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第十話【闇に刻まれた記憶】(二)

交通事故の描写があります。

苦手な方はご注意下さい。


私生活が多忙だったので投稿が遅れてすみません。

やっと書けて良かったです。

「実は誠司は、私たちと血の繋がりが無いんだ」

 

 その言葉に、明日香は目を見開いた。章吾の表情は厳粛で、これから話すことの重さを物語っていた。

 

「誠司は君と同じ母子家庭だった。父親の記憶は無いそうだが、母と二人、仲睦まじく生活してたそうだ」

 

 章吾は一度言葉を区切り、窓の外を見つめた。夜の闇が彼の横顔を影にしていた。

 

「その日母親は買い物に行ってくると誠司に留守番をさせて出かけたのだが、中々帰ってこなかった。心配になった誠司はドアを開け、母親と出かけた時の記憶を頼りに外に出て母親を探し出した。雨の中、視界は悪かったようだ」

 

 明日香は静かに口を閉ざしたまま章吾の話に耳を傾ける。章吾の話す内容から、不吉な予感が胸に広がった。

 

「誠司が母親を探し始めて少し経った頃、小さな人だかりが出来てたのを見つけた。何かを囲うように出来た人だかりで、誠司もそれに近付いて中を見た時……そこにいたのは、変わり果てた誠司の母親だったそうだ」

 

 震える声で章吾がそう言った時、明日香は思わず口元に手を当てた。胸が締め付けられるような痛みが走った。

 章吾は目線を下に向けた。

 

「轢き逃げで意識不明の重体だったそうだ。買い物袋から買った物があちこち乱雑に散らばってて。程なくして救急車が来て母親を運んだそうだが、そこからの誠司の記憶は曖昧でね。泣き叫んで母親にしがみついてたそうだから子どもと判断されて一緒に病院に行ったんだと思う。それでも誠司の母親は助からなかったそうだ」

 

 明日香は自身にかけてあるシーツを握りしめながら、章吾の話を静かに聞いていた。誠司の幼い頃の絶望が、まるで自分の記憶のように鮮明に浮かんだ。

 

「それで誠司は、どうなったんですか? 飛渡さん達とどうやって出会って……」

「他に身寄りが無くて施設に預けられたそうだ。私達が出会ったのはそれから約一年後、誠司が10歳の時だ」

 

 章吾の表情が少し和らいだ。この部分の記憶は、彼にとって大切なもののようだった。

 

「学校から施設に帰宅してる時、通学帽が風に飛ばされて、それを黒猫に奪われたそうだ。誠司が取り戻そうとしてそれを追いかけると近くの建物のドアが開いていて、そこに黒猫が入っていったらしい。後を追って誠司が中に入ると、一つの部屋のドアが少し開いてて中から光が漏れてたそうだ」

 

 明日香は身を乗り出した。章吾と誠司がどうやって出会ったのか、その話に興味を引かれた。

 

「気になってドアを開けると、黒くて丸い玉が光を放ってて、誠司は思わずそれに手を伸ばした。次の瞬間、黒い玉が眩い光を放ち、気が付くと誠司の手には、銃が握られていた」

 

 章吾は深く息を吸った。

 

「誠司の入った建物はこのDSIの施設でね、私はその光に異変を感じてその部屋に入ったのだが、そこに居たのは銃を持って青ざめた顔をした誠司だったんだ。最初私を見た誠司は泣きながら謝り始めてね。どうにか落ち着かせて事情を聞いて誠司が見つけた黒い玉はコアで、誠司はそれを武器、ギアに変えることが出来るという事が分かった」

 

 章吾の瞳に温かい光が宿った。

 

「当時はコア等の研究がまだ進んでいなくて何故ここに誠司のコアがあったかも不明だったんだが、別の地域で確認されてたセイバーの素質が誠司にもある事が分かったんだ」

 

 明日香は複雑な表情をした。誠司がセイバーになったのは、こんな偶然から始まっていたのかと思うと、運命の不思議さを感じずにはいられなかった。章吾は明日香の表情を読み取ったように、少し間を置いてから続けた。

 

「それで私は誠司を引き取ることにした。私と妻に子どもはいなかったから妻も快く了承してくれた。上からはセイバーとして利用する為に引き取るのかと批判の声も上がったが、当時はなりふり構ってられなくてね」

 

 章吾は明日香の目をまっすぐ見つめた。

 

「それでも、セイバーの事情を無しにしても私は、誠司を息子として引き取った事は後悔していない」

 

 その言葉に、明日香の表情がふわりと和らいだ。

 

「……誠司も、飛渡さんと出会えて、嬉しかったと思います。私から見ても、二人は、本当の親子に見えますから」

「そう言って貰えて嬉しいよ。ありがとう」

 

 章吾は明日香の頭にそっと手を乗せ、優しく撫でた。その手の温もりが、明日香の心に安らぎをもたらした。

 しばらくして章吾は立ち上がった。

 

