88話:トモエとアサヒナ。
おええええええぇっ!
『ちょ!ちょっと大丈夫ですか、すずめ様!?』
気持ち悪い・・・念話魔法を覚えた途端、頭の中を引っ搔き回されたような感覚がして立っていられなくなりました。床に膝をつき上を向いて深呼吸をしていると嘔吐感が込み上げてきて、今朝食べたお魚さんが大地に帰って行きます。室内の床ですけど・・・。
「な・・・なんなのこれ・・・?」
四つん這いになって気持ち悪さに耐えていると、アサヒナ様が肉球で背中をポンポンと叩いてくれます。今まで魔法を作ってもこんなことはなかったのになんで今回だけ?全身から変な汗が噴き出して来て下着もワンピースもぐっしょりです・・・。腿を汗が伝っていますけど漏らしてませんよね?しばらく耐えているとようやく落ち着いてきたみたいで、気持ち悪さが薄れてきました。
「はぁはぁ・・・」
身体を起こして女の子座りになると汗で張り付いた髪をかきあげます。今日は珍しく髪を降ろしていたので頭の後ろでまとめてポニーテールにします。口にゴムを咥えて両手で髪を纏めていると、自然に下を向いた視線の先のスカートに赤いシミが出来ているのに気づきました。
「またですか・・・」
この世界に来て3回目の生理です・・・。一回目は28日、二回目は45日、そして今回は31日目ですね。若いうちは不規則になると本に書いてありましたが、これでは予測が立ちませんね。約ひと月経つ頃から気を付けることにしましょう・・・。ポニーテールを作ると這いずる様に移動してベットの下の衣装箱を引っ張り出します。
『あら?月の障りですか?重いのですか?』
わたしのお尻を見たアサヒナ様が気づいたようですから、そっちもシミが出来ているっぽいですね。後で精霊シスターズに洗ってもらいましょう。
「ええまあ、結構きつめです・・・」
服を脱ぐのに一瞬躊躇しましたが、アサヒナ様は女性ですし、何より見た目ワンちゃんなので気にせず脱ぎました。
「水よ」
わたしの言葉で全裸になったわたしの身体を覆うように水球が現れます。首下から膝までがすっぽり水の球に覆われゆっくりと回転していきます。まるで洗濯機ですね。身体を洗うとついでに汚してしまった床も綺麗にして、室内に作ったトイレに水を移動させ流します。水滴の全てを移動させたのでタオルで拭く必要がないほど綺麗になりました。すでに使い慣れ始めた御簾紙を股間に当て、いつまで経っても慣れないふんどしを締めます。それから衣装箱から引っ張り出した若草色のワンピースに着替えてようやく落ち着きました。
『へ~魔法の使い方が器用ですワンね。それに水魔法って風より便利そうですワン』
「そうですね。水と土魔法は作物を栽培するのに便利ですし、村の防衛でもお堀りや壁に水と土魔法は必須ですね」
『わたしの風魔法で出来ることと言ったら、物を斬り裂くか遠くまで声を届けるかくらいですワン』
なんとなく予想は出来ていましたが、風魔法は空気を操り気圧を変化させることが出来る魔法なのでしょう。それなら酸素だけを操って窒息攻撃や、この世界では本来起きない天候を操ることも可能かもしれません。検証をしてみないとわかりませんが、水や土よりはるかに広範囲に効果を及ぼす範囲特化魔法なのではないでしょうか?イベントボス戦に彼女がいればボス以外の魔物を一掃できたかもしれませんね
『それで、もう気分は落ち着いたのかしら?落ち着いたのなら先ほどの説明をお願いしたいのだけれど』
「はい。先ほど無属性魔法の【魔法生成LV1】で【念話LV1】魔法を作りました。これでトモエゴゼン様と会話できるはずです」
『本当にそんなことが可能なのですか?・・・』
正直使ってみるまでどうなるか分かりませんが、表示に出ているのでおそらくなんとかなると思います。ただ、もう一つの魔法とうまく組み合わせることができるかが問題ですね・・・。
「物は試しです。やってみますよ!念話!」
目を閉じて意識を集中すると目に見えない触手のような物が高速で空を飛び、目的のトモエゴゼン様を探します。どこにいますかトモエゴゼン様!?お顔を思い浮かべるとある一点に向かって急速に意識が引っ張られていきます。あそこですね!
【トモエ】
「陛下!東の国境砦から連絡が入りました。アチネーベ王国の国境の町から煙が上がっているそうです!」
「ヴェローナからかい!?あそこはひ孫のモエギの旦那が治める町。まさか魔物の襲撃で堕ちたのかい・・・」
アチネーベ王国の王太子妃はあたしの孫のアサギだ。モエギはアサギの娘で1年前に結婚してヴェローナの領主になったと聞いていたけど、一度も会うことは出来なかったね。無事でいてくれればいいんだけど・・・。
流れ込んで来た難民から詳しく話を聞くことが出来た。スンラフ王国から流れてきた難民は、全て魔物に町が堕とされたためだそうだ。突然の大群による襲撃で成すすべもなく軍隊が壊滅。町を守る魔道具のおかげで大多数の魔物は町の中には入れなかったそうだが、見たこともない一部の魔物には魔道具が効かなかったらしい。新種の魔物でも生まれたのか、パッセロの町で起こったイベントが続いているのか・・・だね。後者の可能性の方が高そうだ。
すずめがこの世界に現れたからイベントが起こった?・・・いや、変な事を考えるんじゃないよ!逆だ!
