第十二話【ロストファクター】(三)
今日はここまでです。
章吾は明日香達の顔を一人一人見てから再び口を開く。
「本宮杏、綾瀬和真、神崎美琴。以上三名にはロスト発生に備えて待機して貰いたい。万が一ロストが出てしまっては我々だけでは太刀打ちできないからね」
明日香はそれを聞いて少し考えてから顔を上げて章吾を見る。
「千葉支部と神奈川支部から一人ずつ選抜してるのに、私たちは二人とも行って良いんですか?」
「この廃病院がギリギリ東京にあるからね。二人の空いた穴は本宮さんが引き受けてくれるから心配しなくていい」
明日香が杏に目を向けると、杏はふっと笑みを浮かべて明日香と誠司を見る。
その自信のある笑みは、安心して任せて欲しいと言ってるようで安心感があった。
「けど無理強いはしない。やはり不安だと思うなら無理に行く必要は無──」
「俺は大丈夫」
「私も大丈夫です。行きます」
章吾の言葉を遮るように誠司と明日香は答える。章吾の少し不安が混じった顔とは裏腹に、二人の表情は迷いのない覚悟を決めた顔をしていた。
それを聞いて奏と空美も答える。
「俺も構わない」
「うちもええよ! 廃病院って肝試しみたいで面白そうやん!」
他の三人とは違い空美の楽しそうな声に和真は思わずツッコミを入れる。
「お前なあ、もう少し緊張感持てって」
「だってうちらしか入れへんのやろ? せやったら、気持ちだけでも明るくしとかな」
あっけらかんと言う空美の言葉に明日香は目を丸くする。誰もが未知の場所に行く事に対する不安を持ってる中、気持ちだけでも楽しもうとする度胸の強さ。この子は見た目以上に肝が据わっているようだと明日香は感心した。
「ありがとう、私たちも出来る限り君たちの補助はするつもりだ。もうすぐ夏休みになる。廃病院に行くのはそれぞれ学校が終わってからで良い。それまでに準備をしよう」
章吾が話し終えると誠司は席を立ち、奏の元へ向かう。
姿勢を崩さずそのまま座っている奏に誠司は手を差し出した。
「よろしくな。同じ男同士、仲良くしようぜ」
そう言って握手を求めるが、奏はそれに応じることなく腕を組んだままそっぽを向く。
誠司がそれに違和感を覚えた時に奏が口を開いた。
「お前と馴れ合うつもりは無い。それよりも自分の心配をしたらどうだ?」
「……どういう事だ?」
言ってることが理解出来ず誠司は眉をひそめると、
奏ははぁとため息をついた。
「またロストになるようなヘマをするなって事だ。そんなことも分からねえのか。お前頭悪いな」
呆れたように言い放った奏の言葉に誠司はカチンときて掴みかかるが、奏はそれを軽々避けて立ち上がる。
勢い余って倒れた誠司が再び立ち上がり奏に掴みかかろうとした所で明日香が後ろから誠司を羽交い締めした。
「ちょっと誠司やめなよ落ち着きなって」
「離せ明日香! お前も見てただろ俺は悪くない!」
「こら奏なんてこと言うの! 誠司君に謝りなさい!」
「こんな軟弱な奴、俺は必要以上に馴れ合うのはごめんだ」
「お前なんなんだよさっきから!? 言っていいことと悪いことがあんだろ!!」
「とにかく落ち着きなって!」
明日香はどうにかして誠司を抑えようとするが、奏の挑発に乗った誠司の力は強く明日香だけでは圧倒的に力の差がある。
必死に誠司にしがみついていたその時、突然会議室のドアが勢いよく開いた。
血相を変えた研究開発班の職員が現れ、一同はそちらに目を向ける。
「どうした、何かあったかい?」
「……いえ、あの…………何でもないです」
章吾の問いに職員は歯切れの悪い返事をしながらゆっくりとドアを閉めた。
明日香が呆気に取られていた時、突如何かが近くに来て誠司の肩を掴んで抑え込んだ。
明日香が顔を上げると和真がまあまあとにこやかな表情で窘めながら誠司と奏の頭上にそれぞれ拳を下ろした。
ゴンと鈍い音が響き誠司が顔を顰めて頭を抑えながらしゃがみこむ。
「ガキみたいな喧嘩するな。お前達の相棒が困ってるだろ」
誠司は若干涙目になりながら和真を見上げるが、年長者の正論に反論する気は無いようだ。
奏は頭を手で抑えながら和真を無言で睨みつけそのまま会議室を出ようとするが、すれ違いざまに和真が肩をがしっと掴む。
「この状況で無視は駄目だろ。悪いことしたら謝るって習わなかったか?」
「……すんませんした」
奏は小さく呟くと和真の手を払いのけ会議室から出ていく。その背中を美琴が「ちょっと奏待ちなさい!」と言いながら追いかけて行った。
二人が部屋から出て行き会議室が静寂に包まれる。
章吾は突然始まった喧嘩におろおろし、杏は何してるんだと額を抑えていた。
「……ま、まあ! これから一緒やねんし、みんなで仲良くしよな!」
静寂を遮るように空美がぎこちなく笑みを浮かべながら声を上げ、明日香もそれにつられて苦笑いした。
* * *
晴れ渡った空から降り注ぐ夏の日差しが、地面に反射して二重に熱を放っていた。じりじりと肌を焼くような暑さが、町全体を包み込んでいる。