「もう遅いから、今日はゆっくり休みなさい。誠司のことは心配しなくていい。明日の朝には会えるだろうから」

「分かりました」

 

 救護室から出ようとする章吾を見送ろうとして、明日香は呼び止めた。

 

「飛渡さん」

「ん、どうしたんだ?」

「その……誠司の事を教えてくれて、ありがとうございました」

 

 それを聞いた章吾はにこりと微笑むと、ドアを開けて救護室から出る。

 それをベッドから見送った明日香は、再び横になって身体を休めた。しかし今度は眠気は訪れなかった。目を閉じながら章吾から聞いた話を頭の中で繰り返していると、ふとある出来事が脳裏に浮かんだ。

 

 確かあれは、交通事故で家族を亡くし、加害者に不当な対応をされた人がロストになってしまった時の事だった。

 その時の誠司は、元気がないというより、その人の話を聞きながら顔色が少しずつ暗くなっていったのを思い出した。

 

 あの時恐らく誠司は亡くした母親の事を思い出していたのだろう。思い出して悲しくなるほど、誠司にとって実の母親は、かけがえのない人だったんだろうと明日香は思った。

 

 そして同時に理解した。誠司の心の闇は、一人の少年が背負うには重すぎる過去だった。その重荷を一人で抱え続けていた誠司を思うと、明日香の胸は痛んだ。

 

 夜が明ける気配は無く、窓の外は変わらず漆黒の闇が続いている。明日香は窓の外に目を向けながら、ようやく浅い眠りについた。


* * *

 

 暗い夜の闇に包まれた静かな保護室で、誠司は一人ベッドに横たわり、天井を見つめていた。

 まだ夜が明ける気配はない。深い夜の闇に溶け込んだその場所は、光を知らないのかというほど真っ暗だった。

 

「克服したつもりだったんだけどな……」

 

 天井にそっと手を伸ばしてみると、僅かに腕の輪郭が暗闇に浮かび上がる。 暗くて見えないはずなのに、それは確かに見えた。

 

 実の母親を忘れたわけではない。だが誠司にとっては遠い思い出で、今の誠司の家族は飛渡夫妻だ。

 母親を失った寂しさは二人が埋めてくれた。二人は誠司にとってかけがえのない家族だった。

 そう、家族を失った悲しさは克服したと思っていた。

 それなのに──

 

『トラウマは、そう簡単に克服できるものじゃない』

 

 誠司の話を聞いた章吾はそう言った。

 

『無理に克服しようと思わなくていい。忘れようとも思わなくていい。誠司にとってたった一人の、大切なお母さんなんだから』

 

 そう言って章吾は誠司の頭を優しく撫でた。 その温もりをもう一度確かめようと、誠司は伸ばした手を自分の頭に乗せる。

 その手の感触を感じた時、章吾のものとは違う別の温もりを思い出した気がした。

 

『誠司……』

 

 遠い記憶の、僅かに覚えていた母親の声。 不意にその声が聞こえたような気がして、誠司の横顔に一筋の雫が流れた。

 

「思い出してほしかったのかな……」

 

 手で目元を拭うと、また一つ、一雫と目からこぼれ落ちていく。それはまるで、忘れないでと言われているように。忘れていたから今回ロストになったのかもしれないと、誠司は少し自嘲気味に苦笑いした。

 

 あの子供に杭を、ニードルを打たれた後の記憶は曖昧だ。

 だが、母親を失った時の胸に何かが突き刺さって抜けない痛みを強制的に思い出させられて苦しかったことは覚えている。まるでその痛みが永遠に続くような、果てしない絶望感が自分を支配したことも。

 

 けれど絶望にすべてが飲まれそうになった時、声が聞こえた。

 

『だいじょうぶ……』

『せいじは、ひとりじゃない……』

 

 その声が、絶望の暗闇に独り取り残された誠司にとって、一筋の光となって届いた。

 

 あれは母親の声ではない。明日香の声だった。

 あの声が聞こえたから、戻ってこられたのだろうか。

 

 そう思った誠司だが、それは違うとまた自嘲気味に笑う。実際にロストになった誠司を元に戻したのは明日香ではなく、応援に来たセイバーだと聞いている。

 それでもあの時誠司の耳に届いたのは明日香の声だった。

 

『私が、あなたの盾になる!』

 

 ふと、昔の明日香の言葉を思い出した。

 遠い昔の、しかし母親との思い出より新しい。

 遠くて近い、誠司が初めて明日香と出会った、あの日のことだった。

誠司の過去はそれなりに重いので本人抜きで話して良いものかと考えたのですが、状況的にこれがベストだろうと私なりに落とし込みました。

だからなのか章吾が上手く話してくれませんでしたね。

それだけ章吾も誠司の事を大事に思っているんでしょうね。

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