92話:イチウの仕事。
「イチウ様、本日の収穫の報告に来ました」
「ああ、ありがとう。どうだった?」
俺の職場兼住居である役所にオイレボさんが本日の収穫の報告に来た。
「漁の人数が減ったので漁獲量は減っています。朝夕合わせて100匹ほど。大型の海洋魚は捕れませんでした」
「100匹と、畑はどうだ?」
「トウモロコシが200本。これが今季最後ですね。それからレタスは50玉、二十日大根が50本、ホウレンソウが100束です」
野菜の収穫が順調にふえている。二十日大根は初めての収穫だが、本当にひと月で収穫できるんだな。トウモロコシは主食になる作物だが、牛と鶏のエサが足りないのでそちらに回すしかないか。トウモロコシの畑はもっと拡張してもよさそうだ。
「牛と鶏の状況は?」
「牛は順調にミルクがとれています。本日も20Lとれていますので、朝夕合わせてお一人500mlは飲んでいただかなくては処分することになりますな」
「取れ過ぎだな・・・」
牛の乳はまったく保存が効かないので、その日に飲めなかった分は捨てるしかなくなる。せっかくの食糧なのに処分するのはもったいないが、今のところ活用方法がない。出産した牝牛から継続的にミルクを取れるのは確か10か月ほどと聞いている。今の牝牛がいつまでミルクが採れるか分からないので、あと4頭いる牝牛のどれか一頭は受胎させる必要があるな。
「牛の健康のためにもチュンチュン様に牧草地を作ってもらうことはできませんか?」
現在は緊急で作った牛舎で牛の飼育は行っているが、このままでは運動不足になり乳が出なくなるかもしれない。たしかに牧草地はほしいが・・・。
「作るだけならわけないだろうが、問題は空から来る魔物だな。果樹園と牛の放牧地が完全に退魔道具の範囲外になる。警護に回せる人員が足りないのだ」
冒険者に警護の依頼をしたいが、一番近場のギルドでもここから4日もかかる東の港町だ。遠征料金もかかるのでとても採算が合わない。せめてこの村にギルドがあればいいのだが・・・。
「鶏は毎日卵を産んでおり、有精卵からはヒナが15羽生まれています。無精卵は食事に回せますがそれほど数は取れません」
「構わない。鶏は数を増やすことを優先してくれ。最低でも100羽のメスがほしいな」
生まれるヒナの約半分はオスだ。そちらは食肉に出来るのでエサの負担を減らす為にも、大人のオスは少し減らした方がいいかもしれない。
「米の乾燥はいつまでかかるかな?」
「おおよそ10日から2週間ですが、あまり時間をかけると運搬の日数が厳しくなりませんか?」
2週間かけると12月の中旬にかかる。そうなると年内に王都までの輸送が厳しくなるが、すずめが輸送は大丈夫と言っていたので2週間かけた方がいいだろう。どうするつもりか聞いてみたが「それは秘密です」と人差し指を立てて教えてくれなかった。間違いがあってはいけないので俺にくらい教えてくれてもいいだろうに・・・。しかし、あの仕草はかわいかったな・・・。は!いかん!つい顔が緩んでしまった。
「うぅん!・・・10日では乾燥が足りず、カビが生えるかもしれない。2週間かけてくれ」
「わかりました。本日の報告は以上です」
「わかった。ご苦労だった。ありがとう」
オイレボさんの口頭での報告を帳簿に書き留める。貴重な紙で出来た帳簿だが、食料の破綻を起こすと村人全員全滅しかねないので惜しげもなく使っている。他にも村人全員の名簿を作り、年齢、性別、病歴、家系図も作成した。小さな村では親近婚が進みかねないのでしっかり管理するためだ。実際アリタイ王国では3親等までの婚姻を禁止しているが、小さな村ではできれば4親等も避けたいのだ。いとこ同士が4親等になるが、そのまた子も4親等の婚姻が続けば血が濃いくなりすぎる。家系図を作ってみて気づいたが、何人か4親等の婚姻が見受けられるのだ。
「外部の血が必要だな。やはり難民の受け入れが必須だ」
「イチウ様、まだ仕事をしているの?」
「ん?ああ・・・レモニアさん、だったか?」
野菜を入れた籠を持った同年代の女性が、役所の前を通り過ぎる時に声をかけてきた。家系図を作るときに一人一人面談をして特徴も記載していたので、多分あっていると思うが?