その町外れの一角の木が生い茂った中に廃病院は建っていた。閉鎖されてからは当然手入れなどされていないのだろう。かつては設備の整った病院だったと想像出来る大きな病院だが、本来なら清潔感を感じさせる白い壁も薄汚れ所々蔦が絡まっている。
そこに続く道も辛うじて舗装はされてるものの隙間からは雑草が生えて夏の日差しの強さで高く生い茂っていた。
廃病院の周りには、DSIの専用車が何台も並んで停まっていた。現地対策班を始め各部署の職員たちが慌ただしく行き来し、緊張感のある空気が漂っている。
「全員発信機は付けたわね。あとボイスレコーダーも。使えるかは分からないけど、念の為ね」
夏歩が身につけられる様々な機材を明日香達に忙しなく渡してくる。不安と緊張感が滲み出ている夏歩を見て明日香は逆に落ち着きを取り戻していた。
「大丈夫か? 俺らより落ち着きがない気がするけど」
「仕方ないじゃない、中から連絡が取れるのか実際のところ分からないんだから!」
不安のあまり夏歩も声を荒らげてしまうが、明日香は夏歩を安心させるように静かに話す。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。今回は私達だけじゃなくて、雨宮君と空美ちゃんがいますから」
「せやで! うちがおったら百人力やで」
「そう言って調子に乗りすぎると痛い目見るから気を付けろよ」
「分かっとるわ和真、うちのこと見くびらんとってや」
和真が空美の頭をぐりぐりと押し込むように撫でるのを空美が逆に押し上げて抵抗するのを見て誠司が思わず笑う。どうやら夏歩が思ってる以上に落ち着いているようだ。
その時、少し離れた所から沙夜が癒月と一緒に明日香達のいる所へ向かってきた。いつもは「お姉ちゃん!」と元気よく飛び込んでくるのだが、今日は癒月の後ろにぴったりとくっついて少し不安げな表情を浮かべていた。
「沙夜、どうしたの?」
明日香が目線を合わせて沙夜に向き合うと、沙夜は眉を寄せた神妙な顔のまま明日香に複数の組紐を差し出した。
「これ、ミサンガ。癒月お姉ちゃんと一緒に作ったの」
「沙夜ちゃんが、明日香ちゃん達に御守り作りたいんだって言ってね。二人で作ったんだ」
癒月の補足説明を聞きながら明日香は沙夜からミサンガを受け取る。カラフルな刺繍糸が虹のように組み合わさり華やかな色合いに思わず笑みがこぼれる。
「おー! めっちゃ綺麗やん、沙夜ちゃん編むの上手いなあ」
「凄いな沙夜、ありがとな」
空美と誠司がミサンガを見て沙夜を褒めるが、沙夜の顔は神妙なままだった。
「紅葉ちゃん、終業式まで学校来なかったの。紅葉ちゃんがあの病院の中にいるって本当?」
「うん……まだ分からないけど、多分そうだと思う」
明日香の返答を聞いた沙夜はそのまま抱きつき、ぎゅうっと顔を押し付けた。
「お姉ちゃんお願い、紅葉ちゃんを助けてあげて」
その声は小さかったが沙夜の悲痛な思いがこもっていた。明日香は沙夜を優しく抱きしめ背中をぽんぽんとたたく。
「紅葉ちゃんは必ず連れて帰る。約束する」
それを聞いた沙夜はゆっくりと顔を上げ、にこりと笑う。目尻が僅かに濡れているのを明日香の目が捉えたが、それには触れず沙夜の頭を優しく撫でた。
「そろそろ行こう。皆、準備は良いか?」
振り返ると章吾が立っていた。どうやら上層部の人との話し合いが終わったらしい。少し離れた所にいた奏も美琴が少し引っ張るように連れてきていた。
全員が首を縦に振ると、章吾は着いてきてと促した。
そのまま章吾に着いていこうと明日香が歩き出したその時、モニターを確認していた夏歩が不意に明日香の肩を掴んだ。
突然の事に明日香は戸惑い、振り向いて夏歩の顔色を伺う。
「夏歩さん、どうしたんですか?」
「……あ、あれ? えっと……何でもないわ、ごめんなさいね」
夏歩はモニターと明日香を見比べながら戸惑っていたが、明日香の訝しんだ顔を見て手を離す。
「気を付けて行ってらっしゃい」
その言葉に明日香は軽く会釈をして、章吾に連れられた誠司達の後を追う。
夏歩は明日香を見送りながら再びモニターに目を落とした。
「なんでかしら……監視カメラから確認されたエネルギー反応が、明日香からも一瞬反応があるなんて……」
その言葉は、夏歩以外聞く人はいなかった。
やっと全員集合しました……長かった……
人数増えると難しくて筆が遅くなりますね。
ここからカクヨムにも投稿しようかなと考えてるのですけど、PV的にこっちよりシビアなのかなと思ったら完結まで我慢する方が良いのかと思ってきました。
それよりもエピソードのシーンが詰めすぎっぽいのでしばらくは編集作業をしようと思います。五話とか一万字近い文字書いてたし、他の人の投稿見たら大体3000前後だということが分かったので。
ここから怒涛の伏線回収が待ってるので頑張って執筆します。




