第八話【希望と絶望の交差点】
今やってるソシャゲのイベントのノルマがえぐいので執筆に影響が出そうです。
流れ作業が出来れば同時進行出来るのに……
なので次の話は少し時間かかるかもしれません。
DSI本部のモニターに映し出された光景に、明日香と誠司は息を呑んだ。同時に七体ものロストが出現するという、前代未聞の異常事態が発生していたのだ。
章吾の緊迫した声が司令室に響く。
「他の支部にも至急応援要請を出す。現地対策班も今各地に向かっている。それまでどうにか二人とも頼む」
その言葉で二人は我に返った。ここで狼狽えていても何も変わらない。ロストを救出できるのはセイバーだけなのだから。
明日香がまっすぐ章吾を見つめて口を開く。
「飛渡さん、今回は二手に分かれた方が良いと思います」
「は? お前何言ってんだ」
明日香の提案に誠司は戸惑ったが、彼女の表情は至って真剣だった。
「同時に七体なんて異常事態です。なるべく迅速に対応するべきです。現地対策班も大人数で出動してくれているなら、協力すれば私たちも一人でロストを救出できます」
一息入れて明日香は続ける。
「……最初は誠司も一人でやっていたんだし、杏さんみたいには出来ないかもしれないけど、応援が来るまで私たちも出来る限りの手を尽くすべきです」
章吾が苦虫を噛み潰したような顔をしたが、やがて重いため息をついた。
「……分かった。それでやってみよう。現地対策班にも連絡する。ただし無茶はしないでくれよ」
誠司も少し納得していないようだったが、反対の意見を飲み込んで首を縦に振った。状況が状況だけに、明日香の判断が正しいことは理解していた。
「白崎さん、飛渡さん」
出動の準備をする二人に、研究開発班の職員が声をかけた。
「こちら、先日完成した対ロスト用に開発されたブーツです。今までよりも格段に動きやすくなります」
そう言って職員が二人の前に、二足の至ってシンプルな靴を差し出す。
職員の説明によると、靴の裏には特殊な吸盤が付いているため多少の壁も登ることができ、また特殊なバネによって跳躍時も普段より高く跳べるようになっているという。
二人はお礼を言うと靴を履き替え、ジャケットを羽織り、無線機とグローブ、そしてコアをバンドにはめて外に出た。
DSIの転送ゲートの前に立つ。パネルを操作して行き先を指定し、DSIが管理している転送装置で大まかな場所まで移動し、そこで待機しているバンで目的地まで移動することになっている。
「じゃあ、俺はこっちに移動して、そこから右回りでこっちに向かおうと思う」
誠司が地図上の位置を指差しながら説明した。
「そしたら私はここに飛んで、反対周りでそっちに向かう。ここで合流しよう」
「分かった、無理はするなよ」
「誠司もね」
誠司は頷くと転送ゲートに入り、光に包まれて姿を消した。明日香も乗り込もうとした時、視界の片隅で二つの影を捉えた。
横を見ると、癒月と沙夜が心配そうにこちらを見ている。二人の表情には不安が色濃く映っていた。
「……すぐに帰ってくるから、待っていて」
明日香は二人を安心させるように微笑むと、パネルを操作して転送ゲートに乗り込んだ。
* * *
無数のロープがロスト目掛けて飛んでいき、的確に拘束する。正面に立った誠司がニードルの場所を確認し、銃口を向けた。
「ごめんな、すぐに楽になるから」
引き金を引くと光の銃弾がロスト目掛けて飛んでいき、深く刺さったニードルを破壊する。
黒いモヤが晴れて人間に戻ったのを確認すると、誠司は次のロストの場所へ向かった。
「……やっぱり一人だと拘束は必須だよな」
先日杏が応援に来た時のことを思い出し、誠司は眉間に皺を寄せる。あの時の杏の圧倒的な実力を思い返すと、自分の未熟さを痛感せずにはいられなかった。