「もう覚えて下さったんですね!もうすぐ晩御飯なのでそろそろお仕事は終わりにしてくださいね」
「ああ、ありがとう」
この村では夕食は村人全員集まって食べることになっている。すずめが提案して行っているのだが、情報交換の場としては悪くはない。難民を受け入れるととても全員では不可能だが。
それにしても、この村での仕事はやりがいがあるな。人数が少なすぎるので油断するとすぐに破綻しかねない状況だが、水と食料がふんだんにあるので軌道に乗ればあっとゆう間に発展する村だ。気を付けるのは疫病の蔓延と血の問題くらいだ。医者がいないので体調が悪いものは無理やりにでも隔離するしかないが、そこは非難されようが強権を発動してでも遂行させてもらう。例え好き合っている恋人がいても、4親等以内なら心を鬼にして止めなければならない。恨まれるかもしれないが、すずめには出来ないことだろうからな。これは俺の役目だ。
「イチウ様、どうしたんですかそんな怖い顔をして?」
「すずめ!・・・様。本日もお疲れ様でした」
「はぁ・・・イチウ様、無理にわたしのことを様付けで呼ばなくていいですよ?わたしは様付けで呼ばれるような・・・」
「すずめ様は騎士爵です。貴族である自覚を持ってください」
「そうでした・・・はい、すみません・・・」
すずめのことを様付けで呼ぶのは騎士爵だからだけではない。どう考えてもその血筋は王家に連なる者だ。歴史上でもこれほどの魔法使いは存在しない。村の者は「さすが王家の方だ」と言って不思議には思っていないようだが、過去を遡ってもすずめの魔力は突出している。漢字の知識も異常なものだし、べっ甲細工やゴムのこと、そして魔法の才。
すずめはもしかしたら・・・神代の日本人と呼ばれる存在なのではないか?
神の使徒、日本人・・・すずめは・・・「ニンゲン」なのかもしれない。
王都にいた時に聞いた各地の魔物被害は異常なものだった。すずめのいた町の大型の魔物の襲撃から始まり、スンラフ王国からの大量の難民、アチネーベ王国との連絡の途絶。このような異常事態は歴史上はじめてかもしれない。世界中が危機に陥っているのだろうか?
世界の危機が訪れし時、世界はニンゲンの遊戯場となるだろう。
世界の危機はすでに始まっているのかもしれない。それならニンゲンかもしれないすずめはこれから何を成すのだろう?遊戯場とは何を指している?破壊の限りを尽くす遊び場なのか、それとも・・・?
「イチウ様、イチウ様がいてくれているからわたしは村長をやれています。わたしも詳しいことはわかりませんが、イチウ様が毎日収穫や村人たちの体調管理をして帳簿をつけていることは知っています。わたしには魔法を使う事しかできませんが、イチウ様が管理をしっかりしていてくれるおかげで、迷うことなく村を発展させていけるのです。本当にありがとうございます」
なぜだろう。すずめが見ていてくれた。すずめに認められたと思うと目頭が熱くなってくる。初めて会った時は、血筋のおかげで魔法が使えるだけの小娘だとしか思っていなかった。俺の出世のための駒としか思っていなかったのに、今はすずめの役に立ちたいと思っている。
「不思議な娘だな」
「え?なんですか?」
「いや、何でもない」
すずめはサイハテ村の領主くらいに納まる器ではない。この先もっとすごいものを見せてくれそうだ。俺はこの先もすずめの横でその行く末を見てみたい。
「補佐をするのが夢なんて、俺も父の子ということなのかな」




