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09話:甘い奴だ。

 油断した・・・。

 冒険者ごときに傷を負わされるとは・・・。


 俺の名前は・・・特にない。俺のいたリザードマンの集落で31番目に生まれたオスだ。

 数ヶ月前に仲間4人と一緒に住んでいた村を出た。部族の掟で年頃になったオスは村を出て、どこかでメスを見つけて新たな村を作らなくてはならない。前回村を出た兄たちは東に向かっていった。その前の兄たちは西に。北の山脈を越えるとかなり寒いらしく身動きが取れなくなると聞いた。それならと、俺たちは南に向かって出発したのだ。

 いくつかちょうど良い沼や池のある所も見つけたのだが、あいにくと先客がいた。群れのボスを倒して乗っ取るという手もないわけではないが、どの群れのボスも歴戦のつわものでそう簡単に倒せる相手ではない。

 それからも南に向かい続けついに森の中に小さな沼を発見した。後はメスを見つけて来ればここに村を作ることが出来る。

 オスは5人いるがメスを見つけた後に決闘が始まる。それに勝ち抜いた一人がボスで残りの4人が部下だ。ボスになるとずっと村に居てメスや子供たちを守り続け、部下の4人が食料の調達をする。

 いずれはボスの座を巡って敵対することになる仲間だが、死んでもらっては困るのだ。


 そんな時突然冒険者の一向に襲撃された。こんな森の奥深くで遭遇するとは思ってもおらず、たちまち3人が行動不能に陥った。まだ動ける仲間に3人を任せ、俺は一人殿(しんがり)を引き受け冒険者たちと戦った。自慢するわけではないが5人の中で一番強いのは俺だろう。仲間もそれを分かっているのか決闘前からリーダーのようなことを任されている。

 人族たちは6人組でさすがの俺でも苦戦する。なんとか足場のいい沼地に引き込み戦うことができたので、2人に致命傷を与えて2人に怪我を負わせることに成功した。あと2人だと思った時に人族の援軍が現れた。

 なぜこんな森の奥深くに冒険者の集団がいるんだ!?

 後で知ったことだが、ここからさほど離れていない所に人族たちの町があったのだ。

 結局これ以上の戦線は維持できず撤退したのだが、背後から投擲された槍が腹部を貫通した。沼地に向かって逃げ込んだおかげでそれ以上の追撃はなかったが、血を失いすぎて大木の前で倒れてしまった。悔しいがこれは致命傷だ。


 村を出る時に父から餞別でヨミガエリ草という薬草をもらった。かなり貴重な薬草で持っているだけで少しづつ傷が癒えると言う物だった。眉唾だが腰に結び付けていたその薬草を口に咥えてみると少しだけ痛みが和らいだ。しかし傷が癒えるというほどではなく延命にもなりそうにない。


 俺もここまでかとあきらめかけた時、人族のメスに見つかった!


 メスというかガキだ!リザードマンの名誉として戦士に倒されるならともかく、こんなガキに殺されたとあっては死んでも死にきれない!最後の力を振り絞って爪で攻撃を仕掛けたが、目がかすんでかばんをかすめただけだった。

 マズイ・・・呼吸が乱れて碌に動けない。

 すると人族のガキはかばんから武器を取り出し俺に向かって突きつけてきた。こんなガキに!

 必死に力ない攻撃を繰り出したがガキの細腕一つ斬り飛ばすことも出来ず、傷を負わせるのが精一杯だった。

 残念ながらここまでだ・・・。そう思った時、その人族のガキは傷ついた腕を前に突き出し、武器だと思っていた物に口をつけた。あれは、飲み物だったのか?

 すると不思議な事が起こった。

 ガキの腕に出来た傷がみるみるうちに治ってしまったのだ!これはヨミガエリ草と同じ効果か!?草ではなく飲み物という事は、この草は煮だすか何かして液体にしないと効果がなかったのだ。

 人族の怪我は癒え、俺は死に掛けだ。残念ながら勝負はついた。願わくばこの人族のガキが将来大物になることを祈る。このガキ・・・このメスが人族の族長の嫁にでもなれば、俺の死も少しはましなものになるだろう。

 ところが、だ!なんとこのメスはたった今飲んで傷を癒した薬を、俺に向かって差し出したのだ。このメスは何を考えている!?敵である俺が癒えたら自らが殺されるとは思わないのか!?


 それとも・・・このメスは実は勇者なのか?・・・。


 俺は恐る恐るその薬を受け取った。いつの間にか毒にすり替えてはいないか?いや、そんな素振りはなかった。そもそも死に掛けで身動きできない俺なら、このメスでもたやすく殺すことができるのだ。

 匂いを嗅いでみて縁についた液体を舐めとってみる。毒ではないようだ。


「A!」


 !?人族のメスが急に声を上げた。今更薬を与えたことを後悔しているのか?顔が赤く紅潮し大きな身振りをしている。赤くなると言うのは怒りが湧いてきて血がたぎったせいなのか!?これ以上待たせるとコロサレル!?


 俺は意を決してその薬を一気に飲み込んだ。


 ドクン!


 流れ込んだ薬が傷口を急激に癒していく。


 おおおおおおおおおおっ!!


 なんという効果だ!傷口が塞がり痛みもなくなった!側に落ちていた槍を握ると尻尾を使って跳躍し、背後の大きな根の上に立つ。血は失ったままだがこれならまだ戦える!このメスを殺すか!?

 その時メスの横からパルーデポイズンスネークが近づいていくのが見えた。この蛇が持つ毒は強力で人族のメスなどひとたまりもないだろう。このメスの運命は決まった。俺に殺されるか毒蛇に噛まれて死ぬかだ!

 俺は槍を振りかぶりメスに狙いをつけ・・・


「YOKATTA!」


 これは、笑顔か!?人族の表情はよくわからないが手を叩いて俺の回復を喜んでいるようにみえる。なんて甘いメスだ!俺の投げた槍はメスの横に逸れて、飛び掛かろうとしていた蛇の首元を貫いた。


 甘いのは俺の方か・・・


 これ以上人族に関わりたくなはい。関わりたくはないが俺が使った薬の分は礼をしなくてはならないな。幸い液体にはなってはいないが薬の材料の薬草は持っている。ヨミガエリ草をメスに向かって放ると踵を返して森に向かう。これで薬の分は返したぞ!



 森を進んで仲間の匂いを追う。近くに人族の匂いはないのでなんとか逃げ切れたようだ。


「あ、生きていたか!?」


 少し先の木の根元に4人の仲間を見つけた。怪我をした3人は幸い軽傷だったらしく歩くのには支障はない。


「すまない兄者、あんた一人に任せてしまった・・・」

「気にするな。全員無事だったのだ。最悪ではない」

「それでどうする?さっきの沼に戻るか?」


 沼は俺が来た方向で先ほどの人族のメスがいる方向でもある。


「いや、人族の手練れがいた。全員でかかっても勝てないだろう」

「そうか・・・兄者がそう言うなら強敵なのだろうな・・・」


 もう陽が沈む。人族は夜目が効かないから朝までここで休んでも問題ないだろう。あのメスも夜目が効かないだろうが、陽が沈む前には森を抜けるはずだ。


「みんなはここで休んでくれ。俺は周りの安全確認をしてくる」

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