90話:目指すはサイハテ村!
11月になりました。アサヒナ様を迎えたサイハテ村は平穏な毎日を送っています。乳牛は毎日ミルクを提供してくれますし、鶏も新しくヒナが産まれ順調に数を増やしています。畑の作物はまだ収穫できるまでには至っていませんが、いくつかの作物は小さな実が出来始めています。もうすぐお野菜も食べられるようになりますね。田んぼはすでに水が抜かれ見渡す限りの黄金畑が広がっていて、来週には初の稲刈りの予定です。次回からは外延部の田んぼで稲作を行うので、すでに二期作の準備も完了させています。ここ2ヶ月は田んぼに畑に漁に狩りと、村人総出で目まぐるしい忙しさでしたが、収穫を目の前にしてみなさんの疲れも吹っ飛んだようで目がキラキラしています。
「お米の収穫が終わったらみなさんで収穫祭を行いましょうか?」
「いいんじゃないかな?年貢米を除いてもかなりの収穫が見込めるし、褒美もあった方が村人の活力にもなるだろう」
イチウ様も賛成してくださったので、オイレボさんにみなさんに伝えていただくことにしましょう。子供たちもきっと喜びますね。
先日トモエゴゼン様とお話をした時、無事にべっ甲細工の櫛が届いたと教えていただきました。軽く使いやすくて髪の通りも良いと大層喜ばれたので、わたしも嬉しくなりました。トモエゴゼン様の守る北の国境付近では、ようやく難民の流入も収まり今は落ち着いているそうです。わたしの村でも難民の受け入れができればいいのですが、現在の村人の生活を守るので手一杯で、次回のお米の収穫ができる4ヶ月先までは人口を増やすのは厳しいのです。
[あんたはあんたの村を守ることを第一に考えな。国全体の事を考えるのはバカ義息子の仕事だよ]
「わかりました。この村は何があっても守り抜きます!」
[ああ、それでいい]
トモエゴゼン様の所は変化がないようで何よりですが、わたしの村では少しだけ変化がありました。
「おええええええぇっ!」
「大丈夫かプリステラ!すずめ様!すずめ様ぁ!!」
リステが妊娠しました。先日結婚したキノさんのお母様で、この村最年長の女性であるアナナースさんによると妊娠三ヶ月くらいだそうです。つわりが酷く苦しそうですが、今は安静にしているしかありません。味が薄く栄養のある物があればいいのですが、匂いのあるもので吐き気がするそうで中々食が進みません。入院中は色々な書物も読みましたが、妊娠や育児に関するものはノータッチだったので、普通の子供と知識の程度は同じです。アナナースさんにお願いするしかないのですが、4人の子供を産んで3人の子供の出産にも立ち会っているそうで、「まかせときな!」とお腹をポンと叩いておっしゃってくれたのでお任せすることにしました。
来年には新しい命が誕生するのですね。楽しみです!
【ベニヒ】
「また脱出に失敗したね」
「うっ・・・わ、わたしのせいじゃないわよ!まさか部屋の外に警護の兵がいるなんて思わないじゃない!」
「いや、普通いるでしょ。王女様なんだから」
こいつめ・・・ちょっとお城を抜け出すのがうまいからって姉であるわたしを馬鹿にしてるわね!まだたった2回しか失敗してないんだからわたしは諦めないわよ!一回目は荷造りを侍女に頼んだため、何事かと詰めかけた近衛騎士に取り押さえられ、その反省から二回目は手荷物だけにして夜中に部屋を抜け出すと、扉の前にいた二人の衛兵に見つかった。
「こうなったら意地よ!何としてもお城を抜け出してサイハテ村のすずめ君に会いに行くわ!」
わたしはべっ甲細工の櫛で髪を整えると今夜は大人しく寝ることにしました。夢の中で何かいいアイデアが浮かばないかしらね?
