05.王子、目覚める
ブライト王子が呪われたのは、公爵邸で夜会が開かれた日の夜だった。
後日、正規の招待客と実際の出席者に一人ズレがあることが判明した。
厳しい警備状況を考えると、魔女が紛れ込んでいたと判断するのが妥当だろう。
短期間に再び姿を現す可能性は低いが、他に有力な手がかりも無いことから、条件が合う夜会を選んでは二人で出席しているのだった。
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ブライトが主催者夫妻に挨拶している間、イシスは一人で会場の人々を眺めるなどしていた。
ブライトには一緒に行こうと誘われたが、気後れするばかりなのでそれは断わった。
本来的には陰のオタクなので、壁の花である。
そこに、キラキラした王子風の青年がやって来た。
「第三王子と随分仲良くしてるみたいだね」
「はい。仲良くしてます。契約なので」
「ふふふ。そういう取り繕わないところがいいのかな。
弟は誰とでも上手くやれるけど、その分本音を言わないからね」
王子のお兄さんというと本物の王子。
王太子はさっき壇上で挨拶していたから違う。となると第二王子のオズワルト様で決まりだ。
「そうですね。でも表情に出ますよね。オズワルト様もそのようで」
オズワルト王子は怪訝な顔をする。
「パートナーの女性にすごく気を使っておられますよね?」
「うん?」
「距離を縮め過ぎないよう、絶妙にコントロールされてましたよね。
お相手の女性は圧が強そうなのに、闘牛士も驚く華麗なスルーでした」
王子はオタクのアク強めの例えにも動じない。
そのオズワルト王子自身には王位への野心など無いのだが、結婚相手によっては王太子と第二王子とのパワーバランスが崩れ、内紛に繋がりかねない。
今日の彼女は婚約者候補の一人で、最近かなり力をつけてきている侯爵家の娘だ。
無用な争いを避けるため、彼女は選ばないと内心決めていたのは事実だが、それをまだ誰にも悟らせていない自信はあった。
「私は地方零細貴族の出で、利害関係も無いからこそ見えるものもあります。
気を遣っていただく必要もないので、ブライト様もその辺の石と同様気楽に思っておられるのでは」
そう言ってイシスは含みのない笑顔を見せた。
「…なるほど。いいなあ。
僕も呪いをかけてもらえば良かったな」
(僕ら王室の人間は自分の感情のままに振る舞うのは難しいから…)
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ブライトがちょっと席を外した隙に、イシスは兄王子と楽しそうに話していた。
(イシスはイケメンには興味ない筈だから大丈夫だ…)
ブライトは自分に言い聞かせる。
そこに兄王子がやって来た。
「ブライトが夜会に来るのは久しぶりだね」
「魔女が紛れ込むかも知れませんから。しかし不審な者はいないようなので、もう少ししたら帰ります」
「ふーん。にしては楽しそうにしてたね。あの子、イシスちゃんって言ったっけ?すごくいいねえ。側にいてくれたら楽しいだろうなあ」
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「もう帰るんですか?」
兄王子がイシスに接近するかと思うと気が気でなく、あの後二人はすぐに公爵邸を後にした。
普段は馬車で会話をしながら帰るはずだが、今夜は珍しくブライトが何かを考え込んでいる。
(ああ、やっぱり夜会なんて来るんじゃなかった。兄様は顔もイケメンだか、それ以上に、優しくて振る舞いもスマートで、中身も最高なんだ!)
屋敷に戻り、イシスを部屋に送った後も、ブライトは中々考えがまとまらなかった。
(どうしてこんなに焦っているんだろう。今までなら夜会に出てパートナーとのその場限りのやり取りを楽しんで、それで楽しくやっていたはずだ)
(もっと僕のことを見て欲しい。考えて欲しい。僕のことだけを見て欲しい。
──ああ僕は、イシスのことが好きなんだな…)
そのとき、ブライトが突如七色の光を放ち、やがてその光が消える頃には花の顔がこの世界に再び戻ってきた。
───が、本人は意に介さず、イシスとの今後に思いを巡らせていた。