21, スピーチ
読み始めた原稿は、途中で止められない。こんな時ほど、なぜか口は饒舌に言葉を発していく。手紙の隅からすみまで丁寧に重ねられたお祝いの言葉たちが、さくらの気持ちとは裏腹に、口から出ていく。
「咲桜との出会いは、大学のテニスサークルでした」
「同じ名前だった私たちは、さくらコンビとして、よく二人でペアを組んで試合に出たよね」
「運動神経抜群の咲桜の活躍で、私たちは大会ではじめて優勝することができました」
会場にいるゲストは、100人弱だろうか。一時は静まり不穏な空気が広がったが、さくらがスピーチを順調に読み始めると、みな食事を再開したり、小さく歓談をはじめた。
……ふと、あの時の葵の表情が頭をよぎる。
“さくらはちゃんと愛されて、幸せな家庭を持ってほしいとずっと思ってた”
私だってそう思ってる。なのに、まるで私が本当には愛されてないと言うような、そんなことを他人から言われるなんて。
私も落ちたもんだな。
ライトに照らされたさくらの影は、スッと長く細く、足元に伸びていく。
心の隅でうずめきだした黒い影は、ざわざわと膨らんで大きくなっていくのを感じる。頭の中では天使と悪魔が熾烈な攻防戦を繰り広げる……。
「根が明るく、器用でなんでも出来てしまう咲桜は、いつも仲間の輪の中心にいるような人でした」
「社会人になっても、頑張り屋の咲桜は会社で評価され、いつもイキイキとした表情で仕事の話をしてくれました」
そうだ、咲桜は何も悪くない。いつも明るくて優しくて、私を照らしてくれる存在だった。悲しい時は一緒に落ち込み、嬉しい時は二人で大喜びして……。
走馬灯のように駆け巡る思い出たち。何気ない会話の中でもらった言葉。
それでも、頭の中の悪魔のささやきは止まらなかった。
「そんな咲桜が出会った運命の彼も、また明るく素直で、素敵な人でした」
「彼と結婚すると聞いたときは、自分のことのように嬉しかったです」
手紙もあと少し。また鼓動が早くなり、呼吸が浅くなっていく。
頭に酸素が回らなくなって、ますます不穏な声が響く。
ーー全部、ぶち壊してしまえ
すっ……
さくらは細く鋭く、息を吸った。
身体は手先から爪先まで、冷え切っていた。
「そんな咲桜に、今日は私の素直な気持ちを伝えたいと思います」
「私たちは名前が同じですが、まるで正反対な二人でした。明るく照らされ、道の真ん中を堂々と歩いてきた咲桜と、その端を歩いてきた私」
「周りの皆は口に出さずとも思っていたはずです、私は咲桜の“引き立て役”だと」
会場のゲストたちは徐々に雑談を止め、何が始まるんだ?という顔を突き合わせる。
しんと静かになっていく会場の空気の中で、皆が不安と好奇心があいまった好奇の目をさくらに向ける。
「私は知っています。咲桜が内心私を見下し、自分の人生の引き立て役になってくれる私を憐れみながらも、利用していることを」
……ガシャンっ
咲桜が持っていた食器をテーブルに落とす大きな音が響いた。
会場がざわざわと淀みはじめ、スタッフの視線が交錯する。
「……ふっ。でも、他人を見下すほどの人生でしょうか?凡人として凡人の家に生まれて、ありふれた幼少期を過ごし、パッとしない大学に入り、二流企業に就職し、結婚。そのうち子供が生まれ、東京近郊に小さな家を買い、多少お金のやりくりに苦労しながら子供を社会に出し……。なんか想像できた人生ですね」
「私は東京に来て、自分とは全く違う世界を生きる人たちを知りました。生まれながらに将来の成功を約束され、世界の上澄みだけを吸って生きる人生」
「あの人たちのキラキラ輝く世界に比べたら、こんな無理に着飾った結婚式もチンケなものに見えてきますね」
「私たち凡人が他人と自分を比べて幸せアピールしたって、所詮泥の中の背比べですよ」
ーーやめさせろ!!!!
ーーもうやめて!!
親族だろうか?後ろのほうの席から、怒号やら泣き声が聞こえる。
会場はざわめき、100人ほどのゲストが皆さくらを見ながらあれやこれや言い始める。
スタッフがさくらを静止しようと動くより早く、咲桜が高砂から駆け下りてきた。
「あんた、何してくれんのよ……」
先に咲桜の手が出て、さくらの髪の毛をひっつかむ。二人は取っ組み合いになる。こんな咲桜の表情は今まで見たことない。花嫁メイクがより怒りに迫力を出しているが、今にも泣きそうでもある。
「なんでこんなことしたのよ」
「正直な気持ちを伝えるって言ったじゃない」
「ただの当てつけじゃない」
「私はただ事実を言っただけ」
「人の結婚式をぶち壊すなんてありえない……!」
スタッフや近くのテーブルにいたゲストがわらわらと二人の間に仲裁に入った。
さくらは、大きな男性スタッフに両脇を固められ、会場から退場させられる。
「ぜったい許さないから!!!!あああぁぁぁーーーー……」
背中越しに、咲桜の叫び声と泣き声が聞こえた。