セイバーになったのは誠司が先だった。しかしその頃はまだロストが発見されたばかりで出現率は極端に低く、誠司が一人で対処したというのも一、二回程度に過ぎない。
そんな昔のことを思い出しながら次の目的地に向かう途中、乗っていたバンが急停車した。
「何事ですか?」
誠司が前方を見ると、道路が瓦礫で完全に塞がれていた。
「くそっ! 道が瓦礫で塞がれてる。ここしか道がないのに」
職員が悪態をつくと、無線機から声が流れた。
『飛渡さん、さっき渡したブーツはどんな障害物も飛び越えられます。やってみてください』
「分かりました。ここからは俺一人で行きます」
研究開発班の話を聞き、誠司はバンから飛び出した。
瓦礫を軽々と越え、近くにあった建物の屋上まで一気に跳躍する。普段より高く跳べると聞いていたが、ここまでの性能があるとは思わなかった。
「すげぇ……」
よく分からないが、長年の研究の賜物なのだろう。これなら対ロスト戦闘にも十分対応できそうである。
建物から建物へ跳びながら移動して目的地へ向かっていると、前方で暴れ回っている物体を発見した。
猿のように細長い手足がしなやかに揺れ、しかし胴と肩はゴリラを思わせる分厚い筋肉で覆われている。毛並みは墨を溶かしたように黒く、湿った光を鈍く反射していた。二メートル近い体躯にもかかわらず、その動きは異様に軽やかだった。
そのロスト目掛けて誠司が銃を放つと、ロストは誠司に気づき距離を取って逃げていく。
「待て!」
壁にへばりついたところを狙って引き金を引こうとしたその時、ロストの口から黒い物体が放たれ、誠司目掛けて飛んできた。
「しまっ——!」
避けるために障害物を探すが近くに見つからず、誠司は腕を顔の前に出して身構えた。その時、一つの人影が誠司の前に現れた。
キィンと金属同士がぶつかり合う音が響き、黒い物体が弾け飛んでいく。
「ふー。間一髪セーフ」
誠司が顔を上げると、一人の青年が槍を構えて見下ろしていた。何が起こったのか状況が読めない誠司が呆気にとられていると、青年の後ろを小さな影が通り過ぎていく。
そしてそれは再び距離を取り始めたロスト目掛けて飛んで行った。
「くう、すまねえが先に行っててくれ」
青年が無線機に口を近づけて話しかけると、少しの雑音と共に高い少女の声が聞こえてくる。
『オーケイ和真! うちに任せとき!』
威勢のいい関西弁が微かに聞こえると、青年はにやりと笑って誠司を見た。
「あの、あんたは……」
「応援に来たセイバー、DSI千葉支部の綾瀬和真だ。一人でよく頑張ったな」
青年——和真はそう言うと誠司の頭をくしゃりと撫でる。それが誠司には小っ恥ずかしく、和真の手を払い除けた。
「子ども扱いすんなって。でも、助けてくれてありがとうございます。飛渡誠司です」
「おう、あっちはこの騒動が片付いてから紹介するな。誠司、あのロストは俺たちに任せてくれないか」
和真はロストと少女が向かった先を見る。
「あいつ、お前のギアより俺たちの近接武器の方が相性が良さそうだ。適材適所って言うだろ?」
そう言って和真は口元に笑みを作り、誠司の肩を叩いた。確かに誠司の銃ではロストの攻撃を受け流すことはできないが、和真の槍なら盾としても十分に性能を発揮するだろう。誠司の力が足りないわけではないのだと、和真は言っているのだ。
『ザザッ……ごめん和真、早う来てくれへん? 思ったよりこのロスト手強くて、うちだけやとしんどいねん』
「了解、すぐ行く。そんじゃ誠司、また後でな」
和真は手を軽く上げながら槍を構え、隣の建物の屋根に移って少女とロストの方へ飛んで行った。
「……よし、それじゃあ早く明日香との合流地点に向かおう」
バンで移動するよりも、今なら建物の上を通って行けば早く着きそうだ。誠司は助走をつけて走り出し、隣の建物に跳び移った。
走っていく途中で、一人の中折ハットを被った青年がふらふらと歩いているのを見つける。どうやらDSIの関係者ではない一般人のようだ。
