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異世界から学ぶライフスタイル 〜第ニ部 愛と破滅〜  作者: カズー
第ニ章

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10話 会談後

 男爵の館を出ると、ナリアが待っていた。


「……あまり、うまくいかなかったようね」


 ナリアは、オレの顔を見ただけで察したらしい。


「……あぁ」


 短く答えると、ナリアはふっと微笑み、明るい声を返してきた。


「ヴィスカが、食事を準備してくれてるわ。行きましょ」


 落ちた気持ちを引き上げるような声だった。


 オレたちはそのまま、ヴィスカとナリアの家へと向かった。


 扉を開けると、ヴィスカがキッチンで何かを仕上げており、その横にはサジの姿もあった。


 サジはオレを見て眉をひそめると、やや緊迫した声で問いかけてくる。


「カズー、どういうことだ。どうしてお前が……領主様に会いに行くんだ?」


 オレは息を整え、一歩前に出る。


「……わかった。正直に話そう」


 ヴィスカも手を止め、こちらを見る。


 オレは二人に向き直って話し始めた。自分が城塞都市の子爵であること、そして今日――男爵との会談がどういう結末を迎えたのか。


 そして、言葉を結ぶ。


「……という訳で、会談は失敗した」


 しばらくの沈黙のあと、サジがぎこちない声で口を開いた。


「しし……子爵様、マーブル島の……領主様なのか?」


「サジ、今まで通りでいい。カズーって呼んでくれ。あぁ、公爵様から正式に任命されている。マーブル島の海賊も、島の皆と一緒に討伐した」


 すると、サジの表情が一気に崩れ、歓喜が顔に広がった。


「カズー!ありがとう!オレや他の島民も、あいつらに奴隷にされたんだ!」


 オレはアイテムボックスから、冒険者証を取り出してサジに手渡す。


「見てくれ。オレは冒険者でもあり、魔法使いでもあるし、子爵でもある」


 ――だが、そのとき、思い出した。


(……子爵の身分証。あれは、男爵に渡したままだ。今のオレには、身分を証明する手段がない)


 小さくため息をつくと、ヴィスカがふわっと場の空気を変えるように声をかけてきた。


「おしゃべりはそのくらいにして。さ、食べましょ。料理が冷めちゃうよ」


 そして、ヴィスカがテーブルに並べてくれた料理に、みんなが自然と手を伸ばしていく。


 美味しい香りと、あたたかな湯気が、沈んだ心をゆっくりと包んでいくようだった。


 ◆ ◆ ◆


 食事のあと、ナリアとオレはいつものようにオレの家に行き、寝床で横になる。


 そして、夜の帳が降りる中で、互いのぬくもりを確かめ合う。


 ***


 ナリアはオレの胸に手を置き、静かに寄り添っている。


 その穏やかな時間の中で、オレはぽつりと口を開いた。


「……ナリア、ごめん。せっかく男爵に会う機会を作ってくれたのに、うまくいかなかった」


 ナリアは優しく、オレの髪を撫でる。


「いいのよ、気にしないで。また次があるわ。それより……あの、奴隷の首輪。あれ、本当に奴隷の首を吹き飛ばすの。気をつけてね」


 思い出す。怒りにまかせて、男爵の息子――イザリオに詰め寄ったとき、あの首輪で脅されたことを。


「……あぁ。この首輪がなければ、アイツなんかに……!イザリオはナリアを自分の妾にすると⋯。首輪さえなければ倒してやったのに!」


 ナリアがオレを見つめながら、言う。


「無茶は止めて。私なんかよりもカズーは自分が正しいと思うことをして。あなたは、奴隷じゃないのだから……本当は貴族だものね」


 オレは前の世界の記憶を掘り起こし、心の底から言葉を吐き出す。


「ナリア……“奴隷”なんてものは、本来あるべきじゃない。すべての人は平等で、貴族だろうと、奴隷だろうと――同じ人間だ。差別すべきじゃないんだ」


 ナリアは少し驚いたように、ポカンと口を開けてオレを見る。


「……」


 オレは言葉を続けた。


「奴隷という制度は、間違ってる。奴隷にされて、幸せな人間なんていない。王様だろうが、誰だろうが、

同じ人間が、他人を奴隷として扱うことは間違っているんだ」


 ナリアはオレの髪をそっと撫でながら、微笑む。


「すごいわね、カズー。難しいことはよくわからないけど……でも、みんなが幸せになれるなら、それが一番だと思うわ」


 オレは考える。


(この世界では、奴隷が「当たり前」なんだ。だから、人々は奴隷のいない世界を想像すらできない)


「……ナリア。君は、サジをどう思う?奴隷か?」


 ナリアは少し考えてから、ゆっくりと答えた。


「サジは……私の友達の、ヴィスカの彼氏よ」


「そうだ。サジは“ヴィスカの彼氏”という人間だ。奴隷なんかじゃない。誰かの所有物じゃないんだ」


 ナリアはしばらく黙って、そして小さく頷く。


「わかったわ、カズー。この世界から、奴隷がいなくなるといいわね」


「……あぁ」


 オレはそう答えながら、心の奥底で思っていた。


(……前の世界では、オレは“自分”という存在を持って生きていたんだろうか?)


 言われたことを、そのまま、疑いもせずにやっていた日々。


(上司の顔色ばかり伺って、何も考えずに命令に従って……まるで、奴隷のように会社という檻の中にいた)


 そしてオレは学ぶ。


〈オレは会社の奴隷であった〉


 と言うことを。

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