表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡くて苦いピンク  作者: 猫野耳子
21/21

21, スピーチ

 読み始めた原稿は、途中で止められない。こんな時ほど、なぜか口は饒舌に言葉を発していく。手紙の隅からすみまで丁寧に重ねられたお祝いの言葉たちが、さくらの気持ちとは裏腹に、口から出ていく。


「咲桜との出会いは、大学のテニスサークルでした」


「同じ名前だった私たちは、さくらコンビとして、よく二人でペアを組んで試合に出たよね」


「運動神経抜群の咲桜の活躍で、私たちは大会ではじめて優勝することができました」


 会場にいるゲストは、100人弱だろうか。一時は静まり不穏な空気が広がったが、さくらがスピーチを順調に読み始めると、みな食事を再開したり、小さく歓談をはじめた。



 ……ふと、あの時の葵の表情が頭をよぎる。

 

 “さくらはちゃんと愛されて、幸せな家庭を持ってほしいとずっと思ってた”


 私だってそう思ってる。なのに、まるで私が本当には愛されてないと言うような、そんなことを他人から言われるなんて。


 私も落ちたもんだな。


 ライトに照らされたさくらの影は、スッと長く細く、足元に伸びていく。



 心の隅でうずめきだした黒い影は、ざわざわと膨らんで大きくなっていくのを感じる。頭の中では天使と悪魔が熾烈な攻防戦を繰り広げる……。



「根が明るく、器用でなんでも出来てしまう咲桜は、いつも仲間の輪の中心にいるような人でした」


「社会人になっても、頑張り屋の咲桜は会社で評価され、いつもイキイキとした表情で仕事の話をしてくれました」



 そうだ、咲桜は何も悪くない。いつも明るくて優しくて、私を照らしてくれる存在だった。悲しい時は一緒に落ち込み、嬉しい時は二人で大喜びして……。


 走馬灯のように駆け巡る思い出たち。何気ない会話の中でもらった言葉。


 それでも、頭の中の悪魔のささやきは止まらなかった。



「そんな咲桜が出会った運命の彼も、また明るく素直で、素敵な人でした」


「彼と結婚すると聞いたときは、自分のことのように嬉しかったです」



 手紙もあと少し。また鼓動が早くなり、呼吸が浅くなっていく。


 頭に酸素が回らなくなって、ますます不穏な声が響く。



 ーー全部、ぶち壊してしまえ



 すっ……



 さくらは細く鋭く、息を吸った。

 身体は手先から爪先まで、冷え切っていた。



「そんな咲桜に、今日は私の素直な気持ちを伝えたいと思います」


「私たちは名前が同じですが、まるで正反対な二人でした。明るく照らされ、道の真ん中を堂々と歩いてきた咲桜と、その端を歩いてきた私」


「周りの皆は口に出さずとも思っていたはずです、私は咲桜の“引き立て役”だと」



 会場のゲストたちは徐々に雑談を止め、何が始まるんだ?という顔を突き合わせる。

 しんと静かになっていく会場の空気の中で、皆が不安と好奇心があいまった好奇の目をさくらに向ける。



「私は知っています。咲桜が内心私を見下し、自分の人生の引き立て役になってくれる私を憐れみながらも、利用していることを」



 ……ガシャンっ



 咲桜が持っていた食器をテーブルに落とす大きな音が響いた。



 会場がざわざわと淀みはじめ、スタッフの視線が交錯する。



「……ふっ。でも、他人を見下すほどの人生でしょうか?凡人として凡人の家に生まれて、ありふれた幼少期を過ごし、パッとしない大学に入り、二流企業に就職し、結婚。そのうち子供が生まれ、東京近郊に小さな家を買い、多少お金のやりくりに苦労しながら子供を社会に出し……。なんか想像できた人生ですね」


「私は東京に来て、自分とは全く違う世界を生きる人たちを知りました。生まれながらに将来の成功を約束され、世界の上澄みだけを吸って生きる人生」


「あの人たちのキラキラ輝く世界に比べたら、こんな無理に着飾った結婚式もチンケなものに見えてきますね」


「私たち凡人が他人と自分を比べて幸せアピールしたって、所詮泥の中の背比べですよ」



ーーやめさせろ!!!!


ーーもうやめて!!



 親族だろうか?後ろのほうの席から、怒号やら泣き声が聞こえる。

 会場はざわめき、100人ほどのゲストが皆さくらを見ながらあれやこれや言い始める。



 スタッフがさくらを静止しようと動くより早く、咲桜が高砂から駆け下りてきた。

 


「あんた、何してくれんのよ……」



 先に咲桜の手が出て、さくらの髪の毛をひっつかむ。二人は取っ組み合いになる。こんな咲桜の表情は今まで見たことない。花嫁メイクがより怒りに迫力を出しているが、今にも泣きそうでもある。



「なんでこんなことしたのよ」


「正直な気持ちを伝えるって言ったじゃない」


「ただの当てつけじゃない」


「私はただ事実を言っただけ」


「人の結婚式をぶち壊すなんてありえない……!」



 スタッフや近くのテーブルにいたゲストがわらわらと二人の間に仲裁に入った。

 さくらは、大きな男性スタッフに両脇を固められ、会場から退場させられる。


「ぜったい許さないから!!!!あああぁぁぁーーーー……」



 背中越しに、咲桜の叫び声と泣き声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
つらすぎる……(´;ω;`) もうここまできたら、さくらは戻ることなんてできませんよね。 咲桜も葵も、さくらの傍にいた大切なひとたちを自分から切り捨てるようなことをして。 つらいけれど目が離せない展開…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