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第七話【波間の静けさ】(一)

ここ最近夏バテ気味なのか体調が優れなくて筆が進みませんでした。

まだまだ暑い日が続きますので、皆さんお身体に気を付けてお過ごし下さい。

 梅雨が明けたばかりの七月初旬、まだ夏の暑さに慣れない街に、容赦ない陽射しが降り注いでいる。

 朝の会が始まる前の小学四年生の教室は、朝自習をしているものの先生の目がないので少しだけ賑やかだった。

 

 やれ昨日のアニメがどうだとか、新しく配信された動画チャンネルがどうだとか、隣のクラスの男の子がどうだとか、各々の話題で盛り上がる中、沙夜も例外ではない。

 

「沙夜ちゃん、昨日図書室行ったら解決ディンゴの最新巻入ってたよ」

「ほんとに!? 他の人に借りられる前に図書室行かなきゃ。そういえばシークレットIDの最新巻、昨日返しに来た人いたみたいだよ」

「え、それほんと? 私ずっと読むの待ってたんだよ。昼休み一緒に借りに行こう」

 

 沙夜は前の席の友人と少しだけ声の音量に気を付けながら会話をしていると、ふと友人が沙夜の隣の空いている席を見る。

 

「……そういえばこの席、どうしたんだろう? 昨日まで沙夜ちゃんの隣、席なんて無かったよね?」

「うん、今日学校来た時にはもうあったよ。誰か来るのかなあ?」

「誰かって、もうすぐ夏休みだよ?」

 

 二人揃って首を傾げていると、朝のチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。

 

「はーい席に着いて朝の会やるよー。今日の日直さん誰かなー?」

 

 先生の声に今日の日直が手を挙げ、全員揃って先生に挨拶をする。それに先生が答えると、先生が教卓に立って話し出した。

 

「えー突然ですが、今日からこのクラスに転校生が来ます。皆仲良くしてね」

 

 担任の先生の言葉に、クラス全体がざわざわと騒ぎ出す。どんな子が来るのかというのもそうだが、この時期に転校生というのも珍しい事だった。

 

「え、ほんとに来るの? もうすぐ夏休みが始まるこんな時期に?」

「分からないけど、何か事情があったのかな?」

 

 後ろを振り向いた友人と二人揃って首を傾げていると、前の扉が開き、一人の少女が入ってきた。

 教卓の隣に立ち、先生が黒板に転校生の名前を書いていく。"柊 紅葉"という文字が黒板に浮かび上がった。

 

「ちょっと中途半端な時期だけど、今日からこのクラスの仲間になる柊紅葉ひいらぎ・もみじさんです。皆、仲良くしてね」

 

 先生の声を合図に、少女が口を開いた。

 

「柊紅葉です。これからよろしくお願いします」

 

 自己紹介を聞いてクラス全員が拍手をし、先生が再び話し出す。

 

「そしたら柊さんは、後ろの空いてる席に座ってくれるかな。あの子、白崎さんの隣だよ」

 

 先生が沙夜の隣を指差し、紅葉が沙夜の隣にランドセルを置いて座る。

 

「よろしくね」

「こちらこそよろしく。白崎沙夜だよ」

「白崎さん、柊さんはまだ教科書を持ってないから、今日だけ見せてくれるかな?」

「はい、分かりました!」

「はーい、ではこれで朝の会は終わりまーす」

 

 先生の言葉の直後予鈴が鳴り、一同は授業の準備に取り掛かった。


 

 休み時間になり沙夜と友人が会話をしていると、紅葉が話しかけてきた。

 

「ねえ気になったんだけど、白崎さんってお父さんいないの?」

「え……どうして?」

「だってほら、あそこの絵」

 

 紅葉が指さした先には、父の日に描いた家族の絵が飾られていた。

 クラスメイトの父親の個性的な絵が沢山並んでいる中、沙夜の名前の書かれた絵にはセーラー服を着た二つ結びの女の子の絵が描かれていた。父がおらず、母との繋がりも薄い沙夜に、先生が特別に姉の明日香の顔を描くことを許可したのだ。

 

「お母さんって顔でもないよね。誰の顔を描いたの?」

「えっと……」

「ちょっとやめなよ。転校してきて知らないのは分かるけど、誰にだって人には言えない事の一つや二つあるんだから」

 

 紅葉の追求を沙夜の代わりに友人が制すると、紅葉は特に気分を害した様子もなく、それ以上沙夜に聞くのをやめた。

 

「私は別に……白崎さんも私と同じなのかなって思っただけなんだけど」

「え、同じって……?」

 

 今度は沙夜が紅葉に聞くと、紅葉は特に気にした様子も見せずに話し出す。

 

「うちも親が離婚したの。私はお母さんに引き取られたから、お父さんがいないんだ」

「あ、そうだったんだ……なんかごめん、言わせちゃったみたいで」

 

 友人が謝罪を口にするが、紅葉は気にした素振りも見せずそのまま話し続ける。

 

