第十三話【負の化身】(四)
これで第十三話は以上になります。
次の話もなるべく早く書きますので今暫くお待ちください。
このエピソードは、この話全体の山場の上位に入るシーンです。
滑らかで冷ややかな感触が頬に触れ、その冷たさで明日香は目を覚ます。
殴られた衝撃がまだ残っているのかぼんやりとした視線で辺りを見回す。
病院の廊下同様薄暗く離れた場所はよく見えない。しかし何となくだが、ここはどうやら大広間の様な開けた空間のようだ。しかしそこに置いてあるような家具等が見当たらず、まるで世界にただ独り取り残されたような感覚になった。
おもむろに身体を動かすと筋肉が強ばってるのか動かしにくかったが、手足は特に縛られておらず自由に動く事が出来た。
「う……ん……っ」
小さなうめき声が明日香の耳に入ってくる。それが独りではないという安心感に繋がり、明日香はほんの少しだけ安堵して暗がりを見回す。
よく目を凝らした時、少し離れた場所で誠司、奏、空美の横たわってる姿が目に入った。
明日香はすぐに立ち上がり誠司に駆け寄る。誠司の腕は後ろ手に茨の蔓で縛られている。
明日香はそれを外そうと手にかけるが、棘が手に食いこんで僅かに血が流れ、その痛みで手が思うように動かせない。
「誠司、誠司! しっかりして!? 今外すから!」
「明日香……無理するな……」
誠司が力なく明日香を見上げる。意識はあるがその目は虚ろではっきりしていなかった。
奏と空美も同じで僅かに身体は動くが、誠司と同じ茨の蔓が巻き付いており自力で起き上がる事は不可能だった。
「アリダ様、どうします? こいつらまとめて始末しましょうか?」
不意に冷たい声が広間に響いた。
明日香がハッとして前を見ると、そこには章吾が見せてくれたロストファクターと思われる子どもが五人いて、その背後に六人の大人の影があり、そのうちの一人がさっきの男だという事に気付いた。
明らかに味方としてではない。自分達と敵対する存在としてここにいる。
情報が少ない状況だが、明日香はそれだけ理解出来た。
「そうねえ。もう少しだけ利用させて貰おうかしら」
妖艶な声が空間に響き渡り、ロストファクターと大人の集団の中から一人の少女が現れる。
ゴシック調の黒いドレスに身を包んだその姿は、背丈は明日香と同じくらいだと推測出来るが、その口調が言葉で言い表せないアンバランスさを醸し出し不気味さが漂う。
少女の顔に一筋の光が当たり、それを見て明日香は息を飲んだ。
「なっ……!?」
「嘘だろ……」
「明日香さんに、似てる……?」
明日香以外の三人もその姿を捉えたのか、弱々しくも驚愕の声をあげる。
その少女は髪型や雰囲気は違えど、顔だけ明日香そっくりだったのだ。
全員が動揺する中、明日香は自分の身体に鞭打って足を引きずりながらも立ち上がり、三人を庇うようにその少女、アリダの正面に立つ。
手を腕のバンドにかざそうとした時、アリダは明日香に黒い何かを放った。それが明日香の足に刺さり、激痛で明日香は悲鳴をあげ蹲った。
「あらあら痛そうねえ。あまりにも怖い顔してたから、思わず足止めしちゃった」
「……っ! なに、なんなのあなた……こんな事して、何がしたいの……?」
額から脂汗を流し、眉間に皺を寄せながらアリダを鋭い目で睨みつける明日香を見ても、アリダの表情はさほど変わらずくすくすと笑う。
一輪の黒い薔薇がふくらはぎに刺さりじわりと血が流れ出した。
「へえー、あなたって人が絡むとそこまて怒りが出せるのねえ。自分が何をされても怒らないくせに」
「何言ってるの……意味わからない……」
「あら知らないの? じゃあ冥土の土産に教えてあげる」
アリダは含み笑いを浮かべながら自分の後ろのロストファクター達を指さす。
「あの子達は自分の意思で心を捨てたの。自分が要らないと思った心を。その捨てられた心が可哀想だから、欲しい人にあげたの。私、お友達が欲しかったから」
アリダは細い指をすうっと伸ばしてロストファクターの後ろの集団を指さす。爪に塗られた黒いマニキュアが不気味に鈍く光った。
でも……とアリダは意味深な顔をして俯く。
「私もお友達と一緒。"創られた存在”なの」
ふふふ、と笑うアリダの表情を見て、明日香の身体が何故か強ばる。
この得体の知れない女はなんだ。
よく分からない感情が明日香の全身を支配していく。
周りの酸素が薄くなったのか、明日香の呼吸が速くなる。しかし息を吸えば吸うほど息苦しくなり、次第に肩が上下に動く。黒い薔薇が刺さった傷口から流れる血が明日香の白い靴下まで届き、徐々に赤黒い染みが広がっていく。
アリダは改まって明日香の正面に立ち、口元を三日月の形にして意味深な笑みで見下ろした。
「あなた、恐怖とか怒りとか、人が絡まないと出ないんでしょ。自分に都合の悪い感情は要らないって捨てたんだものね」
「なに……なんのこと……」
「可哀想だから、私が貰ってあげたの。だから私はここにいるのよ」
アリダが不気味な笑みを浮かべて明日香の頬に手を這わせる。身体が強ばりそれを払うことも出来ず、明日香はされるがままだった。
そしてアリダは明日香と目線を合わせ、明日香に顔を近付け、そして
「私、あなたから生まれたのよ、ママ」
アリダが耳元でそう呟いた刹那、明日香の胸を鋭く重い衝撃が貫いた。
* * *
意識が暗闇の、黒い海の中に沈んでいるようだった。
それが少しずつ光を取り戻す様に視界が開けていく。
鬱蒼と茂る森の中で誠司、奏、空美の三人は目を覚ました。深い森の中だが奏と空美が先程いたような薄暗さはなく、真夏の暑い太陽の光が差し込み三人を照らしている。
誠司は起きようと身体を捩るが腕が動かせず戸惑う。
後ろを見ると、茨の蔓が誠司の腕を縛り上げたままだった。
「……ここは、どこだ?」
「あの森の中、とは違うな……」
奏と空美も身体を起こす。二人も茨の蔓が腕に巻き付いているが、誠司と違って前で縛られていたので誠司より難なく身体を起こせたようだ。
「ねえ、明日香さんは? 明日香さんはどこおるん?」
四苦八苦しながら誠司が身体を起こした時、空美が不安げな声で二人に聞いた。その表情は不安の他に焦りが入り交じっている。
誠司が明日香を探そうと辺りを見回したその時、遠くで何かが倒れる音が聞こえた。
もしかしたら明日香がいるのかもしれない。
そう思った三人は音のする方へ足を進めた。
森の中から開けた空間に出ると、そこには湖がありそこで一体の怪物が暴れていた。
それは一見すると薔薇のように見える花だった。しかし、その大きさは常識を超えていた。
直径は優に一メートルを超え、ラフレシアにも匹敵する巨体。艶やかな花弁は薔薇特有の優美さを保ちながらも得体の知れぬ不穏な気配が漂っていた。無数の触手が蠢く、美しくも恐ろしい異形の花だった。
主人公等メインキャラが苦しむ描写が個人的に性癖なのか、明日香の描写を書いてる時はアドレナリンが出てました、多分。
なので明日香が苦しんでる描写が自分は好きなのだと思います。ごめんね明日香、親(作者)がこんな外道に近い人間で。
これで明日香の伏線が少しだけ回収されたかなと思います。まだまだ謎は残ってますが、頑張って回収していくので今暫くお待ちください。




