06.オタクの異変
「おはようございまーす。あれ、王子なんか今日イケメン」
生まれてきてくれてありがとう。
美しいものはとりあえず拝むオタク。
「うん。呪いが解けたみたいなんだよ。君のおかげだ。ありがとう」
イシスの合掌はスルーして、ブライトが言う。
「わたし何もしてないですけど…でも役に立ったとおっしゃるなら良かったです」
椅子に腰掛けながらイシスが答える。
(ブライト様の呪いが解けたということは…)
朝食の席のイシスは、いつもより少し静かだった。
*****
二人で過ごすことがあまりに自然になり過ぎていてお互い気づかないフリをしていたが、ブライトの呪いが解けたということは二人の別れを意味していた。
しかし、もはやブライトはイシスを手放すつもりなど毛頭ない。
これまで接してきた様々な女性とは勝手が違いすぎていて、ブライトはイシスの気持ちを測りかねていた。
しかし、自分のことを憎からず思ってくれているとは思うが、友愛の域を出ないような気がしている。
イシスに今、愛を告げたところで戸惑わせるだけだろう。
「考えたんだけどね。僕の呪いは解けたけどイシスの方はまだ中身も分かっていない。
ここまでお世話になっておいて、自分だけ解決したら君を放り出すというのはやはり出来ない」
(は〜優しい方だ〜自分の呪いは解けたのに私なんかの呪いにまで気を配ってくれて。)
ただ、イシスは元々呪われたことにも気づかなかったくらいなので実害は無いと思う。
本当は王子の呪いを解くなんて厄介ごとから解放されて、これでおしまいでいい。
“お気遣いありがとうございます。でも私のことはお気になさらず王城にお戻りくださいませ。では実家に帰ります”
って言って、笑顔で握手すればいいのよ。
「お気遣いありがとうございます…………」
(あ、れ…?その先が言えない?)
声に出そうとすると喉が詰まったようになる。
思ったことはすべて言葉に出るイシスが、戸惑いながら喉を押さえた。
不安そうな顔でブライトがイシスを見つめている。
それを見て何故かイシスの胸はシクリと痛んだ。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えてもう少しだけお世話になります……」
何とか声に出せた言葉をブライトに伝えると、安心したように微笑んだ。
*****
とりあえずの猶予期間を獲得したブライトは、まずは物理的距離を詰めることから始めた。
朝食を並べ終えた使用人達が退室したのを見計らって、ブライトは立ち上がりイシスの側に寄った。
「ねえ。僕の瞳の色は呪われてた時と変わってる?髪の色は直接自分で見えるんだけど、瞳は鏡越しだとよく分からなくて。ちょっと見てみてくれるかな」
そう言って首を傾げながらイシスの顔を覗き込む。
イシスはイケメンには興味が無いようだが、それでも接近戦には弱いと確信していた。
(ブライト様?近いです!)
狙い通りイシスが珍しく慌てた様子を見せる。
しかし、イシスは覚悟を決めてブライトの後頭部を両手でワシッと掴んで固定し、しっかりとその瞳を観察する。
「いえ、どこまでも澄み切った空色の美しい瞳のままです」
イシスの瞳は羞恥からか潤んでいる。
ブライトにも効いた。諸刃の剣だった。
(い、いや、しかし、あのイシスが動揺しているんだから、一歩前進だ)