【マルティナ】
「本当に受付嬢を止めてしまうのかね!?」
「ええ、イベントが発生した時のこの町の領主の対応にほとほと愛想が尽きましたので」
わたしの名前はマルティナ。パッセロの町の西地区の冒険者ギルドで受付嬢をしていました。ギルドの受付嬢は意外に大変で、マルチな才能が要求されます。王立学園卒業程度の学力は必要ですし、荒事もあるのでD級程度の冒険者ランクも必要です。その上事務仕事をこなせるスキルも必要ですし、何より愛嬌と美しさも求められるのです。
数か月前に起こったイベントでパッセロの町は数百の魔物と大型の魔物の襲撃を受けました。冒険者は基本少人数のグループで活動するため、大規模戦闘は不慣れです。町の防衛は領主の軍隊で行うのが通常ですが、数十年ぶりの襲撃だったため領主の軍隊は戦闘経験がなく、退魔道具の有効範囲内から外にでなかったのです。町の半分以上が有効範囲の外にある為、外延部付近の西地区は領主に見捨てられました。しかし偶然近くに居合わせた王室警護隊の方々が冒険者と衛兵の指揮を執り、魔物の進行を食い止めました。その後襲ってきた大型の魔物にも善戦しましたが、大砲もない町では成すすべもなく蹂躙されかけた時、駆け付けたすずめちゃんの魔法で撃退に成功したのです。少なくない被害がでましたが、すずめちゃんは休む暇もなく回復ポーションの仕入れに奔走し、数多くの冒険者や衛兵の命を救いました。あまつさえヨミガエリ草を売って手に入れた、銀貨500枚もの大金をギルドに寄付してくれたのです。おかげで戦死者の遺族や身体に欠損を抱えた勇者の方々に慰労金を渡すこともできました。そうして復興作業を始めた頃、ようやく領主の軍隊が到着したのです。復興作業を手伝うのかと思いきや、現状の確認を終えるとさっさと中央に戻って行きました。これには西地区の地区長も領主に猛抗議しましたが、わずかばかりの慰労金を支払っただけで回復ポーションの一つも提供しなかったのです。
「西地区の地区長さんには悪いですけど、この町では安心して暮らせませんので他の村に移住することにしました」
「村?町や王都ではないのかね?」
「少し遠い所ですが、いい村の伝手がありますので。それではお世話になりました」
ギルド長がなおも何か言っていましたが、わたしはそれに気を止めることもなく扉を開けて外に出ました。馬は先日手に入れましたし、あとは食料を買い込んで出発することにしましょうか。ギルドの裏手の馬小屋に行くとそこには数頭の馬と3台の馬車が待っていました。冒険者の方がどなたか遠征でもされるのですかね?受付嬢だった頃の癖で思わず積み荷のチェックをしてしまいましたが、わたしにはもう関係ないことです。自らの馬がいる厩舎に行くと見知った顔が待っていました。
「マルティナさん、たった一人で荒野を抜けるのかい?そりゃ危険だ。冒険者を雇った方がいいんじゃないかい?」
「そうですよ~マルティナさん、今ならエール一杯で長旅の護衛を引き受けますけどぉ?」
「あなたたち、どうして?」
そこにいたのはリッカルドさんとララカさんでした。大きな背嚢を背負い、馬にも大量の荷物を積んでいます。すると後ろからも数人が近づいて来ました。
「わたしもご一緒する。いい?」
「ムッカさん・・・」
「姉ちゃんが移住したいって言うんでな。俺と俺のチームも移住することにしたぜ」
「ディエゴさん、あなたたちまで・・・」
みんな旅支度を終えて準備万端のようです。目的地は同じみたいですね。
「西地区の名だたるメンバーがごっそり移住したら、ギルド長が涙目だわね」
「受付嬢のあなたが抜ける事に比べたら大したことはない。パオラもきっとそう言う」
「・・・そうね」
パオラさんのお墓はこの町の共同墓地にあるけど、ムッカさんの髪にはパオラさんの遺品である蝶の形のバレッタが飾られている。
「みんなも行先は同じでいいのね?長旅になるけど」
「「「「「もちろん!!」」」」」
3台の馬車を護衛するように9頭の馬が南に向けて出発しました。目指すはアリタイ王国最南端の村であるサイハテの村。パッセロの町の南門を過ぎるといよいよ旅の始まりです。リッカルドさんに仲間のスカローさんとガルドさん。明るく元気なおっぱいお化けのララカさんに、全てが正反対のムッカさん。ムッカさんの弟であるディエゴさんのチーム「テング」の10名。そしてわたしを入れた総勢16名が移住の旅に出発です!
「あれ?誰か一人足りないような?」
後ろから馬の嘶きが聞こえ一人の冒険者が追いかけてきました。
「あたいをおいてかないでぇ~!」
ララカさんの相棒のファビーラさんです。寝起きかのように頭の上のウサギ耳が力なく揺れています。
「寝坊なんてするからですよぉ~」
大事な日ですけど、普通置いてけぼりにしますか・・・?出発から不安になるメンバーですね・・・。
【タクヤ】
「はぁ・・・退屈だな・・・」
あの時の女の最期が気になってゲームをする気が起きなくなった。なんであんなNPCに凝った物語作ってんだよ!トラウマになっちまうじゃねーか・・・。毎日ガチャだけは引いてるけど、ここ6日はCとUばかりでろくなカードがでないしな。今日もいつも通りガチャだけ回してみるか・・・。
「ん?・・・出現のエフェクトがいつもと違うぞ!?なんだコレ!?」
ま、まさか!?無課金のガチャでSSRが出たぞ!!超低確率だったはずなのに最強カードが出た!!すげー!本当に出るんだ!・・・どんだけ強いのかな・・・ちょっとだけ、ちょっとだけ久しぶりにゲームやってみようかな?
「よし・・・進軍開始!」
~第二章騎士爵すずめ編・完~
いつも読んで下さってありがとうございます。これで2章完結です。次章開始まで少々お待ちください。




