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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第三章

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14/40

14話 変わる感情

 ―――その日の夕方。


 夕焼けが街を朱に染める頃。

 オレとサジは、いつものように女中の家へと向かった。


 古びた石畳を踏みしめながら歩く道の先――


 暖かな明かりが漏れるその家に入ると、ヴィスカが香ばしい香りを漂わせながら料理をしていた。


 テーブルには湯気の立つスープと焼きたてのパン。ナリアも椅子に腰掛け、こちらを見つめている。


「……あんた達、大丈夫だった!? 広場で、大変なことになったみたいね?」


 ヴィスカは手にしていたスプーンを置き、心配そうに眉をひそめて訊いてきた。


 サジが笑みを浮かべて胸を張る。


「あぁ! 凄かったぞ! カズーが領主に“虐待は許さない!”って啖呵切ってさ、拷問されてた奴隷を助けたんだ!」


「え……!? 拷問……?」

 ナリアの蒼い目が揺れる。


 彼女はオレのそばに近づき、小さく、震える声で言う。


「カズー……無茶は止めて。お願いだから……」


 オレは、彼女の手を取って静かに答える。


「大丈夫だ、ナリア。解放軍が――オレの【奴隷の首輪】を解除してくれた。オレはもう、自由だ。オレは正しいと思うことが出来る」


 その言葉を聞いたナリアの瞳に、ぽろりと涙が浮かぶ。

 その蒼い瞳に映るオレの黒い瞳――

 長い苦しみを乗り越えた者同士の、確かな絆がそこにあった。


「本当に……本当に良かった。これで、あなたと一緒になれるのね」


 オレは、迷わずナリアをその腕に抱きしめた。

 細い身体は小さく震えていて、それが彼女の本音を雄弁に語っていた。


 ⋯⋯⋯⋯⋯。


「お二人さんよ、熱くなるのはいいけど……せめて外でやってくれ」


 サジが呆れ顔で横目に呟き、ヴィスカがクスリと笑う。


「さあさあ、皆、食べましょう!」


 テーブルを囲むあたたかな笑顔。

 久しぶりに、心が安らぐ瞬間だった。


 ◆ ◆ ◆


 ――数日後。


 だが現実は、甘くなかった。


 オレは、今も鉱山で鉱夫として働かされている。

 解放軍の主力が到着するには、まだ時間がかかる。

 その間に、仲間の奴隷たちの【奴隷の首輪】を一つずつ解除している状態だ。


 オレが勝手に逃げれば、首輪が解除されているのがバレてしまう。


(もう少しの辛抱だ……)


 鉱山の中――

 湿った土と、鉄と汗の混じった臭いが鼻を突く。

 ツルハシの音だけが、坑道に虚しく響いていた。


 そんな時だった。


「カズーっ!」


 サジの焦った声が響いた。

 数人の奴隷を連れて、息を切らしながらオレのもとへ駆けてくる。


「まだ……この間のポーション、あるか!? こいつが、監視員に滅多打ちにされて死にそうなんだ!」


 彼の肩に担がれた一人の奴隷――

 身体は血塗れで、呼吸は浅く、今にも意識を失いそうだ。


「分かった!」


 オレはすぐにアイテムボックスからポーションを取り出し、奴隷の口元へ慎重に注ぎ込んだ。


「これを飲め……!」


 喉がピクリと動き、青ざめた肌がわずかに色を取り戻していく。

 その身体に刻まれた無数の傷が、ポーションの力で少しずつ癒えていく。


「……ありがとう……」


 その声は、か細く、今にも消え入りそうだった。

 だが、たしかに生きている。


「一体、何があったんだ!?」


 オレの問いに、サジは奥歯を噛み締めながら吐き捨てるように言った。


「何も無い! 監視員共が……ただ俺たち奴隷を叩いてくるんだ! 兵士たちも、“【奴隷の首輪】を爆発させるぞ”って、脅して来やがる!」


 その声には怒りと、どうしようもない無力感が滲んでいた。


 どうやら事件のあと、兵士や監視員の間で苛立ちが募り、そのストレスの捌け口として奴隷たちが標的にされているらしい。


 瀕死だった奴隷の背に残る、傷の跡を見ながら――オレは思い出していた。


 前の世界でも、オレはよく理不尽に怒鳴られ、不当な扱いを受けた。

 なにか問題が起これば、真っ先に責任を押し付けられたのはオレだった。

 反論しても、耳を貸してくれない。


 怒りも悲しみも、やがて諦めに変わる。


 そして今、またそれを目の当たりにしている。


 歯を食いしばる――。


 この現実を、ただ受け入れることはできない。


 オレの胸の奥に、静かに、確かな火が灯った。


 そしてオレは学ぶ。


〈底辺の者は、いつも虐げられる〉


 と言うことを。

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