1話 新たな朝
朝日が東の山々の稜線を照らし始め、澄んだ空気の中、川面が黄金色に輝いていた。
キラキラと水面が反射するその光は、美しくも、今のオレには眩しすぎる。
(……どれくらい時間が経ったんだろうか)
オレは今、街道脇にある小さな川辺で、手足を縄で縛られたまま倒れている。
仲間になりたいと請われた冒険者──正確には、冒険者のフリをした盗賊に騙されたのだ。
前の世界でも、オレは何度も騙されてきた為に人を信頼出来なくなっていた。
しかし、この異世界に来て、さまざまな経験を重ねる中でようやく、その愚かさに気づいた。
この世界で、シャムという猫の仲間に出会い、仲間の大切さを知った。
クルワンという師に出会い、帰る場所を得た。
そして、ルイアナとレオック──かけがえのない真の友を得た。
そうした出会いの積み重ねが、オレを変えてくれた。
だからこそ、オレは新たな仲間を得ようと思った。
魔王討伐という神様から与えられた使命を、果たすために。
──しかし、その矢先だった。
盗賊どもに騙され、仲間だと信じた者に刺され、こうして身ぐるみを剥がされ、川辺で虫の息。
しかも、オレには心当たりがある。
魔法の杖、マント、魔法のバック……神様から授かった『ゲームシステム』の能力を隠すために、わざと派手な装備を見せびらかした。その行為が、盗賊たちの目を引いたのだ。
そして、シャム──
彼は、盗賊たちの不自然さに気づいていたのだろう。
必死に、彼らと旅に出るのを止めてくれた。
だが、オレはそれを「嫉妬」だと勘違いし、聞く耳を持たなかった。
(オレは、なんて愚かなんだ……仲間を信じず、敵を信じるなんて……)
後悔が胸に広がる。
だが──それどころではない。
オレは今、死の瀬戸際にある。
盗賊に刺された心臓──
ゲームシステムのメニューを見ると、HPは限りなくゼロに近い。
恐らく、致命の一撃で0になったその瞬間、《エマージェンシー・リカバー》のスキルが発動したのだろう。
このスキルは、HPが0になる瞬間に、自動的にMPを1消費してHPを1だけ回復させる。
だからオレは、まだ生きている。
──だが、そのMPが、減り続けている。
原因は、盗賊たちに盛られた麻痺毒。
徐々に、確実に、オレの命を削っていく。
動けない。
ポーションがアイテムボックスにあることは分かっている。
使えば助かることも分かっている。
だが、身体が、指一本さえ動かせない。
それでもオレは、数々の戦いの中で強くなってきた。
神様から授かった《幸運》スキルと、偶然得た《ファスト・ラーナー》のおかげで、レベルは急上昇し、数多くの強力なスキルを手に入れてきた。
中でも《オート・リカバー》は重要だ。
HPとMPを徐々に回復してくれるこのスキルのおかげで、長期戦にも耐えられる。
だが──
今のオレには、それすら追いつかない。
麻痺毒のダメージ速度が、回復を上回っているのだ。
MPはすでに半分を切っている。
最大MPは1000以上だが、それもいつ尽きるかわからない。
──そのときだった。
街道の向こうから、「ガシャ、ガシャ、ガシャ」と車輪の音が近づいてきた。
木製の車輪が砂利道を踏みしめる音。
その馬車が、オレの近くで止まった。
男の声が聞こえる。
「ここで休憩しよう」
そして、男がこちらに歩み寄ってきた。
「おい!ここに男が倒れてるぞ!」
もう一人の男が駆け寄り、オレの身体を調べる。
縛られ、血まみれのオレの姿を見て、警戒しながらも声を掛け合っている。
「生きてるぞ!」
「本当か!?」
オレの傷は、《オート・リカバー》の効果で既に塞がっていた。
シャツは真っ赤に染まっているが、出血は止まっている。
オレは必死に声を絞り出す。
「オ……レ……は……と……うぞ……く……に……」
だが、舌が動かない。
麻痺毒の影響で、声は掠れ、意味をなさない。
男たちが顔を見合わせる。
「どうする?」
「ここに放っておいたら死ぬだろ。それにこいつ、今、盗賊と言ったようだ!盗賊ならダメ元で連れてくか」
「ちょうど買い付けも失敗だったしな。変な顔をしているからこの国の人間ではなさそうだ。上手く喋れないしな。よし、連れて行こう!こいつ、売れるかもしれねえ」
その言葉で、オレは悟った。
──こいつらは、奴隷商人だ。
身体は動かせない。
抵抗もできない。
言葉も出ない。
男たちは、オレを抱え上げると、馬車の荷台──鉄格子で囲まれた檻へと放り込んだ。
オレは、手足をきつく縛られたまま、乾いた藁の上に無様に倒れ込んだ。荒削りな木の床板が背に食い込み、身体をわずかに動かすたび、縄が肌に焼けつくように痛む。
錆びた鉄格子に囲まれた檻の外で、男たちが下卑た笑い声を上げた。
「もしかしたら、いい拾い物かもな!」
ひとりがニヤつきながら言い、もうひとりがそれに応じる。
「そうだな!男だし、力もありそうだ」
獣を見るような目つきでオレを一瞥すると、男たちは御者台へとよじ登り、手綱を握った。馬の蹄が地を打つ音とともに、馬車はぎこちなく動き出す。
朝焼けの光が、森の向こうからゆっくりと昇ってくる。赤く染まる空と、冷たい空気の中を、馬車はきしみながら街道を進んでいく。
オレの怒りも、困惑も、悲しみも――誰にも気づかれることなく、ただ風に消えていく。檻の中にあるのは、沈黙と痛み、そして絶望だけだった。
揺れる馬車の中で、オレは目を閉じる。
そしてオレは学ぶ。
〈後悔は不幸の後にやってくる〉
と言うことを。