「ううん、私は気にしてないよ。元々夫婦仲悪かったし、お互い離れた方が良かったと思ってるし。白崎さんの所も離婚?」

「あ、えっと……私の所はお父さんが病気で亡くなっちゃって、私がもっと小さい時なんだけど、それでお母さんも病気になっちゃって……だからお姉ちゃんが沙夜のご飯とか作ってくれるんだ」

 

 沙夜の言葉に紅葉はあーっと納得したような声を上げる。

 

「じゃああの絵、お姉さんの顔だったんだ。白崎さん、お姉さんの事が大好きなんだね」

 

 いいなぁと呟く紅葉の顔からは、羨ましさが滲んでいた。

 

「沙夜ちゃん、お姉ちゃんの話沢山するもんね。私も一人っ子だから羨ましく思っちゃうの」

「えへへ……沙夜もお姉ちゃん大好きだから、そう言われると嬉しい」

 

 沙夜も二人の笑顔につられて笑みを浮かべる。

 今日初めて会った紅葉だが、境遇が少し似ているのもあって、沙夜は少し距離が近くなった気がした。


* * *

 

 午後の太陽が少し西に傾いた頃、そろそろ沙夜が帰ってくる時間だと明日香が校門の近くで待っていると、沙夜が見知らぬ少女と学校から出てくるのが見えた。

 沙夜はすぐ明日香に気付き、手を振って向かってくる。

 

「ただいまお姉ちゃん! もう家に帰ったの?」

   

 今朝学校に向かった時には持っていなかった大きめのリュックサックを背負った明日香を見て、沙夜は首を傾げる。

 

「うん、今テスト期間で学校は午前で終わるから。そっちの子は?」

 

 明日香が沙夜の隣の少女を見ると、沙夜はにっこり笑いながら紹介する。

 

「柊紅葉ちゃん、今日からうちのクラスに転入してきたの。友達になったんだ」

「そうなんだ。初めまして、沙夜の姉です。沙夜と仲良くしてくれてありがとう」

「こちらこそ、沙夜ちゃんと仲良くなれて嬉しいです。じゃあ沙夜ちゃん、また明日」

「うん、またね」

 

 紅葉が手を振って横断歩道を渡っていくのを見送ると、沙夜は明日香と手を繋ぐ。

 

「この荷物、どうしたの? もう新しい家に行くの?」

「うん、他の荷物はお昼に飛渡さんと協力して運んだから、あとはこれだけ。沙夜の荷物も運んであるよ」

「そっか、分かった。そしたら早く行こ! 新しいお家、沙夜楽しみだなー」

 

 沙夜はそのまま明日香の手を引いて歩き出した。

 今日から章吾が用意してくれたDSI所有のマンションでの生活が始まる。

 麻美の退院の目処が立つまでの短い間だが、少しでも大人の目が届きやすい場所で生活した方が良いという章吾の配慮だ。

 

 学校から少し距離があるので以前より不便なのだが、沙夜は不満を出すことなく柔軟に対応している。

 明日香はそんな沙夜の心境を想像して少し心を痛めながらも、聞き分けの良い沙夜に感謝していた。

 

 章吾から受け取った鍵を回して中に入ると、そこにはいくつかのダンボールがあるが、家具付きの部屋なので大掛かりな片付けは少ない。  

 一先ず必要な物だけでも使いやすい場所に置こうと沙夜と一緒に片付けをして小一時間が経過した頃、不意にインターホンが鳴る。

 

 モニターを確認すると誠司の顔が映ったので、そのままドアを開けた。

 

「よお、片付けはどうだ?」

「うん、そろそろ終わるかな。それよりどうしたの?」

「いや、父さんがうちで夕飯食べないかって。それで迎えに来た」

 

 中に入ってドアを閉めた誠司がそう言うと、明日香は目を丸くする。

 

「え……でも、昼間荷物運び手伝って貰ったのに、夕飯までお世話になるなんて」

「だからだよ。どーせ今日は片付けに追われてるからコンビニ弁当でも買うつもりだったんだろ? だったらうちで夕飯食べる方がコスパ的に良いだろって」

「でも、そんな急に行ったら迷惑なんじゃ」

「そんな事ねえって。むしろ母さん、明日香達が来るの楽しみにして今夕飯作ってんだ。帰りは父さんが送るって言ってたし」

 

 誠司がそう言うと、奥から沙夜が出てきた。誠司の話が聞こえていたのか、目を輝かせている。

 

「おばちゃんのご飯、また食べれるの!?」

「ああ。だからちゃっちゃと片付け終わらせて行こうぜ」

「やったー! そしたら誠司兄ちゃんこっち来て!」

 

 沙夜はにこにこしながら誠司の手を引いて中に連れて行く。明日香は戸惑いながらも、沙夜が喜んでいるなら良いかと思い、二人の後を追った。

沙夜がお友達と話してる本のタイトルは、小学生に人気のある有名な児童書のオマージュです。

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