89話:エロヒナ様!
はぁはぁ・・・なんとかトモエゴゼン様とお話ができました。魔力がすっからかんで目がかすんできましたよ・・・。
『すずめ様、感謝いたしますワン。おばあ様とお話しさせてくれてありがとうございます』
「いえ・・・わたしも・・・トモエゴゼン様とお話が・・・したか・・・」
『すずめ様!?』
シュコーシュコー
何の音でしょう?
ああ、人工呼吸器の機械音ですか?
まぶたが重いですね。わたしはどうしてたんでしたっけ?
薄っすら目を開けると室内に誰かいる気配を感じました。誰かいるのですか?
目だけを横に向けると、無菌室の透明なシートの外に小さな男の子がいます。
以前窓から覗いていた子ですかね?
いくら子供だからと言って、女の子が寝ている部屋に無断で入るなんていけませんよ?
わたしと目が合うと男の子は驚いたように部屋を出ていきました。
でも、まだ部屋の窓からこっそりこちらを覗いています。その子の口が動いて何かを言っているようです。
なんでしょう?
す・ず・め・・・
わたしの名前を呼んでいるのでしょうか?
「すずめ」
「すずめ・・・」
「すずめ様!!」
「はいぃっ!」
あれ?慌てて眼を開けたわたしの視界一杯にリステの顔がありました。その後ろには天井が見えています。
「わたし・・・寝てました?」
いつの間にかベットに寝かされています。何があったんでしたっけ?確か誰かが覗いていて・・・。
「きゃあああああああああああっ!!」
上半身を起こして横を見ると、窓の外は空も見えないくらい大勢の村人の顔で埋め尽くされていました。服は着ていますが無意識にシーツを手繰り寄せ身体を隠します。どれだけ堂々とした覗きなんですかっ!?
「心配しました。牧羊犬を連れて部屋に入った後、急に倒れられたので・・・」
「ああ!そうでした!アサヒナ様!?あれ?アサヒナ様はどこですか!?」
部屋を見回してもアサヒナ様の姿がありません。ベットの下・・・にいるわけないですよね。
「アサヒナ様とはどなたのことでしょう?亡くなられた御前のお孫さんのことですか?」
そうでした。ワンちゃんの名前を知っているのはわたしだけです。同じ名前で呼ぶとマズイですかね?
「えっと、なんとなくアサヒナ様に似ているかなぁ~って思って、あのワンちゃんに「アサヒナ」って名前を付けたんですけど~・・・変ですかね?」
「チュンチュンってアサヒナ様にお会いした事がありましたっけ?」
あるわけないです!わたしがこの世界に来た日に亡くなっているのですから!
「いえ、なんとなく人柄を聞いて似てるかな~って?」
「箱入り娘のアサヒナ様の人柄が、牧羊犬と似てますか?」
・・・そういうことは先に教えて欲しかったです。後ろ足で耳を掻いたり、片足上げておしっこしたり、箱入り娘との共通点0じゃないですか!
「まあ、風魔法を使えるところは似てますけどね」
魔法使えるのバレてるじゃないですか!?ワンちゃんが魔法使えたらおかしいでしょ!?わたし以上のレアさですよ!!
「そ、それで、アサヒナ・・・様はどこにいるんですか?」
「外で紐に繋がれていますよ。これからカージナルさんが処刑するようですが?」
「待ってえええええええええええ!!」
靴を履く暇もなく扉を蹴り開けて外に出ると、木の杭に紐で繋がれた涙目のアサヒナ様と槍を構えたカージナルさんの姿が見えました!その周りには怒った表情の村人たちが集まっています。
「すずめ様!?ご無事でしたか!これからすずめ様に危害を加えた犬の処刑をいたしますので、少々お待ちください!」
「待てと・・・言ってるでしょうがっ!!」
ドッパァアン!
人間大の水の塊がカージナルさんを飲み込んで転がっていきます!村人たちは蜘蛛の子を散らすようにカージナルさんを避けます。
「おわぁ!」
「あなた!?」
リステが転がっていくカージナルさんを追っていきますが、あのリステがカージナルさんのことを「あなた」と呼ぶことになぜか鳥肌が立ちました。今まで完全な仕事仲間だった人なのに、急に家庭内を見せられた気がして恥ずかしいやら気持ち悪いやら、複雑な心境です。怪我はしないよう手加減したので心配はいりませんよ!
