうからだ!逆らった奴は、こいつと同じように爆発するぞ!」


 その場にいた全ての奴隷が、息を飲んで俯いた。誰も目を合わせようとはしない。

 やがて、何もなかったかのように、皆、再び無言でツルハシを振るい始める。


 命が一つ、灰になった。ただそれだけのこととして。


 その日の夕暮れ。

 奴隷の家――奴隷たちが密かに集う場所に、いつもより重苦しい空気が漂っていた。


 誰もが目に光を失い、無言で座っている。小声すら交わさず、ただ虚空を見つめていた。


 爆発で命を落とした奴隷の姿が、皆の心に焼き付いていた。

 今日、彼らは改めて思い知らされたのだ。


 ――自分たちは、「物」なのだと。


 沈黙の中、オレはゆっくりと立ち上がった。

 いつもの席には座らず、仲間たちを見渡しながら、胸の内の言葉を吐き出す。


「……皆、今日、尊い命が犠牲になった。オレは、ただ悲しい。悔しい。どうして監視員たちは、あんなにも簡単に、人の命を奪えるんだ? そして、どうしてオレたちは、こんなにも簡単に、それを受け入れてしまっているんだ!?」


 誰かが嗚咽を漏らす。誰かが唇を噛む。

 オレは続ける。


「だけど……だけど、それでもオレたちは、歩みを止めちゃいけない。考えることをやめてはいけないんだ。いつか――必ず来る自由のために、今日も考え続けよう!」


 静寂を破るように、誰かが小さく頷いた。

 その小さな動きが、次第に周囲へと広がっていく。


 俯いていた顔が、少しずつ上がり、目に再び光が宿っていくのが見える。

 それは、失いかけていた希望の灯。

 胸の奥に秘めていた、正義という名の火種。


 そしてオレは学ぶ。


〈人は自由を求める〉


 と言うことを。

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