表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

イタチの短編小説

原因の花

作者: 板近 代

 カッコウは雛であった頃の記憶を持たぬ鳥なのであろう。もし、仮に、記憶があるのだとしたら、申し訳なくて、申し訳なくて、空など飛べぬであろうから。


「さて、クイズだ。この世で最も残酷な人間とは、どんな人間だろうか。ああ、最もという条件は外そう。話が難しくなる。それなりに残酷であればいい」

「あら、今日は難易度を下げてくれるのね」

「私はソクラテスではないからね」

「哲学者のことソクラテスって言うのやめなよ」


 西向きのテラスで黒バラのような女が、リンドウの花のような少女と話していた。


「それで、残酷な人間は思いついたかい?」

「昨日、寝る前にあなたが言っていたわ。純粋さは時として人の居場所を奪う。そこにつながる話かしら?」

「いいや。あれは別の話だ。それに純粋さが奪うのは、他人(ひと)ではなく自分の居場所だ」

「自分だって人だわ」


 自信満々といった顔でそう言い放った淡い唇は、薄紫色で寒々しい。


「まあ、そうだが……」

「つまり、昨日の話はヒントではないのね? 今のクイズとは関係ないのね?」

「ヒントから探そうとするのは、おまえの悪い癖だ」

「だって私、頭が悪いもの」


 リンドウのような少女は、風に揺られる花のような顔をした。


「問題を変えようか」


 黒バラの女が、リンドウの少女の頭を撫でる。


「変えなくていいの」


 風が吹き、少女の頬を乾かす。肌が傷まないようにと、女は頬を伝う涙を指でぬぐい取った。


「まったく、おまえはすぐ泣く」

「泣かないと、壊れてしまうとあなたが言ったわ」

「そうか、言ったかもしれないな」

「断言してほしかったのに」


 少女は顔おさえて、わんわんと泣き出した。女は考える。一度の過ちで壊れていく心と、過ちを重ねても壊れない心と、どちらが人間らしいのかと。


「こら、なにをする」


 少女が突如走り出し、庭に生えていたスズランの花をむしり女に投げつけたのだ。


「花を、ちぎってしまったわ」

「大丈夫だ、スズランはそのくらいでは枯れはしない」

「私はどうしたらいいの!」


 少女は大きな声でそう言って、土を握るとぐっと握りつぶす。土の中で眠っていた甲虫がギチと音を立てて静かに死んだ。


「おまえは……ああ、そうか」


 強い風が吹いて、スズランの花が揺れた。女は思い出す、少女がもうこの世にいないことを。


「そうか。そうだったな」


 スズランの花は咲き揃い、誰にもむしられていない。テラスにはテーブルがあって、白い椅子が二つある。


「おまえは、私がすぐに来てくれることを望むだろうか。それとも、私が行ったら私のせいだと泣くのだろうか」


 なりふり構わず、愛せばよかった。そうすればこのクイズの答えもわかったかもしれないのに。


「おまえは、幾度、幾度、私が悲しむ姿を想像して、幾度、死ぬのをこらえてくれたのだろうか」


 また、少女の命日がやってくる。


「相変わらず私は泣くのが下手だな。おまえのようには、泣けない」


 部屋に入った黒バラのような女は、随分と長い間磨かれていないであろうくすんだ鏡を見て、自分が少女であった頃を思い出す。そして、もう一度庭に出てスズランの花を摘む。花を煎じて、茶をつくろうと思ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] プロフィールをふざけていじってすみませんでした。 イタチさんなのね。 この作品の意図は何か一読では、感じられなかったです。 感覚的にはなんとなくわかるんですがね。
[一言]  面白かったです。  繊細な物語だと思います。最初のカッコウの文章から花の例え、タイトルまで少しバランスが狂うとまとまらない世界観です。  最後の女の少女を想う感情の痛々しさがいいですね。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