「あれ?魔法が使えています。魔力が戻ってるのですか?」
『すずめ様ぁ!わたくし殺されるかと思いましたワン!わたしがすずめ様に危害を与えたと勘違いされてぇ!!おふっ!』
わたしに抱きつこうとしたアサヒナ様が首のロープでつんのめって一回転して転びました。慌てて駆け寄ってアサヒナ様を抱き起して頭を撫でます。
「ごめんなさい!もう大丈夫ですから。わたしどれくらい眠っていたのですか?」
『三日間ですワン!』
そんなに!?根こそぎ魔力を吸い取られたので回復まで時間がかかったのですかね?でもそのおかげで生理は終わっているようです。
「あたた・・・すずめ様、その犬がご無礼を働いたのでは?」
「あなた、大丈夫ですか?」
リステに肩を借りてカージナルさんが戻ってきました。リステはカージナルさんを支えて涙目です。なんでリステが涙目なんですか!?以前のリステと違ってやけにしおらしくないですか!?新婚旅行の間に何かあったんですかね・・・?
「カージナルさん、このワンちゃんはわたしに引き取らせてください。護衛として側に置いておきたいのです」
「それは構いませんが・・・その・・・大丈夫なのですか?」
「え?何がですか?」
カージナルさんは何を心配しているのでしょうか?
「その犬は、すずめ様が倒れている間に・・・その・・・」
なぜか言いにくそうにしているカージナルさんの後を継いでリステが続けました。
「月の障りで血だらけになったチュンチュンのパンツを咥えて、村中を走り回りました」
「何やってるんですかあああああっ!!」
アサヒナ様の首輪を掴んで持ち上げると、前後にブンブンと振り回しました!
『ごめ!ごめんなさいぃっ!!わざとじゃないんですワン!この犬の本能には逆らえないのですワン!』
「だからって寄りに寄って・・・!」
ズルッ・・・
後ろ足で立った状態で苦しんでいるアサヒナ様が前足を上下に振っていると、偶然スカートの中に入った片足がパンツに引っ掛かって、そのまま足首までずり降ろしました・・・。
村人たちが驚愕の表情を浮かべて固まります。
わたしも含めて周りの時の流れが止まりました。
そして、スカートの裾から真っ赤な花が描かれた一枚の紙が地面に落ちました。
『あわわわ・・・わ、わざとじゃないんですワン!』
わたしが周りをギロッと睨むと、村人全員が訓練された軍人のように「ザッザッ」と綺麗に回れ右をして後ろを向きます。
わたしの背後に現れた水龍と土龍の迫力に気おされたのかもしれませんねぇ!!
「アサヒナ様あぁ!!」
『誰か助けてくださいいいいぃっ!!』
紐で繋がれた哀れな犬は逃げ出すことも出来ず、空中に現れた直径5mの水塊の下敷きになるのでした。
後日、わたしの護衛として今後村の一員になるワンちゃんを紹介しました。
「このワンちゃんの名前はアサヒナ様です!みなさんも仲良くしてくださいね」
わん!
わたしが「様」づけで呼んでいるのでみなさんも「アサヒナ様」と呼んでくれました。すぐに村人たちにも受け入れられ人気者になるのですが、なぜか子供たちには「エロヒナ様」と呼ばれています。箱入り娘だったアサヒナ様にそのことを教えると、頭を抱えてうずくまりました。
『わたしはエロくなんてないですワン!』
わたしの頭の上のわらび餅は、その都度アサヒナ様の背中に乗っては触手で撫でて慰めています。なんだかんだでわらび餅とも仲良くなってくれたようで何よりです。
ただ、時々村の若い娘さんから苦情が来ます。やたらと女性のスカートの中に顔を突っ込んでは、パンツを引っ張るそうですので・・・。
アサヒナ様と同居しているワンちゃんは、よっぽどエッチなんでしょうかね・・・。




