13話 翌日の鉱山
翌日―――。
オレとサジは、いつものように鉱山へと向かっていた。
だが、足取りも、景色の見え方も、昨日までとはまるで違う。
もうオレは“奴隷”じゃない――その事実が、心に確かな炎を灯していた。
逃げようと思えば、いつでもここを出られる。けれど、軽率に動けば他の奴隷たちに迷惑がかかる。それが分かっているからこそ、オレはここに留まっている。
これまでは、ただの暗く湿った坑道だったこの場所も、今はどこまでも続く“自由への道”に見える。
心ひとつで、見える世界は変わるのだ。
昼の作業が終わると、監視員の怒鳴り声が坑道に響き渡った。
「今日の仕事は終わりだ! 一旦、自分たちの寝床で待機しろ!」
突如として告げられた“仕事終わり”に、奴隷たちからは歓声が上がる。
「やったー! ラッキー!」
だが、オレとサジは顔を見合わせ、すぐにその異変の意味に気付いた。
声を潜めて、サジが言う。
「昨日のが……バレたな」
全員が寝床へ戻ると、兵士たちが一斉に確認をしに回り始める。
奴隷の一人ひとりの部屋を調べていく、物々しい空気。
やがて、オレたちの寝床にも兵士が数人、荒々しく踏み込んできた。
「昨日の夜、どこにいた!? 部屋に何か隠してないか!?」
「寝てましたが。何かあったんですか?」
サジが冷静に応じると、兵士の一人が室内を物色しながら吐き捨てるように言った。
「昨夜、巡回していた兵士が何者かに殺された! お前ら、何か知らないか!?」
(……やはり、死体は見つかったか)
オレは内心で歯噛みする。
隠すには隠したが、この鉱山には“鼻の利く犬”もいる。追跡されるのは時間の問題だったのだ。
「さぁ……」
サジがとぼけていると、兵士たちは本格的に部屋を荒らし始めた。
すると、隊長格らしき男がオレの顔をじっと見つめ、眉をひそめる。
「変な顔をしやがって……この国の人間じゃないな⋯⋯。お前はこっちに来い!」
強引に腕を掴まれ、オレは部屋から引きずり出される。
向かった先は、鉱山の広場。中央には簡素な天幕が張られており、すでに何人かの奴隷がオレと同じように引き出され、地面に座らされていた。
天幕の中では、十数人の兵士が目を光らせていた。
その中央で、ひとりの奴隷が縄で縛られ、地面に座らされている。
「おい、もう一度聞くぞ! 昨夜、何か見なかったか!? 知っていることをすべて話せ!」
「……本当に、何も知りません……」
怯えながらもそう答えた奴隷に、近くの兵士が容赦なく棍棒を振るった。
バシュッ!
「ぐっ……!」
男が呻き声を上げて地面に倒れる。
衣服の背中は破れ、肌が裂けて血が滲み出していた。すでに何度も叩かれた痕が残り、皮膚は紫色に腫れ上がっている。
(……なんて酷い)
オレの内で、怒りが音を立てて膨れ上がっていく。
抑えきれず、オレは立ち上がり、その奴隷のもとへと駆け寄る。
アイテムボックスからポーションを取り出し、奴隷に飲ませると――
「何をしている! 勝手なことをするな! 【奴隷の首輪】を爆発させるぞ!」
怒鳴った兵士の顔には、本気の怒りと戸惑いが浮かんでいた。
だが、もう無駄だ。オレの首輪は、すでに解除されている。
そして何より、オレは“人としての誇り”を取り戻した。もう、屈しない。
「やれるものならやってみろ!」
オレが叫ぶと、兵士たちの顔色が変わる。
数人が一斉に集まり、周囲は緊張感に包まれた。一触即発。
オレも魔法を撃てるよう、指先に力を込める。
その瞬間――
「何をしているんだ!」
鋭い声と共に、男爵の息子――イザリオが姿を現した。
兵士たちは即座に膝をつき、彼に事情を説明する。
「領主様、この奴隷が尋問を邪魔するのです!」
イザリオはオレを睨みつけ、口元を引き結んだ。
そして、少し思案してから言う。
「お前は……もういい。戻れ」
苦々しげにそう告げる彼の声には、明らかな苛立ちが滲んでいた。
だがイザリオもまた、男爵から「カズーには手を出すな」と命じられている。
その命令を破ることは、彼にとっても許されぬことだった。
「オレは、まだここにいるぞ。これ以上の虐待は、絶対に許さない!」
オレの言葉に、イザリオは歯を食いしばる。拳を震わせ、怒りを押し殺しながら兵士たちに言った。
「……今日の尋問は終わりだ!」
そう言い残し、彼は背を向けてその場を立ち去った。
広場に、静寂が訪れる。
オレはじっと、血の混じった土を見つめながら、思う。
兵士たちの非道を。
そして、それを止めるのは、“力”と“意志”だ。
そして、何よりも“人間としての尊厳”だ。
そしてオレは学ぶ。
〈人は平気で虐待をする〉
と言うことを。




