03.呪いを解くのはもちろん真実の愛!
イシスの場合、引きこもりは目的ではない。
あ、オタクの名前はイシスと言う。
そのイシスだが、好きな作品を愛でていたら外出する時間が無かっただけだ。引きこもりは結果だ。
ともあれオンディーヌ先生の直筆サインをゲットすべく、イシスは光の速さで王都に居を移した。
そもそも王都の方が情報収集などには圧倒的有利なのだが、イシスの実家はタウンハウスを所有しておらず活動拠点が確保できなかったのだった。
呪いを解くカギをみつけるために、イシスはブライトの城に滞在することとなった。
王都の外れの、小ぶりだが瀟洒なその城には少ないが使用人もおり、生活レベルは実家にいるより格段に上がりそうだ。
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城に到着した翌日、イシスとブライトは応接間で向かい合い、今後のことについて話し合っていた。
「呪いを解くのは真実の愛に決まってるじゃないですか。私なんかに構ってないで、愛を探しに行った方がいいですよ」
サイン目当てで上京したものの、面倒くさいことになるべく関わりたくないイシスは、ブライトを諭すように微笑む。
「適当なことを言うな。そんなもので呪いが解ける訳無いだろう」
「すでにお試しになったのですか?真実の愛。
あなたは、心から、誰かを、愛したことが、あるのですか?」
応接間のソファに座っているはずなのに、ブライトには、壁まで追い詰められ顔の両側にイシスの手がドンと叩きつけられている情景が浮かんだ。
「ぐっ」
稀代のモテ男、女性に不自由はしていなかったが、心から愛した女性はいない。
「君はどうなんだっ。そんな相手がいるのかっ」
イシスはため息をつく。
「輝く帝国の太陽、ブライト王子殿下。論点をすり替えないでください。あなたの呪いを解くのがこのプロジェクトの目的です」
(うちは王国であり、帝国ではないがそれは今回はスルーだ。)
「そもそも本当に私に呪いなどかかっているのですか?」
イシスの方は、いつ呪いにかけられたのかすら分からない。
態勢を持ち直したブライトが答える。
「魔法士は呪いの内容までは分からないと言っていたが、呪い自体は間違いないだろう。心当たりは?」
「まったくないですね」
(自分が呪われているのに気づかないとは、何という鈍感力!)
目の前にいる人間の鈍さに驚くが、しかしその気になれば、王室育ちに本音を隠すなど造作ないこと。
爽やかに話題を切り替える。
「では改めて君のことを聞かせてくれるかな」
イシスのことはあらかじめ調べているが、一次情報に当たるのは調査の基本。
その容貌と柔らかな物腰から理解されにくかったが、ブライトは有能な文官でもあるのだ。
地方貴族の娘で、その領地で育ったこと。
王都の学園に通い卒業後、帰郷し、今に至ること。
婚約者などはおらず、親の領地管理の仕事を手伝いながら過ごしていること。
特に変わった出来事は起きていない。
そんな話をイシスはつらつらとした。
だが、興が乗ってきたオタク、だんだん口が滑らかになる。
「学園生活はすごく楽しくて、卒業後、王都から発つときに王城の方向にオーロラを見たのもいい思い出です。
王城がライトアップされてるみたいで最高でしたよ」
それだ…
とりあえずイシスがいつ呪われたのかは、たぶん分かった。
あとはイシスの呪いの内容と、解呪法だ。