歯を磨いただけなのに
休日の夜。
叔母さんの作る晩御飯を今日もたらふく食べ、 風呂と歯磨きを済ませた俺はバスローブを羽織ってベッドに座り、ハリーポッターの小説を読んでいた。
弟のヒロは風呂から上がって自分のベッドで横向きになり、スマホをいじっている。
数分経つとヒロの首がカクンカクンと上下するのが見え、読んでいた小説を脇に置いて今にも寝息を立てそうな弟に声をかけた。
「ヒロ、眠いんだろ。」
「んん〜」
「もう寝そうじゃないか。歯磨きは済ませたのか?」
「……………まだ。」
俺に尻を向けたまま、もにゃもにゃと返事をした。
歯を磨いてない状態で寝させる訳にはいかない為、下に行ってヒロの歯ブラシを取ってきてやる事にする。
そういえばヒロが5歳ぐらいの頃に、俺がヒロの歯を磨いてやった事があったな。
そんな事を考えながらヒロの歯ブラシを手に取り階段を登って部屋に戻った頃にはヒロは睡魔に片足を掴まれていて、 あと5分ほっとけば完全に睡魔に捕らえられるであろう。
「まだ寝るなよ。ほらヒロ、こっちおいで。」
「何?」
「歯磨きだよ。」
ヒロのベッドに座り、胡座をかいてヒロの頭を撫でる。
ヒロはダルそうな顔をしながらも寝返りをうって俺の太腿の間に収まった。
「痛くしないでよ。」
「任せろ。」
生意気な口調なのに素直に口を開ける姿に思わず吹き出すとジト目で睨まれた。
機嫌を損ねると口を閉じて寝られるかもしれないから早めに始めるとしよう。
軽い力で奥歯からそっと磨いていく。
左上の奥歯、前歯、右上の奥歯。もちろん裏側も。
前歯の隙間が何だか可愛くて、くすぐるように何度か歯ブラシを当てた。
「……兄さん、そこもういいよ。」
「あぁごめん。痛い?」
歯ブラシを抜いて確認をする。
「むしろくすぐったいよ。」
「お前が痛くするなって言うから気を遣ったまでだぞ。第一、中学生にもなって兄に歯磨きしてもらうってお前なぁ……」
「僕からやってってお願いしたんじゃないよ! それにさぁ……!」
まだ文句が続きそうだったから、そのよく動く口に歯ブラシを突っ込んだ。
そしてさっきより少し早く動かしてみる。
「ん゛んっ!!」
もがくヒロの口内を好き勝手に蹂躙する。
上の歯は磨き終わったから今度は下だな。
静かになったヒロの顔をのぞいたら、ツンと反らされた。
「ごめん、怒ったか? なぁ、悪かった。ふざけすぎたよ。」
ちらりと一瞥くれるだけで応答なし。
その態度にむっとした俺は歯ブラシを優しく握り直し、ヒロの歯と歯茎の境界を幾度かなぞった。
すると、ヒロの頭が震えたように感じた。これは効いてるな。
だんだん面白くなってきて、いたずらのように上顎も軽く撫でる。
「ひょっと! にいひゃんさっきからなんか変!」
とうとうヒロが俺の目を見て抗議するが、もう止められない。だって本当に楽しいんだ。
普段は生意気な言葉ばかり吐く口を俺が荒らしてると思うと無性に気分がいい。
今度は舌の付け根を何周かくるくると甚振ってみる。
プルプルした喉の奥が見え隠れした。
「やめて、にいひゃん……!」
「まだ終わってないからだぁめ。」
魔女のような意地悪い笑顔を浮かべて静止の意を却下する。
ヒロは息を乱して顔を赤く染めており、潤った舌は蛇のようにヌラヌラ動いている。
「にいひゃん、やっぱひぇんだよ。」
変だよと言いたいのだろう弟の目が正気に戻させた。
自分の思考が傾いてはいけない方向に傾いている事に気付き、 歯ブラシをヒロの口内から抜き取った。
「終わったの?」
「ああ、終わりだ。ゆすいでおいで。」
まだまだ子供体温な体がゆっくりと離れる。 起き上がったヒロの口周辺をティッシュで拭い、歯ブラシを手渡して階下に降りるヒロを見送った。
「……ふぅ、どうしたものかなぁ……」
ヒロの姿が見えなくなるまで保っていた笑みは消え、疲労感にあふれる顔で呟いた。
まさか俺がヒロに、実の弟相手に衝動にかられるなんて……!!
熱を持ち始めた段階で切り上げたからヒロには気付かれていないだろうが、ショックなものはショックだ。
もしそれがバレたらヒロは吐いてしまうだろうし、叔母さんはどう思うか分かったものじゃない。
子供の時はこんな気持ちにならなかったのになぁ……。
これからどう接すればいい……と額に手を当てて考えているとヒロが階段を登る音が聞こえてきた。
「何してるの? 兄さん」
「何でもないよ。よし、寝るぞ!」
「えっ!? わぁあ!!」
ヒロに歩み寄って勢いよく両脇に手を突っ込んで抱き上げると、そのままの勢いでヒロをベッドへ放り投げた。
「何するのさ! 急に人を投げるなんて!!」
「ヒロ、どおどお。」
「僕は馬じゃないから!」
まったく、歯磨きひとつだけでもじっとしてられないんだから本当に困った男だな。
俺達はやっとベッドへ潜ったが、この夜俺は一睡も出来なかった。