第九話【風と刃の援軍】(一)
しばらく私生活が多忙になるので執筆は26日以降になりそうです。
頭の中でプロット練りながら過ごすので書く時間はそこまでかからないとは思いますが、少々お時間頂きます。
ソシャゲのノルマも一応追いつきました。イベントも26日までなのでそっちも頑張ります。
薄紫の煙が立ち込める異空間、床と天井の境界が曖昧で、遠近感が狂っているようだ。
煙は絶えず渦を巻き、時には人影のような形を作り出す。 足音は時として何度も木霊し、時として完全に吸い込まれて無音となる。
どこからか微かなざわめきが聞こえるが、風の音か誰かの囁きかは判別できない。
外から戻った青年がその空間の中を歩き進めると、眼鏡をかけた短髪の男性が気付き顔を上げる。
「ご苦労さまです、ディオ。例の器の様子はどうでしたか?」
「まあ効いたとは思うぜ。しかしまあ、こんなに情報をべらべら話しちゃって良かったんか?」
青年、ディオの言葉を聞いた男性が眼鏡を直しながら問いに答える。
「あの方のお考えですからね。器をじっくり育てるのに必要だとか。まあ、あの程度の情報を知った所で何も出来ないでしょう」
余裕そうな素振りから、情報を知られた事はそこまで打撃ではない事を暗に言ってるようだ。
その二人の会話を少し離れた所で、一人の女性が階段に腰を下ろし聞いていることにディオは気付き、女性の元へ向かい声をかけた。
「なんだ? お前も混ざりてえのか」
「誰があんた達に混ざりたいですって? 誤解しないでちょうだい。随分まどろっこしい事をやってるのねと思っただけよ」
女性は足を組んでほおずえをつきながら興味無さそうに呟く。
「さっさとここに連れてきちゃえば良いのに、なんでここまで時間をかけるのかあたしには理解できないわ」
「スカーレット、貴女もあの方のお考えを否定するのですか?」
「そんなんじゃないわよ。グラサイトは頭が堅すぎ。意見が違うだけで全てを否定するとか、頭おかしいんじゃないの。あの方の考えはあたしには理解出来ないけど、この素敵な身体をくれたことには感謝してるんだから」
眼鏡の男性、グラサイトに軽蔑の目を向けながら女性、スカーレットは腕を伸ばしうっそりとした目で自身の腕を眺めながらその場を離れた。
グラサイトはやれやれと溜息をつき周りを見渡し、大きな鏡の所へ向かう。
「リリカ、器の様子はどうです?」
「まあ、普通といった所ですね」
リリカはグラサイトを見向きもせず、綺麗な装飾の鏡を見ながら答える。
グラサイトが隣から覗き込むと、そこには疲弊して肩で息をしている明日香の姿が写っていた。
* * *
明日香は混乱している頭をどうにか使いながら思考を巡らせる。
ロストの攻撃方法はガトリングによる銃弾で、明日香の弓矢と同じ飛び道具なので相性は良くない。
ロストが攻撃するよりも早く手足を矢で塞ぎ、ニードルに狙いを定める。これしか方法は無いという結論に至った。
ロストの正体が誠司かもという考えは今は置いておこう。それよりも重要なのはロストの救助だ。
生ぬるい風が頬を撫でていく。ロストの攻撃を避けながら給水タンクの影に身を潜めていた明日香は、弓を構えながらロストの気配を探る。
ロストの動きを予測しながら明日香は給水タンクから飛び出し、即座に弦を引き、狙いを定める。 ロストの右腕が瞬時に変形し、回転する銃身が現れた。
ガトリングガンの咆哮が屋上に響き渡る。明日香は横に転がり、コンクリートの破片が顔をかすめていく中、立て続けに矢を放つ。
一本目はロストの頬をかすめ、二本目は左肩に浅く突き刺さった。だがロストは怯まず、今度は左腕もガトリングに変形させた。
両腕からの十字砲火。明日香は屋上出入口の陰に身を隠し、弾丸がコンクリートを叩く激しい音に耐えた。
砲撃が一瞬止んだ隙を突いて身を乗り出し、渾身の力で矢を放つ。
光の矢は空気を切り裂き、敵の右腕の関節部分に深く突き刺さった。機械的な駆動音が止まり、右腕のガトリングが沈黙する。
「よしっ! これなら……」
明日香はもう一度弓を引き、今度は左腕を狙った。しかしロストも同じことを考えていたのか、矢が放たれると同時に、左腕がガトリングの形状へと変化する。
銃身が回転を始めた瞬間、明日香は大きく跳躍した。空中で身を捻り、弾丸の軌道から逃れようとする。
だが空中では身動きが取れない。 ロストの銃口が明日香を追い、連射が始まった。
弾丸は貫通しなかったがその衝撃は凄まじく、弾丸が直撃した肩にまるでハンマーで殴られたような鈍い痛みを残していく。
バランスを崩した明日香は、コンクリートの屋上に背中から叩きつけられた。肺から空気が押し出され、一瞬息が詰まる。
肩を押さえながら必死に身を起こそうとした時、ロストの左腕がまた別の形へと変化した。 巨大なスライムのような形状になり、それが明日香の胸を捉え、背後の壁へと押し付けた。
「がはっ…!」
背中がコンクリートの壁に激突し、全身に鈍い痛みが走った。腕の圧力で呼吸が困難になる中、明日香は必死に弓を握りしめていた。
壁に縫い付けられたように身動きが取れない。 後頭部も一緒に叩きつけられ意識が朦朧とする中、明日香はのろのろと顔を上げロストへ視線を向ける。
ロストの冷たい目と目が合い、その目の奥に誠司の面影が僅かに映った気がした。
明日香は握力が抜け弓を落としたが、おもむろに両手を動かしロストの腕を掴む。
冷たい金属質の硬い感触を手のひらで感じ取り、冷たい悲しみや憎しみ、寂しさが伝わってくる気がした。
「だい、じょ……ぶ……だ、よ……」
気付けば口が開き、言葉が勝手に出ていた。
このロストが誠司だと確定した訳でもないのに、明日香は誠司に話しかけるように語りかける。
「せい、じ……は……ひと、りじゃ……ない…………わた、したち、が……いる……から……っ」
呼吸もままならないながらも明日香は必死に言葉を紡ぐ。それをロストが聞いたのか、誠司が聞いたのかは分からない。
視界が暗くなりかけたその時、銀色に鈍く光る何かが振り下ろされ、ロストの腕が切り落とされた。
明日香を壁に縫い付けていた腕は崩れ、ロストが野太い声をあげる。
押さえつけられていた明日香はそのまま力なく崩れ落ちげほげほと咳き込む。
喉の奥から鉄の味がこみ上げ肩で息をしながらのろのろと視線をあげると、刀を持った少年が正面に立っていた。
「下がってろ」
見た目は明日香や誠司と同じくらいか、少し上だろうか。 圧倒的存在感を放ちロストと対峙する少年が後ろの明日香を一瞥し一言だけそう言うと、刀を構えてロストに向かって行った。