逃げ遅れたのだろうか、だとしたらここにいるのは危険すぎる。誠司は着地場所を確認して建物から降りると、青年の元へ向かった。
「大丈夫ですか?ここは危険です。後ろに救急隊がいるので早くそちらに」
「い、いとこが……いとことはぐれたんだ!」
青年が狼狽えながら前方を指差して震えている。その様子は明らかに混乱しており、誠司は迷わず決断した。
「俺が探してきます。あなたは安全なところに」
誠司は再び走り出した。瓦礫を飛び越え、障害物を乗り越えて先へ進むと、小さな少女の影を見つける。
おそらくあの子だ。早く連れて行かなければ。
誠司は少女に駆け寄り声をかける。
「君、お兄さんが探していたよ。俺と一緒に行——」
誠司の声を聞いて少女が振り返ったその時、誠司の胸に鈍く重い衝撃が走った。一瞬痛みが走ったが、すぐに治まる。
ただ、異物の違和感が残る。誠司が視線を下に向けると、少女が誠司の胸元に何かを突き刺していた。
少女はゆっくりと顔を上げる。無表情の目で、ただ口元が薄い三日月の弧を描いた。
「な……に……?」
誠司が自分の胸のあたりまで視線を下げると、そこにはどす黒い何かが深々と刺さっていた。少女が手を離すと、それはうごうごと蠢き、複数の蔓が誠司の身体にまとわりついていく。
視界が揺らぎ、意識が遠のいていき、身体を支えることができなくなって、誠司はその場に膝をついた。そのまま上半身が地面に吸い込まれるように倒れていき、視界が黒くなる直前、さっきの青年の姿が見えた。
青年の表情には、先ほどの狼狽えた様子は微塵もなく、少女と同じ口元が三日月の弧を描いていた。
* * *
茨の蔓に囲まれたニードルの黒い点目掛けて光の矢が飛んで行く。ロストが雄叫びを上げて倒れ、黒いモヤに包まれたのを確認すると、明日香は現地対策班に声をかけた。
「このまま私は次の場所に行きます。後はお願いします」
「しかし一人だけでは……」
「何かあったら近くの職員さんに応援を頼むので大丈夫です。この靴があれば、多分車より速いので」
明日香は走り出し、狭い壁の間を交互に跳びながら建物の屋上に足をつけて移動する。無線機からは杏が応援に駆けつけたという報告が上がっていた。
あの人が来てくれたなら大丈夫だ。一刻も早く誠司と合流しなければ。
西の空はまだ明るく、橙色の陽が街並みを浅く染めていた。屋根の上を渡る足音が、夕方の風に溶けていく。汗ばむ空気の中、アスファルトの熱気がまだ抜けきらず、じわりと足裏から体温を奪っていった。
五分ほど走り続け飛び跳ねただろうか。靴の効果なのか、疲労はそれほど溜まっていない。
これならいつロストが出てきても対応できそうだ。
そう考えながら明日香が次の建物に跳び移ろうとしたその時、ギターの鋭い音が空気を裂いた。
次の瞬間、空間そのものが震えるような衝撃波が背中を叩きつけ、同時に強い静電気のような痺れが脊髄を駆け抜けた。
明日香は体制を崩してよろけたが、なんとか踏みとどまってコンクリートに足をつける。辺りを見回すと、背後から声が聞こえてきた。
「おー危なかったなー。あと少しで地面に真っ逆さまだったぜ。嬢ちゃん運がいいなぁ」
振り返ると、肩から奇抜なギターを下げている中折ハットを被った青年が、明日香を見てにやにやと笑みを浮かべていた。
あまりにも場にそぐわない表情に、明日香はすうっと目を細めて青年をじっと見つめる。
「今の、貴方がやったの?」
「こえー顔すんなって。ちょっとした挨拶じゃねえか」
「人に危害を加えるのは挨拶とは言わない」
「この状況でよく口が回るなあ。まるでロボットみたいだ」
青年は相変わらず飄々としていて、意図が読めない。明日香は違和感しか感じなかった。弓を構えながら明日香は青年に問う。
「貴方は誰? 私たちの敵?」
