第三話【正しすぎる反応】(二)
放課後。ホームルームが終わり下校の時間になった。
淡々と帰る支度をする明日香を、癒月は心配するように見つめている。
その明日香を見ながらヒソヒソと何かを話す二人の女子生徒がいるのに癒月は気付いた。
癒月は静かに二人の所に行き、明日香に聞こえないように話しかける。
「ねえ、二人は明日香ちゃんと同じ小学校だったよね。明日香ちゃんって、昔からああだったの?」
「え、いや、そんないきなり言われても……」
「私らも、そこまで白崎さんの事知ってるわけじゃないし……」
二人は顔を見合せて何とも言えない顔をするが、「ただ……」と何か言いたげに口を開く。
その話を聞き終わって後ろを振り返ると、明日香の姿が見えなくなっていた。どうやら先に帰ってしまったらしい。
「あ、ごめん急に話しかけちゃって! 私も帰るね! じゃあまた!」
バタバタと鞄を背負って慌てて教室を出ていく癒月に、二人は気圧されながらも手を振る。
見送りながら、二人はぽつりと呟く。
「……白崎さん程じゃないけど、田中さんも変だよね」
「うん、あの白崎さんの異様な面を見ても、話しかけようとするんだもんね」
癒月が出ていった後の教室は、静かな静寂に包まれていた。
玄関で慌てて靴を履き替え外に出ると、少し先を歩いてる明日香を見つけて癒月は全力で走り出す。
そこまで距離は遠くなかったので歩いてる明日香にはすぐに追い付いた。
「明日香ちゃーん!」
「……え、癒月?」
息を切らしてぜえはあしながら息を整える癒月を見て、明日香は困惑した。
「どうしたの? そんなに急いで」
「どうしたのじゃないよ。帰るなら一言声掛けてくれても良いじゃない! 私も一緒に帰りたかったのに」
「え……だって、癒月友達と話してたし。それに今日部活でしょ? 準備してないけど大丈夫なの?」
制服姿で鞄を背負って、帰る支度が済んでる癒月を見て、明日香は疑問符を浮かべる。
癒月はああ、と言うように明日香の質問に答えた。
「辞めたの、部活」
「え?」
「部活辞めたの。だから放課後は空いてるし、明日香ちゃんと一緒に帰れるよ」
あっけらかんという癒月に、明日香は驚く。
「……確かダンス部ってダンス甲子園に出場決まってなかった? それが終わったら三年生は引退って聞いた気が」
「良いの。まだ半分くらいしかフリ出来てなかったから修正は可能な段階だし、引き継ぎもちゃんとやったから」
癒月はダンス部が活動してるであろう体育館の方へ視線を向けて呟く。
「正義という言葉で誤魔化して、人の事を制裁する人達と一緒にいても、病むだけだから」
それはどこか突き放した、寂しさを含んだ声だった。
悩みに悩んだ結果なのだろう。寂しさはあっても、表情は吹っ切れたようなスッキリした顔だった。
自分で考えて決めたのなら、外野がこれ以上言うのは野暮ってものだ。
明日香は静かに歩き出す。
「癒月は強いね」
「え? どうしたの突然」
同じように歩を進めながら疑問符を浮かべる癒月に、明日香は静かに微笑む。
「逃げる勇気があるのは、強いって事だよ」
その言葉には裏表のない、居心地のよい安心感があった。
やっぱりあの部活の子達とは違う。どうして自分は、今までこんな優しい子と距離を取ってたんだろう。
癒月がそう思った時、さっき話してた二人との会話を思い出した。
『白崎さん、四年生の時に転校してきたんだけど、その時から物静かというか、何にも興味を示さない子でさ。その、一部の子達が見下してるとか、スカした嫌な奴って思って一時期いじめられてたのよ』
『でも今回みたいに怒りもしないし泣きもしない。ただ我慢してるだけとかじゃなくて本当に普通の人みたいな反応が無いの。気にせず先生にも告げ口するし。だから皆気味悪がっちゃって』
『そんな時にね、白崎さんに妹がいるって事を知った子がいたのよ。それでいじめてた子達が妹に何かしたら白崎さんも怒るんじゃないかって話してたのを、白崎さんが偶然聞いちゃったんだって』
『それ聞いた白崎さんめっちゃ怒ってものすごく暴れたんだって。両方の親が出てくるレベルで大騒ぎになったんだよ。まあいじめの証拠とかもあったから喧嘩両成敗って事になったって聞いたんだけど、その一件があったから、うちの小学校の子は皆白崎さんに近寄らないんだよね……』
『なんていうか、どこに地雷があるか分からないってやつ? 触らぬ神に祟りなしって言うじゃん』
今回机を落書きした子達は、明日香と小学校が違ったから知らずにやったんだろうとその子達は言っていた。確かに知ってたらやろうとすらしなかっただろう。
「明日香ちゃんはさ、昼休みの時どうして怒らなかったの?」
「うーん……怒っても何も解決しないし、癒月が怒ってたから私は別に良いかなって」
「それでもあんな冷静な正しい処理が出来るのは普通じゃないでしょ。私だったらショックで多分何も出来なくなるもん」
そこまで話した時、明日香の鞄から電子音が鳴り出した。
明日香は鞄を開けると中からスマートフォンを取り出し、電話に出る。
「……はい、はい。……分かりました。今六実通りの交差点付近です、はい。分かりました」
電話を切った明日香の顔は先程の穏やかな顔と違い、緊張感のある顔だった。
「ごめん癒月、ちょっと用事が出来たから先に帰」
明日香が言い終わるよりも先に癒月は明日香の手を掴んだ。
「……駄目だよ癒月。帰った方がいい」
「今の電話、でぃーえすあいって所からだよね。またロストが出たの?」
癒月の有無を言わさない目を見て、明日香は癒月に誤魔化しは効かない事を悟り、はあとため息を着く。
「うん。癒月もロストになったから分かるでしょ? 危険だから帰って。親御さんも心配する」
「うちの親、今日は二人とも出張でいないから大丈夫。もしかしたら何か手伝える事があるかもしれないから、明日香ちゃん、お願い」
どうやら癒月には何を言っても聞かないようだ。手を払って振り切ることも出来なくは無いが、それは居心地が悪い。
「……分かった。でも職員の人が駄目って言ったらすぐに帰るんだよ」
明日香がそう言った時、遠くから黒いバンが走ってくるのが見えた。