【世界の危機が訪れし時、世界はニンゲンの遊戯場となるだろう】
世界の危機が訪れたからすずめがこの世界に現れたんだ!すずめは何も悪くない!後半部分が気にはなるけど、すずめが悪いわけではない。それだけは確かさ。一瞬でもすずめのことを疑うなんて、あたしも年を取ったもんだね・・・。
トゥルルルルル・・・トゥルルルルル・・・
な!なんだい!?頭の中に奇妙な音が響いている!?何かの魔法かい!?どこかからか攻撃が来るかと身構えてみたが特に変化はない。その間も頭の中の奇妙な音は鳴り続ける。変な音だけど、もしかして呼び出しベルかい?そう思った時突然音が鳴りやみ、懐かしい声が聞こえてきた。
[トモエゴゼン様!聞こえますか!?]
「その声はすずめかい!?」
一体どうやって!?いや、あの子の事だ。王宮で見せてくれたような、変わった魔法が使えるようになったのかもしれないね。
[良かった!初めて使う魔法ですからうまくいくか心配だったんですよ]
声だけでよかったよ。思わず零れてしまった涙を見られなくて済んだからね。しかし、アリタイ王国の最南端の村にいるすずめが、最北端にいるあたしと会話できる魔法なんて、軍部の者に知られたら拉致されてもおかしかないね。
「すずめ、その魔法はかなり危険な物だよ。出来るだけ他の者にはしゃべるんじゃないよ!」
[は、はい!すみません!でも、今回は是非ともトモエゴゼン様にお話ししてほしい方がいるのです]
あたしに?一体誰なんだい?すると頭の中に別の声が聞こえてきた。これはなんだい?犬の鳴き声?
[クゥ~ン、ワウン!ワンワン!]
「そこに犬がいるのかい?あたしと話したいってのは誰なんだい?」
[ちょっと待ってくださいね!うぅ~ん・・・【言語読解LV・・・】上がれえええ!!]
すずめの訳の分からない言葉の直後、耳を疑う声が微かに聞こえてきた。それは二度と聞けるはずもない、あの世に行かないと聞けないと思っていた声だ!
[ザザザッ・・・お・・・おばあ・・・様・・・ザザッ・・・おばあ様!・・・]
「お、おおおおおぉぉ・・・ア・・・アサヒナ!?アサヒナなのかい!?あああああ!・・・」
まさか、死んだはずのアサヒナの声が頭の中に聞こえてきた!あたしも片足を棺桶に突っ込んでる歳だけど、アサヒナがお迎えに来てくれたのかい!?
[あああああ!おばあ様の声が聞こえる!おばあ様、おばあ様ぁ!!]
「ああ、よく聞こえるよアサヒナ。もう一度声が聞けるなんて思ってもみなかったよ。ごめんよ、助けにいけなくて、役に立たない婆を許しておくれ・・・」
あたしはその場に膝をつき孫のアサヒナに許しを乞うた。近くにいた兵士が心配して駆け寄ってきたが、風魔法で周囲に結界を作り声と浸入を阻んだ。
[わたしのお墓の前でのすずめ様とのやり取りは見ていました。おばあ様はわたしのためにヨミガエリ草を手に入れて来てくださいましたワン。それだけで十分です。ありがとうございます]
「あの時のやり取りを?・・・それじゃアサヒナはやっぱり・・・」
[そろそろ限界です!魔力が尽きますよ!]
すずめの苦しそうな声が聞こえた。この魔法は長く持続できないんだね。
「アサヒナ、また話ができるかい?」
[ええ!すずめ様の月の障りが終われば!]
くっくっく。うれしいねぇ。この歳になってまだ生きたいと思うなんて考えてもみなかったよ。またアサヒナと話ができるならまだまだ死ぬわけにはいかないねぇ!
[それではトモエゴゼン様、またです!・・・]
すずめの挨拶を最後に頭の中の声は聞こえなくなった。
「とんでもない子だね、すずめは・・・」
アサヒナが生きているのか死んでいるのか聞けなかったけど、少なくとも話はできた。アサヒナの心と会話ができるならどんな姿になってたってあたしの孫だ!
ありがとうよすずめ。あたしは姿勢を正して目の前にいないすずめに対して頭を下げた。
風の結界の外では何人もの兵士が心配そうにあたしを見ている。さてと、どう説明しようかね?