「人に聞く前にまずは自分から名乗れよ。まあ俺様は心が広いからどーでもいいけど。そうだなあ……怪物の味方と言ったら分かるか?」
その言葉に明日香は眉間に皺を寄せた。弦を掴む指に力が入る。
「怪物……ロストのことね。あなたがロストを生み出しているの?」
「残念ながら俺様にそんな力はないんだなあ。怪物を生み出す、いや、作り出すのはこっち」
そう言うと青年の背後から一人の少女が現れ、明日香は驚愕した。以前会ったことのある、あの少女だった。
「紅葉ちゃん!? どうしてここに」
「どうもこうも、俺様のマスターなんだから当たり前じゃねえか」
「意味が分からない! マスターだかなんだか知らないけど、ロストと紅葉ちゃんに何の関係があるの!?」
明日香が焦りの表情を浮かべると、青年は不思議そうな顔で明日香を見る。
「だから言ったろ? 俺たちのマスターは怪物を作り出す。絶望に落ちた人間を解放してやれるすげー力を持ってんだ!」
明日香は青年を睨みつけながら、冷静に頭の中で整理する。
あいつの言うマスターはロストを生み出す力を持っている。『俺たち』ということは、少なくともあいつには仲間がいる。
マスターは一人? いや、まだ分からない。紅葉の様子を見ると、沙夜に紹介されて初めて会った時とは違って目に生気が宿っていない。つまり操られている可能性が高い。
紅葉をあいつから引き離そう。話はそれからだ。
明日香が動こうとしたその時、空から凄まじい衝撃で何かが落ちてきた。
土埃が舞い、コンクリートの破片が周囲に飛ぶ。それらから身を守るように腕で顔を覆い、恐る恐る顔を上げると、人型の何かがそこにいた。
銀白色の鎧が全身を覆い、その輪郭は炎の揺らめきに照らされて不気味に光っている。
全体的に硬そうな構造なのに、両腕だけはスライムのように蠢いていた。
兜の奥で輝く瞳は、獲物を逃さぬ猛禽のように鋭く、吐き出す息までもが熱を帯びていた。
ロストだ。明日香は確信した。
「お、来たな。マスターの最新作」
青年はにやにやしながらロストと明日香を交互に見る。
ロストが右手を明日香に向けると、その腕が形を変え、ガトリングのような形になり、そこから無数の弾丸が飛び出した。
咄嗟に明日香は回避し、跳躍して攻撃を躱しながら矢を放ち、障害物を探して身を隠した。
正面に立つのは危険だ。でもこれじゃあ近づくこともできない。
明日香の思考とは裏腹に、青年は変わらず楽しそうだった。
「しかしその武器いいなあ。坊主の時に持ってた銃が玩具に見えてくるな」
その言葉に、明日香の思考が止まる。
坊主って、子ども?
銃を持っている子どもなんて、まずいない。ロストに使うとしても麻酔銃だけで、それもDSIの職員のごく僅かしか所有していない。
となると、明日香の知っている人物で銃を持つ人はただ一人。
「誠司……なの?」
声に出したその言葉は、信じ難いものだった。
嘘だ。誠司がロストになるわけがない。誠司が心を闇に支配されたことなんて今まで一度もなかった。
何かの間違いだ。そう思いたいのに、うまく頭が回らない。
『……ザザッ、新たなロストの出現。白崎明日香の近くにいます』
『飛渡誠司も近くにいます。至急応援に向かいます』
無線機から業務的な連絡が耳に入ってくる。明日香の鼓動が激しくなった。
「じゃ、マスター、そろそろ行こうぜ。他の奴らも待ってるしな」
青年はそう言うと紅葉を片腕で抱えて建物から飛び降り、姿を消した。
残されたのは、銀白色の鎧をまとったロストと明日香だけだった。
やっと他のセイバーが出せた……!(杏は除く)
和真とくうちゃんは学生の頃に頭の中で考えてただけで小説には書き起こした事が無かったので、やっと頭の中から出して上げられたという感慨深さがあります。
個人的に有名な名作の「〇〇が出てきたら面白くなった」みたいな分岐点になってくれたら嬉しいです。(話の展開は不穏だけど)