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第十話【闇に刻まれた記憶】(一)

 重い闇が明日香を包んでいた。

 足音だけが虚空に響く、果てしない道。どこまで歩いても出口は見えず、灰色の靄が彼女の周りを漂っている。

 

 息が白く見えるほど冷たい空気の中、明日香は一歩一歩を踏みしめていた。意識がぼんやりとしているのに、足裏に感じる石ころの感触は妙にリアルで、胸の奥で不安が渦巻いていた。

 

 その時、前方にぼんやりとした人影が浮かび上がった。

 その姿に見覚えがあり、心臓が激しく鳴った。間違いない。あれは紛れもなく誠司だ。

 明日香は安堵と喜びが混じった感情で、無意識に足を速めた。

 そして声を上げようとしたその瞬間——

 鈍い音が闇に響いた。

 

 誠司の胸に、黒光りする太い杭が突き刺さっていた。彼の白いシャツに赤い染みが広がっていく。誠司は振り返ることもなく、ただ静かに立っていた。

 明日香の足が止まった。息が詰まった。

 

 次の瞬間、二本目の杭が背中から突き抜けた。三本目が肩を貫いた。四本目、五本目——立て続けに黒い杭が誠司の身体を串刺しにしていく。

 誠司は膝から崩れ落ちた。倒れた身体は陶器のように砕け始め、破片となって闇の中に散らばっていく。

 

 明日香は叫ぼうとした。でも声が出ない。喉が締め付けられたように、息さえできない。手を伸ばそうとしても腕が動かない。ただ立ち尽くして、誠司が消えていく光景を見ているしかなかった。

 闇が、より深く彼女を包み込んだ。

 

* * *

 

 がばりと明日香は飛び起きた。

 はあはあと荒い呼吸が救護室の静寂を破った。額から脂汗が吹き出し、前髪がじっとりと肌に張り付く。衣服も汗で湿り気を帯び、肌に纏わりついてくる。

 

 今のは紛れもなく夢だ。頭ではそう理解しているのに、心臓の激しい鼓動が収まらない。明日香は震える手で胸を押さえ、必死に呼吸を整えようとした。

 

 部屋を見回すと真っ暗で、窓の外からわずかに街灯の光が漏れているだけだった。時計を見ると深夜一時を過ぎていた。

 

 不意にドアがガチャリと音を立てて開き、章吾が中に入ってくる。廊下の薄明かりに照らされた表情は心配そうに歪んでいた。身体を起こした明日香を見て、章吾は目を見開いた。

 

「明日香……目が覚めたのか」

 

 その声は安堵の色が滲んでいた。章吾は明日香に駆け寄り、ベッドサイドの電気を点けた。

 暖かい光が室内を照らすと、明日香の青ざめた顔がはっきりと見えた。

 

「飛渡さん……」

 

 明日香の声は掠れていた。

 

「誠司は、誠司はどこですか?」

「大丈夫だ。今は保護室で休んでるから安心してくれ」

 

 章吾は明日香に目線を合わせるように腰を落とし、そっと肩に手を置いた。その温かい感触に、明日香はようやく安堵のため息をついた。

 

「あの、美琴さん達は……」

「今日はもう帰ったよ。後日改めて招集をかけるから、その時に今日のお礼を言おう」

「……分かりました」

 

 明日香は俯き、何か言いたそうにした。しばらく沈黙が続き、章吾が明日香の様子を伺う。

 

「明日香、どうしたんだ?」

「……誠司は、どうしてロストになったんですか?」

 

 顔を俯けたまま章吾に問い、その質問に章吾の表情が強ばった。明日香は顔を上げ章吾の反応を見て言葉を続けた。

 

「飛渡さん言ってましたよね。ロストは絶望した人間が闇に飲まれて怪物になった姿だって。私から見て誠司は、絶望にも闇にも飲まれる素振りは無かった。だとしたらどうして誠司はロストに……」

 

 章吾は少し言いにくそうに口を開いた。彼の表情には、隠していた真実を明かすことへの躊躇いが見えた。

 

「詳しい説明は後日するが……誠司がロストになった理由の一つとして、誠司が持ってる心の闇が関係しているのが分かっている」

「どういう事ですか?」

「人間誰しも嫌な記憶とか思い出したくない過去を持ってるだろう。君も、勿論私もだ。今回誠司がロストになったのは、ずっと昔に体験したそれらがあるきっかけによって誠司の外に出てきたのが原因だ」

「きっかけって、なんですか?」

 

 章吾は深く息を吐いた。

 

「それも後日話そう。まだ私達も調査している最中なんだ」

 

 明日香は小さく頷き、目線を落とした。その様子を見て、章吾は近くの椅子を引き寄せて座り直した。

 

「……誠司の心の闇が、気になるかい?」

「えっ……」

 

 明日香が顔を上げると、章吾の瞳には真剣な光が宿っていた。

 

「君が誠司と共にセイバーになってロストを救出するようになってからだいぶ経つ。今後の為にも明日香、君に隠し事をするのは違うと私は考える」

 

 明日香の心臓が再び早鐘を打ち始めた。しかし今度は恐怖ではなく、真実を知ることへの緊張だった。

 

「それは、私が聞いても良いんですか?」

「君に聞く覚悟があるなら信用して話そう。誠司には、私から説明する」

 

 章吾の言葉を聞いて、明日香は考えた。知らないでいることの不安と、知ることで背負う重さを天秤にかけた。少ししてから、彼女はこくりと頷いた。

 

 章吾は言葉を選ぶように話し出した。

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